第23話



 そんなことを考えていたのだが、メロニーはなかなか帰らない。

 もう話は終わったのではないだろうか?

 彼女は俺の前で体育座りでもするようにしてじっとこちらをみてくる。

 ……なんとも奇妙な光景だ。風呂のお湯に浮いているメロニーはやがて俺の方へ頭を傾けながら涙目で口を開く。


「わ、私の頭は撫でてくれませんの……?」

「……お湯で濡れると思うが」

「そんなのは気にしませんわ。ささ、早く!」


 ええ……。

 メロニーもまだまだ俺離れというのができていないようだ。

 ため息を吐きながらもガシガシと頭を撫でてやると、幸せそうな表情と共に消えていった。


 あっ、入浴中に来るなって伝えるのを忘れてしまった。

 ちょうどその時だった。

 入り口の扉が開き、誰かが入ってきた。

 メロニーが戻ってきた……わけではなく、アクリルがいた。


 彼はちらと一瞥をしてから、頭と体を洗っていく。

 それらが終わったところで、風呂へと入ってきた。

 俺からは少し距離をとっている。


「おっ、結構大きいな」


 俺が彼の下腹部へ視線を向けながらそういうと、それまで無視していた彼が目を見開いて声を上げる。


「何をバカなことを……! おまえ、ここが神聖な教会だと分かっているのか!?」

「神聖な場所だからこそ、だ」

「何が関係するんだ!?」

「ほら、人の誕生に関わるものだろ? 神聖な場所でこそ話をするにふさわしくないか?」

「……ふさわしくないわ、ボケ。というか、風呂場でも仮面は外さないんだな」


 じとりと俺の顔を見てくる。本当は外したいところだが、こうして誰かが入ってくる以上外すわけにはいかない。


「仕方ないだろ。正体バレたくないんだから」

「……そうか。まあそれは別にいいんだが。おまえはもう結構入っているんじゃないか? 大丈夫なのか?」

「おっ、心配してくれるのか?」

「まさか風呂でのぼせて倒れるような聖騎士がいては、恥だからな……」

「大丈夫だ。俺は長風呂が好きなんでな。それにしても、教会騎士たちってのは体を洗うやつは少ないのか? さっきからずっと入っててまだアクリルしかきてないぞ?」

「そんなこともないと思うが……まあ、数日に一度程度の騎士も多いが、男ならそんなものじゃないか?」

「アクリルはどうなんだ?」

「私は毎日入るように命じられている。あまり好きではないんだがな」

「誰にだ?」

「大聖女様だ」


 はあ、とため息をつきながらアクリルが足を伸ばす。

 彼もあまり風呂には浸からないタイプか。

 ただ、大聖女が風呂に入れと言っている理由もわかる。

 

「まあ、騎士なんてあんなムレそうな格好してたらそりゃあ臭うし、毎日風呂入れっていう気持ちもわかるな」


 俺の言葉に、アクリルはショックを受けたようで焦ったような顔のあと自分の腕などを嗅ぎ始めた。


「……臭う。まさか、大聖女様が私に命じたのもそれが理由か?」

「まさかというかほぼそうじゃないか? 特に、こう女性の多い職場なんだしもうちょっと気をつけた方がいいだろ」


 聖女が案外女性の聖騎士を指名する理由も、もしかしたらそんなところがあるかもしれない。


「……い、いや……これまでずっと男ばかりの中で育ってきたものでな。見習い騎士のときは男女別々だったし……汗を流すこともできずに訓練を行う日も多かったし……」

「だったらこれからは毎日清潔にしといた方がいいと思うぞ」


 ……聖騎士になりたい連中は、戦いとか以前にもっと学ぶべきことがありそうだな。

 アクリルは気にしたのか、かなり力強く頭を洗い始める。

 それはそれで、今度は髪へのダメージが心配になるが、彼の将来に関しては俺の預かり知らぬところだ。

 俺は再び体を休めるように体を伸ばしていると、アクリルが口を開いた。


「今日はかなり早く教会に戻ってきていたようだが、無事仕事のほうは片付いていたらしいな」

「ん? ああ、そうだな。なんだ、俺のこと気になるのか? エッチ」

「違うわ! ……教会騎士たちで話していたのを耳にしてな。『おまえが原因でアレクシア様がいつも通りの仕事ができていない』とか言われていたぞ」

「今日与えられた業務はちゃんとこなしてるし、それ以上は別にいいんだろ?」


 街の人たちへの挨拶などはあくまでできたらやってね、くらいの話だ。

 アレクシアが今日のように早くに帰ることに関しては何の問題もないだろう。


「……まあ、そうだな。今日の仕事の報告を私も見せてもらったが、何も問題はなさそうだったな」

「だろ? ただ、ますます教会の騎士たちには嫌われそうだな……あんまり話す友達がいなくて暇だなー」


 グランドとはこれからも関わっていけると思うが、あとはアクリルくらいしかいない。

 軽く伸びをしていると、アクリルが息を吐いた。


「まあ、そのうちお前の力が認められていけば、友人もできるだろう」

「そうだよな。とりあえずは友人一号で満足しておくわ」

「なんだ、友人できていたのか?」

「おう。友人一号!」

「か、勝手に私を記録するんじゃない」


 アクリルが目を釣り上げてこちらを睨んできたので、俺はたまらず悲しげな声を出す。


「えっ……違うのか……。誰とも打ち解けられなくて……アクリルとだけはこうして気兼ねなく話せると思っていたんだが……」

「い、いや……それは……済まない。いや、友人でいいぞ」

「おっ、ちょろっ。んじゃあ、友人一号よろしくな!」

「き、貴様!」


 アクリルがむきっとこちらを睨んできたが、すぐにため息を吐いた。


「まったく…………まあ、友人、か。貴様は平民の出身だったか?」


 アクリルはなんだか、まんざらでもなさそうな様子でそう言ってきた。

 ……うーん、なんて答えようか。ちょっと難しい質問だ。

 俺みたいな適当な人間に真面目に接してくれている。

 でもまあ、バレてもアクリルなら問題ないか……? 大聖女にまでは伝わるかもしれないが、あの人もなんとなく大丈夫そうにも感じる。


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