第22話



 俺がなぜそんなことを知っているのかというと、レクナが直接教会騎士にならなかった理由がそれだったからだ。

 貴族の立場を利用すれば、いじめられることはないといっても、面倒な雑務があるのは変わらないからな。


「……大変だったけど、夢だったんです」

「聖騎士に憧れるって」

「そ、それも……まあ、多少はあります。でも、僕は……英雄カイン様に憧れてるんです」


 俺はシャンプーに伸ばした手を止めてから、冗談のように笑って問いかける。


「あんな風に死にたいのか?」

「ち、違いますよ! 国を救うために、たくさんの魔族と一人で戦って……そんな強い聖騎士になりたいんです」


 ……教会が、俺を悪者として処理しなかったのは、案外こういった理由なのかもな。

 あちこちで英雄カインに憧れる人がいれば、それだけ教会騎士を志望してくれる人が増えるかもしれない。


 実際、今でもあちこちでカインとミハエルたちの劇などが行われているわけだし、憧れる人も決して少なくはないんだろう。


「それに、英雄カインは……誰にでも優しかったらしいんですよ。僕の故郷も、昔英雄カイン様が助けてくれたんです」

そうなのか?」


 カイン時代にメインストーリーやサブクエストで関わった村は山のようにあるので、そういうこともあるだろう。


「はい。村が凄い困ってて、国は……何もしてくれなくて、ギルドに依頼するお金もなかったときに……英雄カインは無償で、助けてくれたんですよ! 今でもそのときの話は伝わってて、村の子どもたちは英雄ごっこで遊んでるんです

よ」

「そうなんだな。村の名前は?」

「スコット村です。あんまり英雄カイン様の物語に出てくることはないから、知らないと思いますけど」


 ……スコット村。

 ゲームのイベントで訪れたな……。ゲーム中、そこでしか手に入らない武器が手に入るので、コレクターとして取りに行っただけだ。

 報酬としても、別にその武器さえあれば良かったので「報酬はいらない」って言って助けたんだったよな。

 そうすると、色々面倒なお使いイベントがスキップできるもんで……。


 それがまさか、こんなところに影響しているなんてな。

 英雄様は、そこまで深く考えて人助けはしてないんですよ……。


「まあ、英雄カインみたいな最後にならないようにだけ気をつけて、訓練とか頑張ってな」

「……馬鹿にしないんですか?」

「本気で目指してないなら馬鹿にするが、どうなんだ?」

「本気、です!」


 少し恥ずかしそうにしながらも、グランドは言い切った。

 それなら、俺はもう何も言わない。

 彼はシャワーだけを終えて、浴場を去っていった。やっぱり、風呂に浸かる人は少ないようだ。


 俺は石鹸とシャンプーを使って頭や体を洗っていく。

 この石鹸とかシャンプーは恐らくクラフィたちが作ったものだ。

 俺が以前適当に作り方を教えてから、かなり改良したものが作られている。


 日本育ちの俺が使ってみてもかなり質の良いものだと思う。ぶっちゃけ、そこまでこだわりがないともいう。


 そんなこんなで洗い終わったところで風呂へと向かい、だらんと足をのばす。

 壁に頭をもたれかけるようにして、天井を見てはあーと息を吐いた瞬間だった。


「お久しぶりですわ、スチル様」


 ……天井に、すっとメロニーが現れた。美しい桃色の髪をだらりと垂らしていた彼女はすたっと、俺の近くに降りてきた。

 メロニーも、クラフィたちと同じで昔助けたことがある子だ。まあ、助けて基本的な指導をした後は先に助けていたクラフィたちに任せているので、そこまで関わりがあるわけではないのだが……懐かれている。


「当たり前のように教会に侵入してるし、風呂に入ってくるし、お湯に浮いてるし……色々とツッコミたいところはあるが、何しにきたんだ?」

「スチル様の肌を見たくて……というのは冗談でして……確認したいことがありますの」

「なんだ?」

「……アレクシアとはどのようなご関係で?」


 あれ? なんかお風呂に浸かってるのに寒気が?


「聖女と聖騎士でそれ以上は別に何もないが……何が聞きたいんだ?」

「それでしたら、問題はありませんわ。何もないというのであれば、クラフィたちもこれ以上は気にしないでしょう。さて……その本題ですが、邪教集団についてですわ」

「邪教集団……ああ、そういえばなんかいるって話してたな」

「……彼らのうちの一人を捕獲し、拷問しましたわ」

「拷問って……こわ。具体的にどんな感じだ?」

「今回はそれほどのことは……爪を剥がしたらすぐに吐いてくれましたので」


 痛い痛い痛い……。メロニーはあっけらかんというが想像してしまって自分の爪を思わず見てしまう。

 少し残念そうにしていたメロニーに俺は引き攣った笑みを返した。


「ほどほどに、な」

「ええ、分かっていますわ。本題に戻りますわね。その邪教集団はかなりの下っ端であまり情報はなかったのですが、魔族……その中でも十柱と呼ばれた邪神直属の精鋭を蘇らせるために動いているみたいでしたわ」

「十柱……ねえ」


 そういえば、そんな奴らもいたな。

 邪神の配下たちには、それぞれ十柱と呼ばれる魔族がいた。

 ……んー、どいつもこいつも一撃で仕留めてしまったので、どのくらいの強さだったかは覚えていない。


 ただ、まあミハエルたちに戦わせてみた時は歯が立っていなかったから、復活されると面倒なことになりそうではある。


「復活を阻止するために我々も調査を行っていますわ。何かあればまた情報を伝えますが、聖女の方々も標的にされるかもしれませんので、お気をつけてくださいまし」

「了解。そっちも無茶はしないようにな」

「はい。もちろんですわ」


 彼女たちがそれぞれ邪教集団を追っている理由は、家族たちに売り飛ばされた先がそこだったりしたからだ。

 邪教集団は普通に人体実験とか行っているヤバい連中だ。

 ……まあ、教会の連中も昔はやっていたので、どっちもどっち、なのかもしれないが。


 クラフィたちは壊滅目指して動いている。

 俺は……どうだろうな。

 正直言って、今の俺にそこまでの熱意はなかった。


 ……結局のところ、何が正しくて、何が間違っているのかはよく分からない。

 俺の正しいことが、正しくない……こともある。

 だから、俺は……俺の大切な人たちに危害を加える奴だったら、許さない。

 今は、それくらいの感覚だった。


 だから、クラフィたちが困っていたら手を貸す、くらいだ。

 まあ、頑張って欲しいところだ。世の安全のためにはな。

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