第19話





 迷宮を出て、街へと戻ってきて、結界の確認を行う。

 アレクシアは、ああ言っていたが本人もちゃんと見ているようで、問題がないことを確認してから俺たちは教会へと戻ってきた。

 時刻は午後を少し過ぎたばかり。寝室へと戻ったアレクシアは、それから大きく伸びをした。


「終わり……ましたー!」


 とても満足そうに背中を伸ばし、アレクシアは元気よく言った。

 それから彼女は靴を脱いで、ベッドへと飛び込み、嬉しそうに転がっている。

 やっとできた休息の時間を堪能しているようだ。


「仕事の追加はないのか?」

「ありません。やる気ある聖女ならもらいにいくのかもしれませんが、ほどほどでいい私はあと報告書を仕上げて、夜にでも提出に行こうと思います。ここで大事なのは、夜に提出することです。早く提出すると追加の仕事が増えますので」


 サボりには、慣れているようだな。


「ってことは、あとは自由時間か。俺は外にでも遊びに行ってきていいか?」

「ダメです。話し相手になってもらいますから」

「それは俺の枕とかで代用できないか?」

「できません」


 アレクシアはそういってわがままを言うと、ベッドから立ち上がって俺の手を掴んで引っ張ってくる。

 それから俺をベッドに押し付けるようにして座らせてきて、彼女は短く息を吐いた。


「これが私の理想の生活でした。仕事がほどほどに終わってあとはごろごろ……幸せです」

「これまではもっと忙しかったのか?」

「ええ、とても。まず街の出入りだけで数時間取られる時もありましたね。もちろん、早く終わった後は追加のお仕事でしたから、ギリギリに終わるようにしていました。……ですが、その時間があまりにも無駄すぎて勿体無いと思っていたんですよね」


 ……なんか、ブラック会社みたいだな。仕事を早く終わらせても、次から次に振られてしまい、勤務時間まで家に帰れない、みたいな。

 成果ではなく、勤務時間で評価されるから、素早く仕事終わらせる人よりも残業してでも終わらせたほうが評価される……みたいな。


「……大変そうだな」

「大変でしたよ。聖女として挨拶をしていると、なかなか前に進めませんので、あれが本当に煩わしてくて……。今日は姿を隠しても良いということだったので、これで済みましたが」


 確かに、この前のアレクシアの人気っぷりをみれば、外に出るまで数時間かかるというのも事実であることは想像できた。


「姿を隠してもいいって俺が言ったみたいになってるけどそこは違うからな?」

「お互い様、ですね」


 いやまあ俺も同意したけども、共犯にしやがって。


「ていうか、そんだけ目立つと護衛する側も大変だろ? 騎士の奴らはよくやってるな」

「騎士たちも、それなりに注目されて満更でもないと言う感じでしたね」

「承認欲求強い奴らだな」


 俺だって人間だから多少は承認欲求というものはあるが、だからといって時間があまりにもかかるなら考えものだ。


「まあ、貴族の方はだいたいそうですよ。野心が強く、上へ上へ行こうとする人たちばかりですから」

「アレクシアも貴族なんだろ? 家はどうなんだ?」


 彼女の家も貴族というのは知っている。それも、公爵家の三女。

 立場的には国内でもかなり上位であり、それでいて聖女としての才能を持ち合わせているのだから、下手をすれば王女にも勝るほどの立場だ。

 しかし、アレクシアの表情はあまり嬉しくなさそうだった。


「聖女なんですから、期待されていますよ。とても」


 冷たく言ったアレクシアの言葉。

 彼女のその声は、時々自慢げに自分のことを話すときに似ている。

 何か、自身の感情を押し殺して自分の聖女としての力をアピールするような話し方。

 ……何度かあったので俺としては引っかかっている部分でもある。


「そうだろうな。なんとなく想像できるわ」

「ですよね。いつも、どこにいくにしても自慢していますね。何も汚点のない綺麗で優秀なブルーナル家の聖女として」


 アレクシアはそういってからごろんとベッドに転がった。だらけたような表情で、足をぱたぱたと動かしている。


 アレクシアは、あまり嬉しそうではない。

 他の聖女たちなら、聖女としての能力を褒められることも、家族の自慢になることも嬉しいことなのかもしれない。


 実際、ミハエルはそうだった。聖女として立場があがっていくことを、彼女は喜んでいたし。

 俺は知らんという感じで、魔物を狩りまくっていたものだが……うん、もう少しミハエルに向き合ってやっても良かったかもしれん。

 とはいえ、俺はミハエルたちを、ゲームのキャラクターとしてしか見ていなかったからな……。


 俺だって失敗から反省できる男だ。

 もう少し、他人とコミュニケーションをとった方がいいことは分かっていたのだが、アレクシアは俺の膝の上にゴロンと頭を乗せてきた。


「……ふう。私は甘えられる人間が欲しかったんです。というわけで、存分に優しくしてくださいね」


 ……こいつは猫かよ。すりすりと俺の太ももに頭を擦り付けて「構えー」とアピールしてくるのは、クラフィたちに似ている。

 俺の関わる女子たちはどこか変な奴が多いんだよな……。


「そんなに聖女嫌なのか?」

「聖女の仕事が嫌、というわけではありません。ただ、期待されることに疲れてしまったというのはありますね」

「まあ、分からんでもない。一つ頑張って何か達成したら、次はそれ以上の成果を求められるんだもんな」

「そうなんですよ! 周りの人たちは凄い凄いとなんでもできると褒めてきます。才能に溢れている、とも言われたことはあります」

「才能、ねぇ」

「その言葉で片付ける、って酷くないですか? さすが、聖女様だ。やっぱり、ブルーナルの聖女様はすごいって……聖女様聖女様……どこいってもそうです。私がじゃなくて、聖女様の力が、凄いんですよ」


 アレクシアは不機嫌そうにぶつぶつと文句を言って、俺の太ももの皮膚を軽く摘んでくる。俺に八つ当たりするのやめなさい。


「私だって努力はしているんです。それに、なんでもできると言っても、苦手なことはあります。攻撃魔法は得意ですが、結界魔法は苦手ですし……でも、他の聖女に負けないくらい頑張ってなんとかやってるんですから」


 ……攻撃魔法、やっぱり得意だったのか。

 迷宮で魔法を使うときも、かなりイキイキしていた。ラスボスだからか? とか失礼なことを考えていたが、違うようだ。


 確かに結界魔法をを使うときはつまらなそうにしていたし、時間もかかっていた。


 それでも、他の聖女に劣らない力を発揮できるのは、才能はもちろんあったと思うが努力をしていたからこそだろう。

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