第12話





 大聖女は怪我をしていたアクリルに向け、回復魔法を使っていた。


「アクリル……あなた、結構本気で仕掛けていたわよね?」

「……申し訳ございません。彼の粗暴な様子は……多少は注意したほうがいいかと思いまして。……その、あまりにも聖騎士らしくありませんし……大聖女様に対しても、まるで敬意を抱いていませんし」


 アクリルはぶつぶつと申し訳なさそうに言い訳を並べる。


「別に私だって権力を押し付けるつもりはないわ。あのくらいで接してもらったほうが気楽でいいわ。あなたもどう? スチルくらいの気楽さを見せてみたらどうかしら?」

「……それはいけません!」

「……はあ、相変わらずお堅いわね。それで? あなたからみて彼の力はどうだった?」


 大聖女の言葉を受けたアクリルは、表情を険しくしていた。


「……それは、かなりのものを感じたのは事実です。確かに、力だけであれば聖騎士は務まるでしょう。ただ、聖騎士は人々を守るために存在しています……あんな乱暴な性格ではよくありません!」


 アクリルの言葉に、大聖女は苦笑しながら息を吐いた。


「あー、はいはい。でもあなただってわりと感情的に動くでしょう?」

「そ、それは……っ!」

「それに、守ってもらう人たちってね。どんな性格の人間でも構わないものだと思うわよ。心構えが良くっても、弱い聖騎士なんて嫌でしょ?」

「そ、それは……もちろん、力がなければ……ですが、心も大事でして……」

「スチルに実力があるなら、認めてもいいんじゃないの?」

「で、ですがアレクシア様は……まだ幼い聖女様です。騙されているかもしれません……!」

「あの子はあなたが心配するほどのことはないと思うけれど」

「心配です! しばらくの間は、私もあの男の見張りを行います!」

「別にそこまでしなくてもいいわ。実力は申し分ないのだし、しばらくは様子を見るってことでいいでしょう?」

「……それは、そうですが」

「ですが?」

「………………はい、分かりました」


 まったく納得がいっていなそうなアクリルを見て、大聖女は苦笑した。




 次の日の朝。

 まだ日も出る少し前くらいに、目が覚めてしまった。


 すっかり、執事としての生活が身についてしまっているな。

 執事であればここから庭の掃き掃除などを行っていたが、今は別にやる必要もない。


 軽く散歩でもしてくるか。

 部屋の冷蔵庫のようなものに向かい、中を開く。


 この時代はカインの時に比べてだいぶ歴史も進んでいるからか、文明も発達している。

 日本にあったものはだいたい魔道具として再現されているので、生活をする上でそう不便は感じない。


 魔道具内には調理済みの食材が入れられている。聖女たちは食堂で食事もできるが、空腹を感じたときはここで食べてもいい、とかだろう。俺の前世を参考にするなら。


 調理済みの肉類を適当に口に運んでいく。魔物肉じゃないな。

 まあ、魔物肉は特殊なスキルがなければ調理、食事はできないとされている。

 ゲームでは、そのスキルを自分に付与するためのスキルブック作成のためにスケイルドラゴンという魔物を何度もぶっ倒し、スキルブック作成のための素材を手に入れたものだ。


 一度スキルをゲットしてからも、スケイルドラゴンが防御のステータスをあげられるので食べまくっていたので、スキルブック自体は大量に持っていた。

 懐かしいなぁ……。

 この時代の魔物相手だと、また違うものとかあるのかね?


 そんなことをぼんやりと考えていると、むくりとアレクシアが体を起こした。


「あれ、朝早いですね」


 アレクシアが目をこすりながら体を伸ばす。

 自称美少女というだけはあり、寝起き姿も一枚絵みたいに似合ってるな。


「ずっと使用人みたいな仕事をしていたからな」

「なるほど、そういえばそうでしたね。ていうか、私の冷蔵庫勝手に使いましたね?」


 食事したときの匂いが残っていたようで、アレクシアが頬を膨らませている。


「冷蔵庫に色々余っていたみたいだからな」

「あっ、それ私が朝食べようと思っていたんですけど」

「それなら名前でも書いておいてくれ」

「もう、勝手ですねー」

「おまえにだけは言われたくないな」

「私は別に勝手ではありませんよー。さて、今日からは聖騎士と聖女です。私の着替えを手伝ってもらってもいいですか?」


 だらん、と腕をこちらに伸ばしてきて首を傾げるアレクシア。

 ……怠け者め。


「自分でやったらどうだ?」


 少なくとも、ミハエルは自分でやっていたぞ?


「これは聖騎士の仕事ですから。あれ、もしかして恥ずかしいとか感じてますか?」


 からかうように口元に手を当て、ニヤニヤと笑ってくる。

 ため息を吐いてから、俺はアレクシアのタンスを開ける。

 下着や、聖女の衣装がずらりと並んだそこを見ると、アレクシアは声をあげた。


「ちょ、ちょっと!? そ、そんな当たり前のように開けないでもらえますか!?」

「いや、そっちがその気なら別にいいかと思ってな。おまえ、結構派手な下着つけてんだな。男でもいるのか?」

「い、いませんよ! ……まったく、ちょっとくらいは恥ずかしがるものではありませんか、普通」


 むすーっとアレクシアは頬を膨らませ、片手を動かす。

 何かの風魔法を使ったようで、タンスがぱたりと閉じられる。


「私、着替えますので外に出ててください」

「一応、護衛なんだけど、いいのか?」

「ええ。何かあれば悲鳴をあげますので。それとも、今あげましょうか?」

「やめろ、誤解されるだろうが」


 アレクシアはジトーっとした目をこちらに向けてきたので、俺は上着を羽織り、仮面をつけて外へと出た。

 反応だけ見ると普通の女の子っぽいのだが、一体なんでアレクシアがラスボスなんだろうか?


 続編に関しては一切プレイしていないせいで、まるで状況が分からないんだよな。

 今がもうゲーム本編なのか、それともまだゲームが始まる前なのか。


 ……それに、アレクシアの立ち位置もだ。彼女が教会側のラスボス、としているのか、それともまた別の立場でラスボスとして存在しているのか。


 教会の廊下には、シスターっぽい人や僧侶っぽい人たちが歩いていた。


 まだ俺のことを知らない人たちが、ちらちらとこちらを見てきたがとりあえずは反応しないでいた。

 そうして、廊下に誰もいなくなったときだった。


 すっと俺の前に一人の少女が姿を見せた。……忍者みたいな格好をしている彼女は……アリンだ。

 彼女もまた、忍者の格好をしている。誰もこの衣装に疑問を抱かないのは、そういうお年頃なんだろう。


「……スチル様」

「アリン、久しぶりだな。教会に入ってきて大丈夫なのか?」

「結構ガバガバ」


 ぶいっとピースをするアリン。

 うおい、マジかよ。

 クラフィもアリンもかなり能力高いので、仕方ないっちゃ仕方ないかもしれないが教会騎士たちはもっと気を張ってほしいものだ。


「それよりも……聖騎士、おめでとう……?」

「いや、おめでたくはないんだが……まあ、言葉は素直に受け取っておこう。それで? 何か用事があったのか?」

「……うん。最近、邪教集団の動きが活発化してる。大丈夫だと思うけど、スチル様にも報告しておいた方がいいと思った」

「……ほお? 何かやってんのか?」

「……聖女様の誘拐、とか。だから、教会は警戒している」

「その結果がアリンの侵入か?」

「頑張った」


 ぶいっとピースをするアリン。


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