第11話
「あなたの意向は理解したわ。けれど、私たちにだけ内緒で見せてくれることもできないのかしら」
「できない。それが条件でこの話は引き受けた。無理なら、断るだけだ。よし、交渉決裂、帰るぞ」
俺が振り返って逃げようとしたが、がしりとアレクシアに腕を掴まれる。
俺のそんな態度にアクリルが眉間を寄せる。不機嫌そうな様子とともに、口を開いた。
「……スチルベルト。育ちの問題もある。敬語を使えないというのは仕方ないかもしれないが、ここにいる方はこの国の聖女たちをまとめている大聖女様だ。もう少し、敬う気持ちをもって接することはできないのか?」
「悪いが、俺は聖女や聖騎士に対して敬いの気持ちはない。聖騎士だって、金がもらえるから引き受けたにすぎないからな」
「……貴様ッ!」
その瞬間だった。アクリルが咆哮をあげると同時、こちらへと掴みかかってきた。
素早く力強い一撃にはかなりの殺気が込められていて、俺は反射的にその手首を掴んだ。
アクリルは俺に攻撃を止められたことに僅かながらに驚いていたが、すぐに次の行動へと移る。
すかさず攻撃を仕掛けようとしてきたが、それより速くその体を蹴り飛ばした。
「がは!?」
「……へえ」
吹き飛んだアクリルは壁に叩きつけられて悲鳴をあげ、大聖女が俺を見て嬉しそうに呟いた。
今のアクリルは本気ではなかっただろうが、彼は驚いたようにこちらを見ていた。
「アクリル。もうそれ以上は攻撃しなくてもいいわ」
「……」
「まったく。あなた、相変わらず演技苦手ね」
「……」
さらに力を籠めようとしたアクリルを、大聖女が止める。
大聖女の声を聞いたアクリルが、そこで小さく息を吐いてから頷いた。
アクリルは俺を見て、軽く頭を下げてきた。
……俺の実力を測るために、アクリルを仕掛けさせたんだろう。
だからまあ俺も、少し力を出したわけだ。
「ごめんなさいね。試すようなことをして」
「それは別にいい。素性も何も知らない相手なんだから、実力くらいはみたいだろうしな」
「実力も問題ないし……アレクシアの聖騎士については、もともと彼女に一任しているわ。だから、聖騎士としてあなたのことも認めましょう」
「……」
……マジかよ。
わりと横暴な態度をとっていたのに認められるとか……聖騎士の選定基準適当すぎないか?
それか、あるいはアレクシアがそれだけ信頼されているということだろうか?
「……ここで裸踊りでもしたら、取り消されたりしないか?」
「あら、それは楽しそうね。見せてくれるのかしら?」
「……」
ダメそうである。
本気でやったらアクリルにぶん殴られそうだ。先ほどのアクリルも、すべてがすべて演技ではないだろうし。
大聖女様を敬え、という気持ちは確かなようで、威嚇するように睨んできている。
まあ教会の人間として、アクリルの反応が正しいよな。
この大聖女の器が広すぎるのか、適当なのか……どちらにせよ、俺の聖騎士は決まってしまったようだ。
アレクシアはとても満足そうに胸を張っている。
「それでは、大聖女様。私たちはこれで失礼いたします」
「ええ、今日はゆっくり休んでちょうだい。明日から、また聖女としての仕事もあるんだからね」
「ええ、分かっています。それでは、行きましょうか、スチル」
「……」
ひらひらと手を振ってくる大聖女と別れた俺たちは、教会内を歩いていく。
教会というのはいつの時代もたいして造りは変わらないんだな。時代が進んだことによって、建築に使われた素材の質は良くなっているようではあるな。
通路には、宿屋のようにいくつもの部屋が並んでいる。
この通路にある部屋たちには、聖女が休んでいるんだろう。
今頃、聖女たちは就寝中だろう。俺もラスボス聖女様に絡まれてなかったら、今頃は宿屋で気持ちよく眠っていただろう。
「こちらが私たちの部屋になります」
……そういえば、聖騎士と聖女は一緒の部屋だったな。
聖女がいつどこで誰に襲われるか分からないため、常に両者は一緒にいることになっていた。
教会内ならばまだ大丈夫だと思うが、遠征先では特に気を付ける必要がある。
まあ、聖女なんてのは邪教徒からすれば最大の敵だからな。
邪教集団というのがこの時代にはいるわけで、彼らは俺がかつて倒したラスボスの邪神を復活させるのが目的らしい。
あんなの復活しても俺ならワンパンだぞ? と思っているのだが、そのために活動している人たちもいるわけだし、俺もそういう夢を持っている人たちを馬鹿にするつもりはない。
そして、聖女含めこの世界の人々は邪教集団を敵として認めているわけで、聖女たちもそんな奴らから年がら年中命を狙われるような立場というわけだ。
実際、俺が知る限りでも、何度か命を狙われ……聖女、聖騎士どちらも命を落とすような事件もあったからな。
聖騎士というのはそれだけ命の危険にさらされる仕事でもある。
まあ、邪教集団関係なく命を狙われた俺とかもいるわけだが。
アレクシアが扉を開けると、中は広々とした部屋になっていた。
中を見ていくと、キッチン、リビングにシャワールームまで備え付けられている。
部屋もいくつかあるな。寝室にはベッドが二つ並んでいる。
……窓側のベッドは襲撃の可能性も踏まえ、通常は聖騎士が使うんだったな。
ざっと部屋を見て回ったが、意外と部屋は綺麗だ。
「怠惰な生活を所望していたわりには、部屋の整理はしっかりされているんだな」
「ここは教会内ですので、使用人が毎日清掃してくれますから」
それはつまり、使用人がいなければ大変なことになるという可能性もあるわけか。
部屋には簡易的なキッチンもありはするが、料理だって伝えておけば使用人が運んできてくれるだろう。
聖女というのはそこらの貴族と同じか、それ以上の待遇なんだしな。
「それでは、私は一日動いて疲れましたし、シャワーでも浴びてきますね」
「ああ、分かった」
「覗かないでくださいね?」
「興味ない。さっさと行ってこい」
備え付けられていたソファに腰掛け、手をひらひらと振ってから天井を見上げる。
フードと仮面を外した俺は、小さく息を吐く。
それにしても。
また、聖騎士になるとはな……。
とりあえず、教会のこととかラスボス聖女様のことか……。
色々と不安材料はある。
ただまあ、前世と違って……俺が鍛えた元仲間たちが敵に回ることはないはずだ。
……まあ、俺の能力があれば大丈夫か。
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