第6話



 なぜここにこいつが……。いや、こいつとか思ってはいけないだろう。


 ラスボスと最初の街でエンカウントするってどんなクソゲーだって話だ。


 ていうか、今の戦いを見られたか?

 恐らく、見られているよな? さっきの口ぶりからして。

 やべぇ、しくじった。

 あまり、人前で力を使いたくないんだよな……。また力を恐れられたくねぇし。


 よりにもよって、相手がアレクシア様というのも厄介だった。


「アレクシア様……ですか?」

「……ふふ」


 俺が呼びかけると、アレクシア様は俺の口元にゆっくりと人差し指を当ててくる。

 小悪魔みたいな仕草だ。わりと慣れているのだろうか?

 アレクシア様は悪戯っぽく微笑み、


「ここでは名前をあげないでください。目立ってしまうと何が起こるか分かりませんから。……どこか別の場所でゆっくりとお話でもしませんか?」


 これは……提案ではなく、脅迫。

 従わなければ、何をされるか分かったものではないだろう。

 だが、こちらも忙しい。

 ……何より、こいつにあまり関わりたくない。

 何が起きるかマジで分からんし……。


「申し訳ございません。今仕事がありまして……」

「仕事というのは……そういえば、執事の格好をしていますね? どうしてでしょうか?」

「……今日は少し買い物がありまして。普通の格好をしていると、目立つでしょう?」


 執事服なら、あちこちで見かける。

 貴族専門の店で買い物するなら、このほうが目立たずに済むのだ。


「そうでしょうか。あれから、少しあなたのことを調べさせていただきました。あなたの家に仕える使用人の方々たちは優しいですね。それに、ずいぶんとモスクリア家は面白いことをしているようですね」


 ……アレクシア様は、まるですべてをお見通しのような口振りだ。

 俺は使用人との仲はあまり悪くない。ただ、家族たちの命令で俺に優しくしないように言われているので、表面上は無視されることが多い。


 それでも、俺が食事をとれなかったときなどはこっそりと賄いを用意してくれている。

 ……そんな彼らが、俺のことを悪く言ったとは思えない。

 むしろ、その逆で……俺を助けようと善意で行動してくれた可能性もある。

 それを責めるつもりはないが、面倒な奴に目をつけられた。


「家族の人たちにはここまで育ててもらって感謝してもらっていますよ?」

「……それは、本心ですか?」

「ええ、本心ですとも。今日で自由になれますので」


 さすがにやられすぎて頭にくることもなくはないが、それも今日で終わりだ。

 この誕生日を終えれば、俺は晴れて自由の身なのだからここで面倒事に巻き込まれたくはない。

 もうアレクシア様には色々とバレているようなので、そう伝えてから歩き出す。


「あっ、ちょっと待ってください……!」


 アレクシア様が俺を追いかけてこようとしたところで、俺は最速の動きでフードをばさっと外した。


「うえ!?」

「あ、アレクシア様だぁぁぁ! なんかいるぞー!」


 俺は一般人のふりをして叫び、すぐに路地へと避難する。


「ちょ、ちょっと……!? 普通さっきのような状況で私のことをばらしますか……!?」

「うるせぇ」

「う、うるせぇ!?」

「俺は聖女が苦手なもんでな。もう殺されたくないんだよ」

「い、言っている意味が分からないのですが……っ!」

「せ、聖女様!?」

「ぶ、ブルーナル家の聖女様じゃないですか!? 私、あなたの大ファンなんです!」

「うわ、もう……ちょっと……」


 俺の叫びに合わせ、アレクシア様を一目見たいという市民たちがぞろぞろと集まり、アレクシア様は逃げ遅れたようだ。

 ……普通なら、こんな行動を行えばあとで何かあるかもしれないが、俺は今日限りで家を出ていく。


 だから、このあと行われる誕生日会まで耐えられれば、それで問題ない。

 速やかに逃亡したこともあり、アレクシア様につけられていることもなさそうだ。

 ……まあ、聖女様である以上、あの場で全員を押しのけてまで俺を追いかけてくることはできないだろうが。


「……よし、あと数時間。耐えるぞ」


 俺は気合を入れなおし、レクナに頼まれていたものを買って屋敷へと帰還した。







 レクナの頼みの品を購入して屋敷へとついたところで、15時を迎えた。

 俺とレクナが生まれたのは、このくらいの時間だったらしい。


 速やかに誕生日会が始まり、俺もそれに参加するのだが、食堂に集まった家族たちはとても晴れやかな笑顔だった。

 テーブルを見るが、俺の食事はない。


 まるで、この誕生日会への参加資格もないかのような扱いだ。

 ……えー、最後くらい豪華な晩餐を頂きたかったのだが。


 席に座っていた彼らが立ち上がり、こちらへと歩いて来る。


「スチル。貴様、今日で何歳になったか分かるか?」

「はい。18歳です」


 父の問いかけに、俺は答えると今度は母が俺を睨む。


「おまえをここまで育ててやった理由を理解しているかしら?」

「……家のため、ですよね?」

「そうよ。……私がおまえのような無能を生んでから、周りにどんな目で見られていたか分かる!?」


 そのとき、母から拳が振りぬかれた。

 いきなり殴るのはやめてほしい。体の力を抜かないと、そっちの骨を折ってしまうんだからな……。

 

 ていうか、顔を殴られたのは初めてだな。

 これまで、俺も外に出ることがあったため、あまり顔に傷が残るようなことはされなかったんだがな。


「母さん、そのくらいにしなさい」

「ここでお別れなんだから、せめてこれまでの恨みをぶつけさせてちょうだいよ!」

「おまえは十分、優秀な子を生んでくれたんだ。気にするな」

「……あなた」


 この家族は、俺を含めなければ非常に仲が良い。落ち込む母を、父が懸命に宥めている。

 両親が悪い、というよりもこの時代の実力主義な考え方が悪いんだよな。

 そんなことをぼんやりと考えながら立ち上がると、レクナが近づいてきた。


「そういうわけだ。おまえは今、この時点をもってこの家から追放される。分かったなら、さっさと出て行けよ」

「レクナ様……」


 彼の名前を呼ぶと、レクナは苛立ったように声を張り上げた。


「……オレという完璧な存在の唯一の汚点なんだよ! てめぇがいるせいで、いまだにオレは聖騎士にもなれてないんだよ! この前のパーティーでも見ただろ!? 聖女様はおまえを馬鹿にしていただろうが! さっさと消えろ、このゴミクズが!」

「そうだ……っ! さっさと出ていけ疫病神が!」

「あなたさえいなければ、この家は完璧なのよ!」


 ……怒鳴りつけてきた彼らに、俺は残念がる演技とともに頭を下げる。


「申し訳ございませんでした。それと、今までありがとうございました」


 これで、俺は家の敷居を跨ぐことはできなくなってしまった。

 さようなら、俺の自堕落な生活環境……。


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