第5話




 パーティーに参加してから、しばらくが経ったある日。

 部屋の窓がノックされた。

 視線を向けると……忍者みたいな格好をした人がいる。

 ……俺の、知り合いだ。


 屋敷に来るなって言ってるんだけどな。

 俺はため息を吐きながら窓を開けると、銀髪の美少女が部屋へと転がり込んできた。

 彼女の名前は、クラフィ。俺と同じ十八歳だ。

 俺の……まあ、部下みたいなものだ。


 転生してからの俺は、今の立場が原因で色々な制限を受けていた。

 だから、それらを無視して動ける駒が欲しかった。あと、ゲーム通りに能力が強化できるのかとか……色々検証したかったのだ。

 クラフィはその駒の一人だ。


 クラフィと俺との出会いは、街の中だ。

 何か奴隷として売り飛ばされた先から逃げ出ところに出会い、助けたら懐かれた。


 忍者の格好は、彼女の趣味である。他の子たちも忍者の格好をしているのだが……まあそのぐらいの年代の子がそういったものに心惹かれる気持ちもわかるので、俺も温かい目で見守ることにした。


「どうした?」

「報告があります。最近、魔物の活動が活発化していますので、もしも街の外に出られる際はお気をつけてください」

「……ああ、そうか。特に出ないので問題ないな」

「それなら良かったです。……もしかしたら、例の邪教集団も関係しているかもしれませんので、こちらで調べているところです」

「そうか」


 何やら、この時代にはこの時代で色々やっている暗躍している連中がいるらしい。

 といっても、俺からしたらどうでもいい。俺の生活を邪魔しないのなら、放置だ。

 そんなことをしていると、クラフィがこちらに近づいてくる。


「スチル様。ご褒美の頭なでなではないでしょうか?」

「もういい加減子どもじゃないんだし、恥ずかしくないのか?」


 クラフィは同い年だが出会ってからずっと俺が面倒をみてきたこともあり妹のような存在だ。

 とはいえ、もういい加減彼女も俺離れしてもいい年齢だろう。


「いえ、そんなことはございません。ささ、この頭を撫でてください」


 すっと彼女が犬のように体を寄せてきたときだった。

 部屋に誰かが近づいてきた。クラナは即座に天井へと張り付き、天井と同じ布を体に被せるようにして姿を隠す。

 と、部屋の扉が蹴り開けられる。


 なんとも素行の悪い開け方をしたのは、レクナだ。


「おい! てめぇ! まだ買い出しに行ってなかったのかよ!?」

「あっと……申し訳ございません」

「今日はオレ様の誕生日だろうが! さっさと買い物に行ってこいよ!」


 今日はレクナの誕生日であり、レクナが色々欲しいものがあるから買ってこい、と俺に命令を下したのだ。

 ……まあ、レクナが誕生日というのであれば、俺も誕生日なのだが、そこは関係ない。


 生まれてきたことを祝われたことは一度もないが、今夜の誕生日くらいは祝ってもらえるかもしれない。

 だって、俺が家を追放される日なんだしな。

 天井からものすごい殺気を向けられてるので、早く部屋から出ていってくれませんかね、お兄ちゃん。


「申し訳ございません。いますぐ向かいます」

「さっさと行け才能なし!」


 レクナが俺の腹を蹴り付けてきたので、一応弾かれたふりをしておく。

 体の力を抜いておかないと、たぶん蹴ったレクナが吹っ飛ぶからな。

 俺が尻餅ついたのを嘲笑うようにして、レクナは去っていくと天井に張り付いていたクラフィが降りてきた。


「……私のスチル様に……絶対後で殺す」

「殺すな。それに、お前のじゃない」

「申し訳ございません、スチル様。まだ、私のものではありませんでしたね」


 これから先も違うぞー?

 ここで言い合っていても仕方ないので、俺はクラフィの頭をポンポンと叩くように撫でてから部屋を出る。


「……あっ、スチル様ぁ」


 恍惚とした声をあげるクラフィ。これで、彼女も満足してアジトに帰るだろう。


 俺はすぐに屋敷を出て、街へと向かい、買い物リストを眺めていた。

 さてさて、どこの店から買いに行くかねぇ。


 アイテムボックスがあるので、別にどこから買ってもいいのだが……。

 買い物リストを睨めっこしながら歩いていると……何やら不審な人物を発見した。


 ……周囲をきょろきょろと見回しているその男性は、何やら誰かを探しているようだった。

 怪しい。

 しばらく警戒して視線を向けていると、その男の視線が……老婆に向けられた。

 そして――次の瞬間、彼は走り出した。


 知り合いを見つけた、という動きとしてはあまりにも過激だ。

 ……強盗、とかじゃないだろうか?

 そう思った次の瞬間だった。

 男が老婆を押し除けるようにぶつかった。


「……っ!?」


 倒れた老婆が慌てた様子で走り去る男の背中を見ていた。


「ご、強盗!?」

「おい! 騎士を呼べ!」

「大丈夫ですか!? 婆さん!」

「え、ええ……大丈夫ですが……亡くなった旦那がくれた……大事なカバンが……っ」


 周りの人たちの悲鳴を押し除けるようにして、男が走り去っていく。

 ……久しぶりに街に出たらこんなことに巻き込まれるなんてな。

 老婆の悲痛めいた声に、俺は頭をぽりぽりとかく。


 しゃーない。やるとするか。

 俺は即座に、体に力を入れる。

 自分の能力の限界まで速度をあげ、路地へと入った男の後を追う。


 ……見つけた。

 即座に跳躍して、男の前に立ち塞がると、男は驚いたようにこちらを見てきた。

 俺を見て、警戒した様子で短剣を構えた彼が、地面を蹴って突っ込んでくる。


「邪魔だ!」

「……遅いんだよ」

「……があ!?」


 振り抜かれた短剣を避け、加減して蹴りを放つと男の体が吹き飛んで壁に体をぶつける。

 よろよろと起き上がった男に近づいた俺は、首へ軽くチョップを当てると同時、俺の持つ魔力を体内へと送り込み、


「う……が!?」


 彼の体内の魔力を乱し、気絶させた。

 ……この程度でも、やられるのか。

 男は完全に動かなくなっていて、老婆から奪ったカバンを拾い上げる。


「てめぇは中に入ってる現金が目的なのかもしれないが、それ以上の価値のもんがあるんだよ」


 男を拘束しておけば、あとは治安維持を行なっている騎士様たちが老婆にカバンを返してくれることだろう。

 一件落着。

 ひとまず、俺はさっさとこの場から離脱し、買い物へと戻ろう。


 そんなことを考えながら、歩いていこうとしたときだった。


「……やはり、あなたは素晴らしい力を持っているようですね」

「……げ」


 俺が路地から通りへと戻ると、目深のフードをかぶった女性に声をかけられた。

 視線を向けると、彼女はフードを少しだけあげる。

 ……以前の立食パーティーで見た時と衣装は違うが、彼女は間違いない。

 アレクシア様だ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る