第4話





 ざわつく会場のある一点。

 人々の視線が集まったそこには、可愛らしい女性がいた。


 綺麗なドレスに身を包み、美しい金色の髪を後ろで縛っている。

 ポニーテールか。歩くたび左右に揺れているのだが、そのたびに美しい光に包まれているようだ。

 どことない高貴さが、彼女の一挙手一投足から溢れ出していた。


 彼女は、ブルーナル家の三女、アレクシア・ブルーナル。

 公爵家の三女ながら、そのずば抜けた聖女としての才能と、多くの人を魅了するような美貌までも持っている。

 年齢はまだ十六と若く、そんな子が聖騎士募集中なんだから、うちの兄みたいに何としてもその座につきたい人がたくさんいるんだろう。


 ……ただ、俺は知っている。

 彼女が、続編のラスボスの可能性があることを。


 このゲームは、2も発売予定だったのだが、それは『バラリティワールド1』の未来を舞台にした物語、というのは聞いていた。


 詳細は知らない。

 なぜなら、俺は発売前に死んでしまったからだ。


 アレクシアがラスボスなのかどうかも、PVで敵対していた動画が公開されているので、詳細までは知らない。

 ただ、どこの紹介でも、『美しすぎるラスボス』として紹介されていたから……まあ、ラスボスに近しい立場なのは確かだろう。

 まあ、何かしらの理由があって仲間になるとかはあるのかもしれないが。


 ……とりあえず、深くは関わらんでおいた方がいい相手というわけだ。

 今の俺は、ただのモブなんだからな。


 まあ、もう俺は前作主人公なわけで、今作には無関係だろう。

 物語がもしもあるのなら、勝手にやってくれ、という感じであり、さっさと飯食いたいんだけど……。


 アレクシアの近くには護衛と思われる騎士もいるが、まだ聖騎士はいないと言っていたし、たぶん教会が派遣した教会騎士なのだろう。

 すたすたと歩く彼女に、声をかける人はいない。騎士が周囲を警戒しているのもあるかもしれないが、それよりも聖女様が近寄りがたい空気を生み出していたからだ。


 だが、その中で一人。

 動き出した人がいた。

 我が兄である。


「聖女様。本日は聖女様のお仕事の合間を縫ってきていただき、本当にありがとうございます」

「……あなたは?」

「レクナ・モスクリアと申します。モスクリアの長男でして……あなたの聖騎士になるため、家族でこの街に引越し、鍛錬を積んでおります」


 ……元々、モスクリア家は王都に住んでいたのだが、レクナを聖騎士にするため、教会の本部があるこの街に引っ越してきていた。


 俺のお兄様は、ずいぶんと勇気があるな。

 アレクシア様はあまり人と話したくなさそうにも見えたが、その中で声をかけるとは。


「そうですか。優秀な力を持つ人が増えれば、それだけ多くの人が救われることになります。頑張ってください」

「はい……!」


 アレクシア様は微笑を浮かべてそういって、レクナはやる気に溢れた様子でアレクシア様に一礼をして、こちらへと戻ってきた。


 父と母は喜んでいて、兄も嬉しそうではあるのだが……さっきの口ぶりだと、「私の聖騎士にはしませんが、まあ頑張って」という風にも聞こえないか?

 まあ、家族の機嫌がいいのは良いことだ。しばらくは平穏な日常が送れそうだな、とか考えながらさっさとパーティー始まれ……とか考えていると。


 すたすた、とこちらへアレクシア様が近づいてきた。

 彼女の視線は俺へと注がれているように見えたが、父がすっと頭を下げた。


「聖女様。レクナの父、ルーンでございます」

「何度か見たことがありましたが……なるほど。モスクリア家の方でしたか」

「おお……まさか覚えていてくださるとは……ありがたき幸せです」

「名前までは覚えておらず、申し訳ございません。ということは、そちらの方がモスクリア家の……次男の方でしょうか?」

「ええ、そうです」


 アレクシア様の視線がちらとこちらを向いた。

 ……どうやら、目的があって俺に近づいてきていたようだ。

 いやいや、なぜ?


 アレクシア様の口ぶり的に、別に俺の名前すらも知らないようだから……特に意味はないと思うが。


 ていうか、俺に注目が集まっているが、これどうしたらいい?

 下手に目立つようなことをするわけにもいかないので、いつものように家族を褒めておこうか。


「初めましてアレクシア様。スチル・モスクリアと申します」


 俺はいつものように挨拶をしたのだが、アレクシア様は何か驚いたご様子だ。

 は? 変な反応しなくていいから。さっさと終わらせてくれって。

 あれ? 実は心の声が聞こえてるとかない? だとしたらまずいがさすがにゲームでもそんなキャラはいなかったはずだ。


「も、申し訳ございません! 聖女様のことを気軽に呼んでしまって!」


 そんなことを考えていると、父から殴りつけるように頭を押さえられた。

 ……ああ、なるほど。勝手に名前を呼んだから驚かれてしまったのか。

 後で父から叱られるかもしれんな。まあ、そこらへんの教育をちゃんとしなかったやつが悪い。つまり、父たちだ!

 俺は頭を下げながらそんなことを考えていると、アレクシア様は首を横に振った。


「……いえ、気にしないでください。モスクリア家の次男といえば……力がないと聞いたことがあります。……本当なのですか?」


 じっとこちらを伺うように見てくる。その問いかけは、俺の能力に気づいているかの様子だった。ただ、まだ確信はしていない……ということか。

 ……もしかして、俺の引き継いだ能力に気づかれてるのか?

 いやいや、そんなことはないと思うが。

 ただ、この人。すべてを見透かしてくるような迫力がある。あんまり、長く話したくはないな……。

 心の中で虫除けスプレーをかけながら、俺は笑顔で答える。


「ええ、そうです。それなのに、父や母、特に兄は私に優しく接して、ここまで育ててくださいました。本当に感謝しかありません」


 ここでアレクシア様に何か思われては面倒なので、いつも通り家族を褒める言葉を口にする。


 これでさっき怒らせた分もチャラにしてくれよ、親父?


 それでもアレクシア様は何か考える様子で俺をみていたが、少しして短く息を吐いた。


「そうですか。モスクリア家はとても寛容な家のようですね。以前、ある貴族の家で能力の低い子どもを殺害したという話を耳にしたこともありましたが、あなたの体なら問題なさそうですね」

「……そうですか。私の家では大丈夫です」


 ……まあ、無能な子どもを育てる理由は家からすればあまりないからな。

 平民の間でも、間引きを行い優秀な子どもだけを残していく時代だ。


 表向きは、もちろんそんなことはない、とされているんだけどな。

 ていうか、ゲーム通りならどんなに弱くてもステータスを強化することは可能だ。


 それで、ゲーム中最弱と呼ばれているキャラクターを仲間にして、最強ステータスにまで育てるなんて遊び方もあるわけだし。


 実際、俺がカイン時代に仲間にした格闘家と魔法使いの二人は、事実めっちゃ弱いけど俺が強化しまくってあの世界じゃ敵なしだったんだし。


 その力が遺憾無く発揮された、俺にな。


 俺とアレクシア様が話していたときだった。

 レクナが割り込むように肩を組んできた。


「スチルは大事な弟ですから」

「そのようですね」


 ……少しでもアレクシア様の印象に残るためだろう。

 アクレシア様は俺以外を見て微笑を浮かべてから、再び歩いて行った。


 ひとまず……問題なかったよな?

 俺は小さく息を吐きながら、家族や周囲の様子を見る。

 ……俺はモスクリア家をうまく褒めたし、周りの様子からもそれははっきりと分かる。


 レクナも上機嫌だし、うまくやりきったはずだ。

 しばらくしてパーティーは本格的に始まり、人々が自由に行き来して食事を楽しんでいく。


 俺も目立たないように気配を消しながら、山のように盛りつけられた肉や魚料理を堪能していく。

 ……うまい! うますぎる!

 散々待たされたからな……っ。

 俺は幸せな気持ちとともに、食事を楽しみながら、どんどんアイテムボックスに食料を確保していった。


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