5 継ぎ接ぎだらけの関係だけど
久々に、会って話しでもしない?
そう言われたわたしは、麻衣さんが呼び出した場所に来て、話を聞いていた。
「と、そんな感じ」
なっっがーい話を聞かされたわたしは、本音を言わせてもらえるなら、少し疲れていた。
ここ一年くらいだろうか、洋君の体調が芳しくない。数日前からも寝込んでいて、わたしは佐伯さんと交代で看病していたのだ。……まあ交代と言っても、なにぶんわたしは高校生なので昼間は学校に通っている。いつものバイトの時間帯で、佐伯さんの代わりに洋君の世話をするだけだ。辛い、とか、そういう弱音を吐かない洋君はとても強い人だと思う。でも、だからこそ、わたしは側にいてあげたいのだ。お金がもらえなくても、わたしは洋君の看病をしている。……っていうか一つくらい弱音を吐いたっていいのに。ホント、聞いたことがないや。
……話を戻そう。そうそう、そんなわけで、わたしは疲れていたのに更に疲れたのだ。
わたしの目の前にいる人――麻衣さんは、高校を卒業してしまったとは言え、わたしの先輩なのだ。たまに連絡を取るくらいだけど、今でも繋がりのある人だし、これからも繋がっていくであろう人だから、疲れたとは口には出せない。親しき仲にも礼儀ありだ。洋君以外は。
それに、なんで疲れたかっていうと、長いだけではなく、重かったからだ。重厚というか、鬱々とするというか、……シリアスかな。うん、シリアスな話だった。
「真優、あたし、どうすればいいのかな」
そう呟く麻衣さんは、どこか頼りない印象だった。麻衣さんは、いつでも真っ直ぐだったような気がする。誰に対しても、物怖じしない態度というか、そういうのを身に纏っていたように思うのに、今の麻衣さんは、とても弱々しい存在に思える。
それほどまでに、彼のことを想っているんじゃないかな。わたしにはそう見えるけど、麻衣さんにとっては違うのかもしれない。
「それは、わたしには分からないけど……」
だよね、と小さく笑みを浮かべる麻衣さん。痛々しい笑みだ。
「でも」
話を聞いて、分かったこともあるし、分からないこともある。彼が想ったことを又聞きで聞いているだけだし、麻衣さん自身の想いだってわたしは知らない。けど、思ったことを言おう。例えそれが間違っていたとしても、伝えることに意味はあると思うから。
「彼が書いていたのは、本当の気持ちだと思います。でも、それは、過去じゃないですか?」
「過去って言っても、比べていたのは事実じゃないの?」
自虐的な表情をしている。
麻衣さん。とわたしは言って、一呼吸した。
「ホントは誰よりも、あなた自身が比べているんじゃないですか?」
ほんの少しだけ、顔色が変わったような気がする。もし、本当に、麻衣さん自身がお姉さんと比べているとしたら、言えることはこれだけだ。
「始まったのは、お姉さんへの気持ちからだったのかもしれない。だけど、今でもずっとそうでしょうか? お姉さんが亡くなってから、時間も経ってますよね。彼と麻衣さんが一緒に過ごしてきた時間の中で、育っていった想いもあるんじゃないですか?」
「でもあたしは、それを聞くのが怖い」
それが麻衣さんの本音か。
「わたしには、好きな人がいます」
あー。なんでそんなこと暴露してんだろう。
不思議そうに見つめる麻衣さんの視線を感じながら、わたしは言葉を紡ぐ。
「その人は……強がりなんだけど、たぶん脆い人なんです。そういう意味では麻衣さんの彼氏と同じですね」
洋君は抱え込む人だ。弱音を吐かないんじゃなくて、吐けない人なんだ。
「恋とか愛とか、正直わたしにはよく分からないけど。相手に振り向いてもらえるとか、そういうのはどうでもいいんです」
「え――」
「だって、好きだから」
好きだから、側にいたいのだ。わたし自身がそうしたいから、そうするだけだ。
「好きだから、わたしは側にいたいです。麻衣さんは、どうして一緒にいるんですか」
「それは……」
「彼のことは分かりました。でも、肝心の、麻衣さんの気持ちが見えません」
彼が好きなのはお姉さんなのか、麻衣さんなのか、確かに本人に聞くのは怖いだろう。だけど、向き合わなきゃ始まらないのだ。立ち止まって、怯えてるだけでは何も変わらない。
「……あたしは、隠していたから」
何を、と訊ねようと思ったけど、やめた。
「……同じじゃないですか。彼は本音を隠していて、麻衣さんも何か隠していたんでしょう? それなら条件は同じ、怖がることなんてないです」
わたしと麻衣さんが座っている場所だけ、どこか違う世界のように静まり返っていた。
想いが強いからこそ、恐怖は増していくのだろう。
「信じるって、なんだろう」
麻衣さんが小さく呟いた。
☆☆☆☆☆
「信じるって、なんだろう」
どうしてあたしはこんなことを真優に言っているのだろう。彼女だって、いきなりヘビーな話を聞かされて困惑しているだろうに。……そうは思っていてもあたしは言葉を吐き出してしまう。蒼さんにだって、こんな風に言えれば、何も困ることはないのに。
真優は素直な子だ。だから、はっきりと包み隠さずに自分の心に浮かんだ言葉を口にできる。対して、あたしが発するのは、不安や恐怖から来る言葉ばかりだ。どうしてなんだろう、と考えるまでもなく、その理由は分かっている。
隠しながら、騙しながら、そうやって付き合っていたのは、あたしもだからだ。
あたしは、姉が手にした本物を近くで見たかったのだ。だから蒼さんに近づいていっただけなのに、彼は今にも死にそうな顔をしていて……放っておけなかった。姉が死んだことに、あたしよりもダメージを受けているのだ。会う度に体重だって減っていた。普段どんな生活をしているのかと訊ねたところ、最近はずっと引きこもりだよ、と返してきて、彼の部屋の冷蔵庫にはビールだの発泡酒だのしか入っておらず、心配になったあたしは買い物をして、彼に食べさせた。それが始まりだった。セミの抜け殻のようだった蒼さんは、あたしが彼の部屋に通い続けた結果、小さな笑みを浮かべるまでになっていた。
それからも定期的に通い続けていたあたしに、蒼さんはこう言うのだ。
付き合おう、と。
その頃、あたしは胸の中に生まれた感情に当惑していた。
どうして蒼さんが立ち直ってきたのに、あたしはまだ彼の部屋に通い続けるのだろう。蒼さんが本当に姉のことを愛してくれていたのは分かったじゃないか。性格だって分かってきたじゃないか。感情の吐露が上手にできないとか、心から笑うときは目を細めるとか。
あ、そんなところまで観察していたんだ。でも、なんでだろう。もっと蒼さんのことを知りたいと思ってしまうのだ。一緒にいると、心が落ち着くんだ。
もうちょっとだけ、近くで――
しっかりとしたモノもないままに、蒼さんに対して、うん、と返事をした。
付き合ったら何かが理解できるかもしれないから。
そして気づいたのは、芽生えていた恋心。ああ、好きになっちゃってたんだ。
蒼さんと過ごす日々は、あたしの心にあった棘を取る作業のようなモノだった。蒼さんと出逢う前までのコンプレックスだらけだった矮小な自分には、既に勝っている。
そう思っていたのに、今また、あたしは姉と比べている。
付き合おうと言われたとき、恐怖がなかったわけじゃなかった。姉とあたしじゃ違いすぎるから。高校一年生の時に付き合った人と、同じことをされるのかもしれない。二の舞になるのかもしれない。でも、蒼さんと一緒の空間にいるときに感じるのは、確かな熱を持った温かさだ。だから頷いて、付き合って、これまでやってきたのだ。
あたしは、蒼さんのことが好きだ。好きだけど――
「さっきと同じですよ」
沈黙していた真優の口が開いた。
「どういうこと?」
「この世界に、人は六十億以上もいて。出逢うのはその中のほんの少しで。……そう考えたら、好きになる人に出逢うのって、どれだけ確率が低いと思いますか? そんな確率で出逢って、好きになって。……そういう運命みたいなモノを信じたいじゃないですか。好きになった人のことも信じられないなんて、わたしはいやです」
蒼さんのこと、信じたいよ。でもね、真優。
「あたし」
「それなら全部やめちゃえばいいじゃないですか」
あたしが喋るのを遮って、真優は早口でそう言った。
「どうしてわたしに相談しているんですか? 自分がどうすべきなのか、ホントは全部分かっているんじゃないですか? 怖がったって、比べたって、今生きてるのはお姉さんじゃなくて、麻衣さんなんです。彼の隣で同じ空気を吸っているのは、麻衣さんなんですよ」
あたしは言葉に詰まった。どう言えばいいのか、どう返せばいいのか、何を言葉にしても、間違っているような気がしたし、逆に何を言っても正解なような気もした。
「……そうだね」
首肯して、黙りこくるしかなかった。
あたしは、何を確かめたかったのだろう。ううん、そう、最終的に、蒼さんに聞くことしかできないのに、あたしはここで何をしていたのだろう。
当時、蒼さんもあたしもボロボロになっていた。そのボロボロになった心の綻びを縫ったのが、姉という人間だ。姉の死によって二人は繋ぎ合わされたんだ。一つ一つの心は歪でも、繋ぎ合わされた二人なら、寄り添って、重なり合って、理解し合って、そうやって生きていけるような気がする。まだぐちゃぐちゃするけど。わけ分かんないけど。
姉が縫った、継ぎ接ぎのような関係でも、いいのかもしれない。
蒼さん。あなたに、いいんだよって言ってほしいんだよ。
携帯電話を取り出したあたしを見て、真優は忠告と提案をする。
「……直接会って聞かなきゃ駄目ですよ。怖いなら付いて行ってもいいですし」
「じゃ、お願いしようかな。さすがに、一人じゃあ、ね」
そう言ってあたしは電話を掛ける。
心臓が飛び出てきそうなほど緊張しながらも、それでもあたしは電話を掛けた。
☆☆☆☆☆
なんとなくだけど、初めて芽衣と出逢った公園に足を運んでいた。あのころよく座っていた寂れたベンチに腰掛けて目を瞑った。
声がした。子供の声だ。置いてあるのはしょぼい遊具だけど、それでも楽しめるもんなんだな。
一つ息を吐いてから目を開き、自動販売機で買ったばかりの缶コーヒーのプルタブを開けた。百二十円分の価値に見合うだけのおいしさなのかは分からないが、香ってくるのは芳ばしいコーヒーの匂いだ。初夏の中、火傷しそうなほどに熱いコーヒーを飲む男は珍しいんだろうな。ま、俺の生き方から恋の終わりまで、全部珍しいわな。
熱いコーヒーをを一口啜ったあと、俺は自虐的な笑みをこぼしていた。
「どうして、こうなっちまうんだろうな」
どうしてもこうしてもないだろうに。ただ単に、俺が秘密を隠していたのが悪かったのだ。ちゃんと伝えていれば、どうってことはなかったのに。いや、傷つけるとは思うが、少なくとも、今の状態よりは俺も麻衣もマシだっただろう。
どうしたもんかな。
あの日記を見てから言い訳をするのと、初めから伝えるのと、どちらがよかったかなんて一目瞭然で。今の俺が何を言っても無駄なんだ。麻衣に伝わるのは、不信感、猜疑心、もっと簡単な言葉で言うなら、不安。それだけしか伝わらないし、届かないと思う。
芽衣を失ってから、また俺は考えることしか行わなくなっていた。行動すりゃあいいのに。情けない。本当に、情けない。
「はあ……」
大きなため息をした瞬間だった。
「どうしました?」
「うわっ」
横からした男性の声に驚き、俺はコーヒーを落としてしまった。まるで気配がなかった。
「すみません。買ってきますか?」
「いや、いいよ。別に飲みたかったわけじゃないし」
男性……というか、容姿的には男の子と言っていいだろう。背丈は俺より少し低いくらいで、顔は蒼白で……って。
「それより、君、具合悪くないか?」
「いいってわけじゃないですけど、今日はそれなりだったので散歩してて、そしたらこんな昼間から黄昏れてる人がいたので声を掛けてみた次第です」
やたらと一文が長い。
「君、時間あるの?」
気づけばまた俺は誰かに話そうとしている。ご都合主義だ。
「……まあ。時間はあります。話くらい聞きますよ」
そう言って彼は俺の横に腰を下ろした。
「と、まあ、そんな感じ」
マシンガンのように吐き出された言葉に耳を傾けてくれた彼――上野洋君。
話し始める前に少し雑談をしたのだけど、なんと彼は二十歳らしい。高校生かと思うほどに肌も若々しいというか……俺が年を取っただけか。いやまあ、それはいい。とにかく、身体の調子がよくないにもかかわらず、彼は俺の話を聞いてくれたんだ。
「……難しいですね。それは」
言葉通り、難しい顔をして考えてくれる。人間って思いのほか、悪い奴ばっかりじゃないのかもしれない。そう思いながら、俺も考える。
どうすればいいんだろうか。
「でも、難しいけど、突き詰めれば簡単ですよ」
「ん?」
彼は俺の両目を見据えていた。
「気分を害すようなこと言います。最初に謝っておきます」
「……構わないよ」
「過去の話は過去の話じゃないですか? それでも麻衣さんはあなたと一緒にいるんだから、あなたのことが好きなはずですよ。あなたの過去は、まあすべてとは言わないけど、それなりに分かりました。でも、あなたの今の気持ちが見えません。今のあなたがどう思うかじゃないですか? 確かに付き合い始めたときの理由は最低だ。でも、今はそうじゃないんでしょう? そのままの気持ちで付き合っているわけじゃないんですよね?」
やっぱ、一文が長ぇよ。
「そうだね」
頷いて、黙ることしかできなかった。
「俺さ、人間嫌いなんだわ」
それで、と続きを促された。
「人間って、他人が持ってる夢を笑うだろ。そんなの無理だ、馬鹿じゃねえのかって。そこにどれだけの想いや情熱が詰まってようが、幼稚であれ明確であれ、鼻で笑い飛ばす――そんなヤツばっかだと思ってた。俺はだから、ほかの人間と喋るのが好きじゃなかった。誰かに打ち明けた想いを否定されるのが怖かっただけなんだろうけどさ。んで、行動的でもなかったし……そんなわけもあって俺は閉じた世界に籠もるんだ。俺のその独りよがりな世界を表すのに手っ取り早かったっていうか、最も適していたツールが小説だったんだ。あーごめん。やっぱ整理できてねえ」
「……いいですよ。要は、それから芽依さんと出逢ったってことでしょう?」
ああ、上野洋という男は話しやすい上に、ちゃんとこちらの話を理解してくれている。
「そうなんだよ。そんなときに芽衣と出逢って、自分で言うのもアレだけど、俺は変わっていったよ」
「で、今の気持ちはどうなんですか?」
意思を持った眼差しをこちらに向けている。
「俺は……ちゃんとあいつを、麻衣を見てるよ」
芽衣はもうこの世にいない。この世界で俺と生きているのは、俺が一緒にいてほしいと願うのは、麻衣なんだ。
始まり方なんてそれこそ最低だ。でも、好きなんだよ。だから俺は二人で過ごす日々を大事にしてたじゃないか。そこには多少の嘘も含んでいるさ。芽衣のことを忘れたわけじゃない。時折芽衣のことを思い出しては、ジクジクと胸が痛むことだってある。戻れねえかな、なんて思うことだってあるさ。でも、ここにいるのは俺と麻衣だ。
俺と麻衣なんだ。
正当化するよ。俺はそこまで綺麗じゃねえよ。
どっから始まったって、始まりは始まりだ。呆れるくらいボロボロの関係だけど、それでも俺は続けたい。いや、今から俺は始めたいんだ。芽衣がくれた継ぎ接ぎだらけの関係じゃなくて、同じ気持ちで共に歩んでいきたい。
「もう、大丈夫みたいですね」
彼は疲れたような顔で微笑んだ。
「ああ、大丈夫……上野君、君こそ――」
「大丈夫。それより、今からあなたがすべきこと、分かりますね?」
それはもちろん、麻衣と話すことだ。
「分かっ」
てる、と言おうとしたところで、俺の携帯電話が震えた。家から出るときにポケットに突っ込んでおいたそれが、ブルブルと震えている。画面を見て、俺は口をあんぐりと開けた。
「……もしかして、先越されました?」
苦笑しながら訪ねてくる彼。縦に首を振るしかなかった。
愛想を尽かしたか、俺と似たようなことを思ったのか、それは分からないけど。
伝えなきゃいけない想いがあるから、俺は電話に出た。
☆☆☆☆☆
僕は咽せた。
何故なら、麻衣さんと一緒に真優も来たからだ。どういう繋がりなのか説明してほしいと思いつつ僕は咽せたのだった。
ベンチから立ち上がり、蒼さんは麻衣さんの下に向かった。それと入れ替わるように僕の隣には真優が座る。
「ねえ、なんで洋君がここにいるの? っていうかまだ具合悪そうだし」
真優は自身の冷たい掌を僕の額に当てた。
「絶対まだ微熱気味だよね」
「いやー全然平気っすよー?」
「平気かどうかじゃなくて微熱あるのないの」
「あるねえ」
「ばか」
軽い罵りを受け、真優に睨まれた。
「……あたしの高校の元先輩なんだ。二つ上の」
そういうことか。ってか、麻衣ちゃんは俺より年が下なのか。
「俺はあの人となんも関係ないけど、話しを……てか、事情を聞いてただけ」
なんだか僕が出逢う人達は、色々とややこしい問題を抱えているみたいだ。
蒼さんと麻衣ちゃんは向かい合い、静かに話していた。二人の声は小さくて聞き取れないけど、心配する必要はないだろう。
「蒼さんは、本当に麻衣ちゃんのことが好きなんだな」
「麻衣さんだってそうだよ。相手に対する想いが、愛情が強いから、相手と向き合うことの恐怖も強くなっていくんだね」
「あの二人は、どうしてすれ違っていたんだろう」
「たぶんだけど、お姉さんが死んだときのことを、そのときの気持ちを知れないからだよ」
ん。それは一体。
「どういうこと?」
考えているときの癖だけど――髪を弄りながら真優は推測を口にした。
「んー……なんていうか。結局さ、蒼さん……だっけ? 彼の心にあるのは、お姉さんを殺してしまったっていう罪悪感で、そこからすれ違ってるんだと思う。亡くなった事実は変えられないし、そこから始まった関係なんだけど、それを間違っているとかって思っちゃうのは、さっき言ったけど、お姉さんが死んだときの気持ちを知らないからだよ」
言っている意味が分かるような分からないような。
「真優にはお姉さんの気持ちが分かるの?」
「なんとなくだけどね」
「どういう気持ち?」
「『わたしは死んじゃうけど、あなたは生きて頑張れ。あなたのせいじゃないよ。自分を責めないでね。』みたいな」
そんな都合のいい解釈があっていいのか。
「それ、ホントかよ」
僕の返しに、数秒間、真優は口を閉ざしていた。
「――だってさ、好きな人のためだったら、わたしは命を賭けられるもん」
「分かるように説明して」
「分かんないかなあ。その人のためなら死んでもいいってことだよ」
その言葉を聞いて、僕は風成虹介を思い出した。あいつも、雪菜ちゃんのためになんでもすると言っていた。
「洋君はさ、前に、恋なんかしねえ! って言ってたけど、想像してみてよ。ホントに好きな人ができたら、自分の命なんてどうでもいいと思わない? その人のせいで死んだとしても、後悔したり、恨んだりしないでしょ?」
僕が、蒼さんと同じ立場だったら。真優のせいで僕が死んだとしたら。
たぶん僕は、最期の瞬間、真優のことを想いながら、死んでいくだろう。その人の安全とか健康とかを祈りながら、幸せになることを願いながら、お前のせいじゃないよ、気にするなよ、と言葉に出そうとしながら、死んでいくと思う。自分の人生のことなんか、微塵も考えないだろう。
「しないな。……絶対、後悔も、恨んだりも、しないよ」
よかった。と真優は言う。
「何がよかったの?」
「分かんないけど、誰か大切な人のことを思い浮かべたでしょ? そういう人が洋君にもいるんだって分かって安心したの」
「そりゃどうも」
「洋君は、独りじゃないんだよ?」
真優は寂しそうな笑みを浮かべ、俯いてしまった。どういう意味なんだろう。
独りじゃない。……僕は、独りで生きる運命なんだ。と思う僕は、いつも周りを拒絶する笑顔を浮かべるが、そういうのに、気づいているのだろうか。そうした上での言葉なのだったら、嬉しい。多くは望まないけど、それでも嬉しい。
「ありがとうな」
そう口を動かしながら、僕は真優の頭をワシャワシャと撫でた。
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