漢気のある幼馴染陸上女子に『スパッツを嗅がせて』と土下座して頼んだら、全力でビンタされたんだが?

星乃カナタ

第1話

 

 陸上部の女子は良い。

 いや、そういうとキモい目線で見るなよ気持ち悪い──と言われるかもしれないので……視点を絞って、陸上部の幼馴染は良い。

 と言わせてもらうことにしよう。

 そういうことにしよう。


「もっともっと、スピード上げてー!」


 高校の広々としたグラウンドに、土埃が舞う。

 空は快晴だった。

 雲ひとつない。


「頑張れーっ! 舞ちゃぁぁん!!!」


「───ッ!!」


 目の前を駆け抜けていくのは、茶髪ショートの幼馴染である。

 赤い陸上着を身にまとい、額から汗を垂らしながらも地面を強く蹴って進んでいく。


 橋本(はしもと)舞(まい)。

 彼女は僕の幼馴染であり、陸上部であり、そして陸上の中距離で県大会2位に輝く実力者だ。


 僕みたいな何の取り柄もない人間とは違う。

 学校中の人気者である。


「いやあ、凄いですねぇ」


「そうだね」


「瀧(たき)先輩は走らないんですか?」


 舞を応援する僕の隣にいるのは、陸上部のマネージャーである宮峰(みやみね)だ。一個下の後輩である──そう、彼女は一年生だ。

 長い青髪とマル眼鏡が特徴的。


「走らないよ。僕は陸上部じゃないし」


「あぁ、"元"でしたっけ?」


「一応そういうことになる」


 陸上部でもないのに、なんで陸上部の活動を見ているのかというと──そういう事で落ち着く。


「わざわざ見に来るのなら、続けてればよかったのにー」


「……怪我だからな。やりたくても出来ないし、治ったとはいっても、医者からストップかけられてるから。復帰はしないよ」


 強い風が吹いて、宮峰の髪は翻す。


「そうですか。そりゃ残念です。変態先輩が復帰されないのは」


「誤解してるようだが、僕は変態じゃねぇ」


「え?」


 本気でビックリしたような顔するなよ……。


「ごほん。ともかく今日の僕は、未練とか応援とかで陸上部に顔を出したわけじゃない。用事があっただけさ」


「用事というと」


「舞に、ちょっとね」



 ◇




 ここまで読んだ方は、これが実に真面目なライトノベルの勘違いしているかもしれないが──実際にそれは勘違いなので、訂正してもらいたい。

 ずばりこれは変態による、変態物語。

 それに過ぎないのだ。


「私に用事ってなに? 珍しー」


 陸上部の部活終わり。

 時刻は午後五時半を迎えている。今は十二月なので空は暗くなっている。

 当然、日は暮れていた。


 部室の前にて、僕はわざわざ舞を呼んでいた。


 まずは余談から。


「今日もしっかり走れたかい?」


「え? まぁもちろん。タッキーのあの頃の速さには到底追いつけねーけど」


 タッキー。

 それは僕の愛称だった。本名(フルネーム)は、汐留(しおどめ)瀧(たき)である。

 にしても相変わらず漢気のある口調だ。多様性が騒がれる現代、僕は何でも良いと思っている派だから口にはしないけど。


「ふふ、幼馴染として誇らしいぜ」


「は? どういう意味?」


 首を傾げる舞。


「幼馴染よりも速いってのは、誇らしいぜ。幼馴染として、自分が」


「お前の話かよ!?」


 そうだよ。

 なに、悪いか?


「……はあ、やっぱずっとタッキーはタッキーだな」


「僕は変わらない人間だからな」


 そもそも、人間はそんなぽんぽん変わる生き物じゃないだろうしさ。

 ただ僕が例外ではない、という話だ。


「変わらず変態だよ」


「ちげぇよ! 今も昔も!」


「今も、地面を必死に歩いている蟻を擬人化させてニヤニヤしてんのか?」


「そんなことした事ないわ!!!」


 つーか、特殊性癖すぎるだろ!!

 そんな奴いねぇわ!

 ……いや、いるのか? 僕が知らないだけか? 世界は広い。一人の人間じゃ到底知りきれないぐらいには。


 でも。少なくともソレは僕じゃねぇ。


「じゃあ何用なんだよ?」


「そんなビックリしないでくれ……なんでそんな、驚いたような顔するのさ」


「いや、だって、バカな!? タッキーがアリを見つめて恍惚とした表情を浮かべていて……じゃあなんだ! あの時の表情は!」


「知らねぇよ! 多分、舞が見たのは僕じゃない!」


 ごほん。

 咳払いして、空気を元に戻す。


 閑話休題。


「で? 本当は何の用なんだよ」


 わざわざ他の部員が帰った後に呼び出してよ(ついでになんでわざわざ陸上着のまま?)、と彼女は付け足した。

 本当の用事。

 なぜ、橋本舞を呼び出したのか。

 その理由である。


「簡単さ」


 続ける。


「僕は目覚めたんだよ」


「何に? 特殊性癖?」


「ちげぇよ!」


 ごほん、咳払いしてもう一度。


「陸上部のスパッツに感動すること」


「特殊性癖じゃねぇか!」


 ツッコまれた。

 ごめんなさい。

 その通りかもしれません。


「そういうわけで」


「どーいうわけだよ……私は幼馴染の特殊性癖についていけてねぇよ」


「ともかく舞を呼び出した理由。お前にある用事ってのは──そう、お願いさ」


「お願い? 珍しー」


 幼馴染の言葉を無視して、息を呑んで言う。


「出来れば絶縁は無し、これからも友達として、幼馴染としてやらしてもらいたい」


「???」


「お願いします!!」


 僕はゆっくりと土下座の体制へと移る。

 というか既に頭を地面に擦り付けていた。


 準備万端だった。よし言おう。


「───その陸上着の下にある舞のスパッツを、僕に嗅がせてくれ」


 と。


 ……空気、悪くなってないよな?

 勿論、日が暮れているので辺りは暗いし、生徒たちの大半は下校しているから物静かだけれど。

 シーンと、違う雰囲気が漂った気がした。


 しかし、


「顔上げなよ、タッキー」


 と、普段通り……そう言う舞がそこにはいた。


 ……え?

 もしかして本当に見せてくれるのか?


 期待。羨望の眼差しで僕は顔を上げた。


「え───」


「死ね、ボケカス!」


 刹那。

 顔を上げた刹那。

 橋本舞の笑顔が映り込み、同時に彼女は体を捻らせ、全力で、僕の左頬に──ビンタをかましてきて。


「うわぁ!?」


 汐留瀧は吹き飛ばされたるのだった。


 痛い。

 全力で頬が痛む。


「馬鹿かお前は! ついにトチ狂ったのか!?」


 幼馴染から本気の罵声が飛んでくる。飛び込んでくる。

 ……ぐぬぬ。


「ふ、ふざけんな! 私のことを何だと思ってんだ!」


「えーっと、最高の幼馴染」


「それは間違いじゃねぇけど! でも──いくら幼馴染でもスパッツを見せろ? 無理に決まってるだろ!」


「いやでも諦めない!」


 何言ってんだ僕は、どんなとこで意地張ってるんだ!?!?


「───スパッツを嗅がせる……見せることでさえ、恋人じゃなきゃ無理に決まってるだろ!」


「…………え?」


 瞬間である。

 脳内に電撃が走る。


 なんだって? 恋人じゃなきゃ?

 つまり、恋人だったら?


「その物言いだと恋人だったら、スパッツを見せて良いって話になるが」


 冷静になって聞く。

 すると、珍しく顔を赤面させながら幼馴染は答えてくれた。

 こーいうところ、優しいよな。


「──んま、そーだよ……。嗅がせる、なんてのは無理だけどな」


 汐留瀧に更に電撃が走る。


「分かった」


「は、は?」


 頬の痛みはどこかに消え去った。

 立ち上がり、真顔で。


「──恋人になってくれ、最高の幼馴染」


「は? え? は?」


 硬直。

 からの三連続。


 ───なんだ、この状況は。


「はぁぁぁぁあああ!?!?!?」



 静寂に満ちる陸上部の部室にて、橋本舞の絶叫だけが酷く大きく響き渡った。



 それから1ヶ月後。

 僕は最高の恋人からスパッツを見せてもらうことになる。




ーーーーーーーーーーーーー


あとがき


 ここまで読み進めてくださりありがとうございます。こんなふざけたタイトルの作品を最後まで読む人がいるのかどうかは分かりませんが……。


 しかし「俺は、私は読んでるぜ」と言ってくれる方がもしいれば、そして、


 私の作品が気に入ってくれた方はぜひ、特殊な高校を舞台に頭脳戦を繰り広げる連載作品『このフザけた世界で生き残る』の方もよろしくお願いします。


 一章分(八万字相当)は書き終わっているので、一日一話から二話のペースで投稿していく予定です。

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漢気のある幼馴染陸上女子に『スパッツを嗅がせて』と土下座して頼んだら、全力でビンタされたんだが? 星乃カナタ @Hosinokanata

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