第6話

まどかは今日もトークアプリで文字のやりとりを楽しんでいるようである。



今宵の話し相手はどなたでしょう?



「はじめまして」


から始まる物語。



さてさて覗いてみましょう。



今宵の相手はまどかの一つ年上26歳の男性のようである。



彼の職業はクリエイティブな仕事をしていると言うことであまり深く話さない。



まどかも深く追求するのは好きじゃないのでそのまま会話を続けた。



まどか自身、言葉を操る仕事としか話していないので作家なのか編集者なのか作詞家なのか



はたまたなんなのか得体の知れない女であった。



みんなそこに注目してこなかったのであえて話すことがなかった。



お互いあまり自分のことを話したがらないまま会話は続いた。



彼は景色の綺麗なところに住んでいること

まどかは都会のど真ん中で毎日せかせか生きていること



トークアプリというツールがなかったら出会うことのなかったような2人は楽しく会話を紡ぐ。



まどかは彼に今までの人とは違うどこか『懐かしい』感覚を持ったのである。



はじめましてなのに『はじめまして』じゃない感覚。



景色の綺麗なところに住んでいるとしか聞いていないのになぜか住んでいるのではないかという情景が浮かぶ。



なぜまどかが積極的に人との関わりを持たずに文字というものを大切にしているのか?



そこにはまどかの幼少期に受けたそれは深い深い心の傷にあったのである。



まどか自信も誰かに心の傷について話すことはなかった。


まどかは誰しもが大なり小なり心の傷は持っているはず。

それを誰かに話したところで何も変わらないと思っていた。




だが、景色の綺麗なところに住んでいる彼はまどかが誰にも言わなかった

いや、言えなかった心の傷に触れた。



優しくそっと、包み込むように。



毎日素性のわからないただ景色の綺麗なところに住んでいるとだけ知っている彼とのやりとりは続いた。


日常の些細なこと

今日の楽しかったこと

悲しかったこと

嬉しかったこと


など本当に些細なことを報告していた。



でもまどかは気づいていた。

『どうせこの人もいなくなるんだ!私はまた一から話し相手を探さないとならない日がくるはず』



と。




しかし、一向に景色の綺麗なところに住んでいる彼から別れの言葉が出てこない。



彼からも今日のくだらなかった話などが送られてくる。



今日の笑った話

今日の楽しかった話

今日の痛かった話



どれもまどかには新鮮に聞こえた。



一向に雲行きが怪しくならないのである。





『なんだろ?とても心地いい。初めて話した感覚がしない』



と、まどかに不思議な感覚を覚えさせる



景色が綺麗なところに住んでいる彼は何者なのか?



ナニモノでもないのか?



景色の綺麗な日本のどこかに住んではいる(はず)である。



なのにこんなにも心を奪われるのはなぜだろう?



まどかはふと気づいた。


『あれ?勝手に失恋』しないことに



景色の綺麗なところに住んでいる彼の心は綺麗なのである。



まどかの心が手に入らなかったらなどと考えていない。



ただまどかの心のすぐ隣で寄り添ってくれるのである。



今日のつらかったことを話すと、『今日の自分がどれだけつらかった経験をしたか』を話してくれる。



まどかはその言葉を受け取るととても心が安らいだ。



さあ、いつも勝手に失恋していたまどかに何か違う風が吹いてきた。



すぐそばで寄り添ってくれる彼は何者なのか?



まどかの心の1番深いところにそっと触れる

彼はナニモノ?



振られないまどかの心は戸惑うのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る