第45話 焼き付けた

 「ずるいだろ?」


 大門先輩は、自嘲気味に笑った。


 「お涙ちょうだいみたいな話になったし、弟である君に言わなくてもいい事を暴露

してしまったね」


 雲に隠れた陽光をぼんやりと眺める先輩。


 「いや、そんなことは…」


 どんな目的があって、俺にこんな話をしてくれたのだろうか。意図が掴めず、どう

言葉を掛けていいか逡巡する。


 「今回がチャンスだと思っていたんだ」


 自分の手を見つめる横顔。その両手は至る所にマメができ、触れただけでも痛みが

走りそうなほどに赤黒かった。まごうことなき努力の証。


 「自分でも、何が言いたいのか分からないんだ…」


 小刻みに震える身体と声。


 「君を責めるつもりなんて毛頭ない。ないんだ。君にはそういう異能があって、そ

れを悪用されるのも仕方がないんだ」


 耳にした瞬間、俺は背筋が凍った。


 「何、言ってるんですか…?」


 本当に何を言っているのかは理解できる。でも、どうして今、そんなことを。


 「高原先輩が、兵頭君と共謀して何かを企んでいるのを耳にした」


 思いつめたように暴露し、開いた拳を次は握りしめる。


 「彼らが君の名前を出したんだ。それを聞いた僕は、何もできなかった。浮いてる

僕なんかが出しゃばったところで事態は変わらないと言い訳を並べて、何もしなかっ

た!」


 頭がおかしくなりそうだった。高原絵空が絡んでいる?


 思い返す。練習を見学した時、応援団のイメージについて話した日、高原が大門

先輩を見て言った言葉。


 『あいつ、決まった振り付けもできないんだよ。おまけにダサい』


 決まった振り付けも何も、彼は応援団で唯一、太鼓を担当しているのだから挙動が違うのは当たり前だ。


 つまり、あいつは最初から太鼓を埋めることを計画し、太鼓の記憶を失った俺の回

想とあいつの言葉に辻褄を合わせた。


 気持ちの悪い奴が身勝手に先行したアドリブとして、太鼓の情報を消された俺の記

憶に焼き付けた。


 「気持ちを吐き出して、楽になりたかったんだ。自分の過去の恥も、洗いざらい君

に話せば、許されると思った」


 大門先輩は、力なく立ち上がる。先ほどの俺よりも沈みきった様相だ。


 「おかしいな」


 涙をこらえた背中。


 「君には、僕なんかのために何もしなくていいからと伝えるはずだったのに。…く

そっ」


 離れていく先輩の背中。俺の伸ばしかけた手、出かかった言葉。




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