第43話 卑怯


 走り出した。


 見つけた。




△△△





 「また逃げるのか?」


 背を向けた俺へ向ける罵倒。歩みを止めるのに充分な呪いの言葉。


 体育祭の準備、峰を家に招待したこと、大門先輩の練習を見に行ったこと、休憩時

間でのテントの中。


 俺は、昼休憩中に兵頭に呼び出された。サッカー部の部室前。敷かれたブルーシー

トの下に、『それ』は眠っている。立ち止まり、数秒間、他人と関わりの記憶を『回

想』していた。思い出せない『あるもの』を思い出していた。


 簡単に思い出せた。


 「はがしてみろよ。そこの輔と2人がかりでもいいぜ。お前を上に据える女なんか

にはぜってえ負けねえから」


 ブルーシートを平手で2度叩き、意地汚く笑う。俺にできないという確信をもった

言動。余裕めいた笑みが恨めしくも恐ろしい。こいつにはどうあがいても逆らえない

と俺の本能が言っている。


 「分かってんだろ? 答えがここに眠ってるのも、何が答えなのかも、全部わかっ

てんだろ?」


 そう。全部分かっていた。


 なのに俺は、


 「もう、たくさんだ」


 逃げた。


 今までは、俺へ直接的に妨害していた兵頭。


 しかし今回は、俺ではなく他者を狙った。


 だから嫌だった。仲間を作るのは嫌いだった。どうして自分の決意を忘れてしまっ

た。孤独になると決めていたのに、それを捻じ曲げてしまった。中途半端な生き方を

したせいで、俺に降りかかるはずの不確定要素を、俺の仲間が被ることになった。


 兵頭に逆らう力もないくせに、俺は欲張ってしまった。俺に救いの手を差し伸べる

峰を見て、少しでも希望を持ってしまった。


 俺なんかが、一縷の希望の糸すらも掴んではいけなかったんだ。


 強大で重厚な不確定の重圧で簡単に切れてしまうのだから。


 「新太っ!」


 今まで黙って見ていた輔が、逃げ去る俺の手を掴んだ。


 「離せ…離せよ!!」


 強く引きはがした。地面に転び、その姿の顔を見られまいと咄嗟に輔から目をそら

す。


 「お前も、もう俺に構うな。次は転ぶだけじゃ済まない」


 嫌だ。嫌だ。嫌だ。


 辛い。


 消えたい。


 越えるべきものから目を背けて、仲間を傷つけて、俺は何がしたい。


 最低だ。


 兵頭が峰に殴られた日。あいつは俺を卑怯者と呼んだ。


 卑怯者はお前だろと思っていたが、実際にあいつの言葉はその通りだった。


 安全な場所から、守った気になっていたんだ。


 思い返せば、俺は何もしていない。誰にも、何の救いを施していない。貰ってばか

りで、何もできていない。


 だから俺は、独りになりたかった。


 卑怯でも何でもいい。


 俺には、仲間を作る資格がない。俺がいるから、みんなが傷つく。みんながしなく

ていい損をする。


 「だから、離せよ」


 次は、強い力が俺の腕を縛り付けた。


しかし、なかなか離れてくれない。


「新太君!!」


 「大門…先輩…?」


 顔を見ると、逃げる気力を完全に失った。


 「殴ってくれ、先輩」


 「できない」


 「殴れよ…、俺のせいで、あんたが傷ついたんだから。いっそ殺してくれよ!!」


 泣きじゃくる俺に諭すように、彼からは聞いたことのない、柔らかい声を出した。


 「君を殺すなんてできない。その代わり、聞いてくれないか。僕の気持ちを。溢れ

んばかりに溢れる気持ち。それから、陽菜乃さんのことを好きになったルーツも」


 促されるまま、沈黙が張り詰める校舎の外階段に座った。

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