第41話 体育祭当日

 迎えた体育祭当日。


 快晴の下、9月も下旬に来ているというのに真夏の灼熱は残り切っている。


 「新太っちぃ~」


大門先輩は、グラウンドの隅で応援の練習している。たった一人で、例のオタ芸のよ

うな挙動を機敏に動かす。本当に、何をしていたんだ、あの人は。しかし俺は、あの

姿を、カッコいいと思ってしまう。やはり、俺は高原絵空の考え方には反対してい

る。心から。


「新太っちてばぁ~」


そう、心から、だ。


一方で脳内は、高原絵空を肯定するがごとく、大門先輩の恥ずかしい姿が目に焼き付

く。


「おーい!!」


「うわっ!」


大音量の怒号が耳を突き刺し、俺は慌てて身を引いた。


「な、なな、何ですか!? 急にでかい声出すのやめてくださいよ!」


慌てふためき耳の流血を懸念する俺の前で、メガホン片手に頬を膨らませて立ち尽く

す柳先輩。


「ボケ―っとしないの、1年坊主」


「そのメガホンが機械なら死んでたんすけど」


「まあ、そこはごめんなさいね。でぇも」


 再び睨み、言った。


「今は集中よ。高原パイセンのことは一旦無視しなさい」


落ち着いた声で諭すように言った。彼女は時折、俺の思考を手に取るように読み取

り、達観した大人のような態度で冷静に言葉を落とす。


「あなたのお姉さんは集中している。あなたの慕う大宮は、ふふっ、言うまでもない

わね」


目線の先、経験の浅い2年の生徒会会長と副会長。本番への焦り、失敗への恐怖を感

じているだろうに、彼らは一切の雑念を受け付けない、他に何も言わせないほどの威

圧感を発する。


狐塚先輩も鈴井先輩も、彼らの恐ろしい集中力に倣うように神経を研ぎ澄ます。


あの峰ですら、リハーサルの時もおどおどとテンパっていた峰ですら、一切の泣き言

を漏らさず、情けなく視線を彷徨わすことなく、ただ目の前の、白線を引くという仕

事を全うしていた。


「ほら、分かったなら体育委員の運搬作業を手伝う。力仕事はたくさんあるんだか

ら、期待してるよ。それに、大門ちゃんは強いやつなんだから、1年坊主が心配しな

くても大丈夫だよ」


肩を叩いたりの身体的接触はなかったものの、彼女の喝は、俺の意識によく届いた。

停滞していた心が、徐々にほぐれていき、思考回路が流動する。


そうだよな。


余計なお世話だ。


出会った日からこの日までを思い返すと、大門先輩が弱音を吐いたところを見たこと

がない。少なくとも俺の前では気丈にふるまっていた。


それどころか、何度も助けられた。美化委員の仕事の時に罵声を浴びせた俺を許し、

夏合宿の時に掛けられた疑いに臆することなく俺を信じてくれた。


だから俺も、黙って自分の出来ることをするだけだ。


これから数時間までの俺は、確かにその意思を固定していた。頑迷に決意を固めた。

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