第40話 熱血

 「よく来たね」


 俺は、わざわざ嫌いな声を聞きに来たわけじゃないが、この目で確かめたかった。


 「昨日の今日で来れる胆力。本当に陽菜乃ちゃんそっくりだ」


 「御託は良いから、早く始めてくれよ」


 苛立ちに任せたまま乱暴に言葉を選ぶ俺を、「もうちょいまって」と余裕の表情で

いなす。


 「メンバーが5人ほど遅れているからね。もう少し、オレの御託に付き合ってよ」


 「体育祭も近いのにやる気を感じませんね」


 未だ俺の嫌味にびくともしない。むしろ「ふふっ」と笑われる始末だ。1年のガキ

の言うことなど彼にとっては戯言の類として処理されるのだろう。


 「今まさに、オレが話そうとしたテーマだよ。息が合うね、やっぱりキミは応援団

に来るべきだよ」


 「あんたが抜けたら考えてやるよ」


 「返しが上手だね。じゃあ、本題ね」


 パーマのかかった髪を指で触りながら、俺に問う。


 「応援団、って聞いて、どんなイメージを持つ?」


 表面的にはシンプルな問いだったが、どうして今、それを聞くのだろう。質問の意

図が俺には分かっていた。分かり切っているから、気持ちが悪かった。


 「ねっけつ」


 俺の答えを待つことなく、どうせこんなところだろうと言わんばかりに高原絵空

が、その言葉を唾のように吐き捨てた。


 「もしくはそれに近い内容だね。必死とか、汗とか、熱いとか、根性とか。…確か

に、大門耕平という人間を外から見たら出てくるイメージだ。一般的な応援団のイメ

ージと一致する」


 淡々と持論を繰り広げる高原絵空。


 「でも、それだけじゃ、つまらないんだよね」


 冷徹な目が大門先輩を見ながら、端正な顔立ちで悪魔のように笑った。


 「あれを見て、あんなふうになりたいって思える人間がどれだけいるだろうか。勉

強も運動も平均的で、芸術などで突出した分野もない。顔がカッコいいなら多少は救

いがあるが、見た目もお粗末。真面目、頑張り屋、などというその気になれば誰でも

真似できそうな心の在り方だけが個性の男が何をしようが、魅力的には移らない。そ

れも、ボクたちのような10代ならなおさら、理想の姿とは呼べない人間。限りな

く、現実を背負った人間だ。ああいう人間ほど、身の程を知らずに土屋陽菜乃などの

理想を追いかける」


 「やっぱりあんたのことは許せないな」


 「別にいいよ、ボクはボクの本心に従う。キミもそうすればいい。だって僕、なり

たくないもん、あんな無個性で哀れなブサイク」


 前日ほどの怒りはなかった。この日は前もって構えていたからだ。


 「見た目も才能だ。憧れを促す要素。ブサイクに肩入れするのは、どう考えても欺

瞞や打算が働くものだとは思わないかい?」


 「俺のことを言ってるんですか?」


 怒りを通り越して呆れを感じる。


 「さすが、理解が早くて助かるよ。キミのような容姿も頭脳も上澄みの人間が、あ

の地味で平凡な大門を敬愛する理由だよ。一体どうしてだい?」


 「それは…」


 即答できる。


 そう、思っていたのに。


 「結局キミは、ボクと同じだよ」


 「は?」


 「ボクと同様、彼を見下している」


 「ち、違う!」


 否定に動揺が混じった。認めたくなかった。


 「何が違うの? 彼を見る目は、ボクもキミも変わらない。無意識のうちに下に見

ているんだよ」


 ナメてるの、と自分のこめかみを人差し指でトントンと叩きながら俺に諭す。


 「自分のそういう汚い部分に正直になっているのがボク。嘘偽りで体よく固めてる

のがキミ。彼を堂々と貶すか、彼に親切に接することで自分の心を満たしているかの

違い」


 「違う…、ふざけんな」


 「じゃあ、あれ見てよ」


 指さす先に見える大門先輩。彼は、素人から見ても至極不可解な動きで、「ふぁい

っお!ふぁいっお! 時の丘っ!」と応援の言葉を叫び、自主練習をしている。


 「あいつ、決まった振り付けもできないんだよ。おまけにダサい」


 それはさながら、アイドルの熱狂的なファン、端的に言えばアイドルオタクが両手

にサイリウムをもってそれを振り回すような場違いな動きだった。


 「ああいう地味で目立たないブサイクがアドリブ利かせるのが寒いんだよな。どう

せあれだろ。キミのお姉さんにアピールしてんでしょ」


 他に自主練をするメンバーもいるが、彼らは大門先輩のような逸れたアドリブはせ

ず、伝統どおりの型を遵守している。


 「別に、何もおかしくないだろ、いい加減にしろよ」


 俺は、違和感などなかった。違和感など…。


 「もう一度聞くよ」


 睨む俺の怒りに構うことなく、しかしこちらに向き直る高原絵空。目は、真剣その

ものだった。


 「君はアレを見て、少しも侮辱の感情が湧かなかった。そう、自信をもって言える

かい?」


 「ああ、もちろんだ」


 嘘を吐いた。


 高原絵空の煽りに逆らいたかっただけで、一抹だけ、大門先輩のことを…。


 拳を握り締める。されるがままに心を動かされてしまった。そんな俺の覆い隠しき

れていない敗北感をやすりのような言葉でザラりと削るように、高原絵空は追い打ち

をかけた。


 「あ、そうそう、たった今来た向こうの彼は、キミの幼馴染なんだってね。彼と大

門先輩は果たして対等に見えるだろうか」


 クスクスと俺を試すように笑い、大門先輩とは違う方向への視線に映ったのは。


 「っ!」


 焼けた肌と短髪がよく似合う筋肉質。整っているが、一目見ただけでも相手を本能

的に畏怖させる顔つき。


 しばらく会っていなかったのに、存在を目にするだけで駆け巡る記憶の奔流。その

全てが暴力的な恐怖と化し、俺の心臓を大きく鳴らした。


 「兵頭勝治くん。最恐の強面イケメン。畏怖とハイスペックを持ち合わせた上級生

顔負けの1年生。これほど分かりやすい才色兼備はないでしょ? 新太くんたちの次

にお気に入りだよ」


 俺の事情を知ってか知らずか、目を細めて笑った。


 「さて、本題に対する結論だ。応援団のイメージについて。漫画やアニメ、フィク

ションの世界では君が思う熱血をイメージするけど、この学校、生徒の自主性を重ん

じるこの学校では、ああいう派手で他を影響する人間こそが、応援団の器だよ。兵頭

君のような、ね」


 個人的な暴論に見えたもっともらしい正論を前に、返す言葉がなかった。俺は、心

の底から納得してしまっていた。


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