糧になる記憶

第24話 連絡

 「じゃあ、他に言っとくことあるかな?」


 午前11時。雲が空の半分を覆う空の下。


 8月も終わりに差し掛かるが、涼しくなる気配はなく、冷房を強風に設定したエア

コンが、人間の都合でゴーゴーと酷使されている。


 大宮先輩が手際よく会議を進行させていく。諸連絡の有無を生徒会の人間たちに確

認する。


 「俺っちからは、なんにもねえよ」と、髪の毛を堂々と金髪に染め上げている

2年生の会計係、狐塚紺太(こづか こんた)がきつねのような顔で、ケケケと笑う。


 「私も大丈夫」と、真っ黒な三つ編みをした2年生の書記係、鈴井凛(すずい りん)が黒ぶち眼鏡をかけたすまし顔で淡々と答える。


 「柳も土屋会長もないなら、これで終わろうか」


 黒板に書かれた議題、『時ノ丘高校体験入学期間』を消し始める大宮先輩。


 「あの」


 2年生が5人、1年生が1人のこの場で、そのたった1人の1年生である俺は、恐

る恐る手を挙げた。


 みんなの視線が集まる。圧迫される思いで言葉を絞り出す。


 「峰から、連絡とか、なかったんですか? 柳先輩とか、姉貴…土屋会長のスマホ

にメッセージが来たりとか、してないんですか?」


 「ケケケ。こういう時、真っ先に女子に可能性を見出すあたり、まだまだ純粋だ

な。男子の俺らにもメッセージが来てるかもしれないじゃないか。俺っちたちもう大人なんだから、男女で意識しないでしょ、フツー」


 「狐塚うるさい」


 「へえへえ、凛ちゃんはいつも真面目だな」


 「その呼び方やめてって言ってるのに…。で、土屋君、峰さんからの連絡は私の方

には無かった。会長と柳さん、どうなの?」


 饒舌な狐塚先輩を黙らせ、業務的な口調で2人に問う。


 「う~ん、私の方にもなかったな~」


 バツが悪そうに俺から目を逸らす柳希和。旅行の翌日から、ほとんど口を利いてい

ない。


 「私の方にも無いわ」


 姉も答えた。そして続けた。


 「心配だわ。私の方から連絡してみようかしら」


 「余計な事しなくていい! …ああ、いや、会長の時間は割きたくないので、俺が

連絡してみます」


 思わず声を上げてしまい、慌てて礼儀をわきまえる。「お姉ちゃん思いだな、ケケ

ケ」と狐塚先輩に茶化されるが、スルーする。


 「ていうか、土屋君、この1週間の間、連絡しなかったんだ」


 「あ」と声が出てしまう。


 「何かあったのかい?」


 大宮先輩が心配そうに問う。


 「いや、何でもないです。あいつのことだから、どうせ風でも引いたのかと思っ

て、連絡してませんでした」


 「それならいいんだけど、彼女はまだ君ほど仕事が出来るわけじゃないからね。そ

れで落ち込んでいるのかもね」


 「峰がいなかったら俺っちが一番ポンコツになるから、早く戻ってきてほしいんだ

よな」


 「コンコンは別に気にしないでしょ。本物のバカだから」


 「言ったな柳てめえ。このチビ!」


 「脳みそは私の方が大きいからいいもん、バーカ」


 「可愛くねえな、この八重歯女」


 「うっさい、狐顔」


 「俺の存在を悪口認定してんじゃねえ!」


 下らない口論を広げる先輩たち。それを同級生の鈴井先輩が止めに入る。


 「頼んだよ、土屋君」


 真っすぐと誠実な目で俺を見る大宮先輩。「はい」と答え、「お先に失礼します」と

一礼して、家に帰った。






 「新太!」


 「うおっ!?」


 そうだった。


 家の玄関の戸を開けると、後ろから餅のように柔らかい感触が飛び込んだ。ふわっ

と、いい匂いがする。


 「ずーっと我慢してたんだからね」


 相手は、首の後ろに回した手を離さず、俺の耳元で囁いた。


 「とりあえず一回離れてくれ」


 俺は拒絶する。


 「ふーん、私の顔が見たいのね」と都合のいい解釈で拘束を解き、俺の正面に周り

こんだ。


 女子の制服を着た間宮輔が、じっと俺の目を見て笑った。


 「お前、化粧なんて、出来たんだな」


 真っ赤な口紅に気付き、頬もほんのりと明るい事にも気が付く。


 「化粧も礼儀作法の一環だから、多恵子さんに叩きこまれてたの。どう、かわいい

でしょ?」


 「まあ、かわいい、んじゃないか?」


 「なにそれ、歯切れ悪い」


 頬を膨らませる輔。


こいつ、こんな感じだったっけか。髪型は変わらない。男子にしては長い髪、女子に

してはショートカットの美形。普段通りだ。


いや、違う! 


今までは、土屋家を守る監視役としての間宮輔を貫いていたのだ。だが、旅行の一件

で、女である真実を思い出させてから、こいつは露骨に女をアピールしてくるように

なった。本人曰く、今までの抑えつけられた生活による反動が来てしまったらしい。

一人称も『僕』から『私』になり、異性であることをより際立たせている。


「暑かったね。一緒にお風呂入ろっか」


「入らねえよ!」


「そういう意地悪な態度取ってくる新太も、かわいくて好き。あ、やばい、多恵子さ

んが帰ってくる。じゃあ、女の時間は今日はお終いね。欲望が抑えきれなくなった

ら、こっそり風呂場とかトイレに連れ込んでいいからね」


「連れ込まねえから!」


輔は、監視役としての姿に戻るべく、居間へ着替えに行った。戻って来るなり「いつ

も見てるからね、新太のこと」と含みのある笑いで俺を見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る