第25話 天才
時ノ丘高校体験入学期間。
うちの学校で夏休みに行われる行事。8月の第3週の木曜日から日曜日をその日に
当てる。
「土屋君はそのまま運んでて」
大宮先輩にそう言われ、俺と狐塚先輩で、だいたい200人分のパイプ椅子を等間
隔に置いていく。狐塚先輩はサボっているから、厳密にはほとんど俺の力で後輩たち
の座席を作っていく。「ケケケ、ご苦労さん」と自分が飲むためのメロンソーダの缶
をぶら下げて笑われ、「あんたやべえな」と俺はあらためてこの先輩を軽蔑した。
やれやれと、狐塚先輩が不親切な人間であると半ばあきらめながら椅子を運んでい
ると何やら聞き覚えのある声がした。
「援助いただけるのはありがたいです」
この方を向くと、次は姉が喋っていて、相手に向かってニコリと笑う。気持ち悪
い。
「いえいえ、去年はうちが助けてもらったらしいので、全然大丈夫ですよ。それ
に、弟の新太君とは同級生なので、敬語はやめてほしいです」
相手も笑顔で礼儀を返すと、視線を感じたのか、俺と目が合う。
驚いたのか、目を少し大きく開いて、口もポカンと空いている。なんでも完璧にこ
なすくせに、こういう茶目っ気のあるところは相変わらずだ。
姉に頭を下げて、こちらに近づいて来る。
「新太、久しぶり!」
中学時代、親友だった加賀美光(かがみ ひかる)に肩をポンと叩かれる。「お、おう」と歯切れの悪い相槌で返してしまう。
「元気してた? 背、ちょっと伸びたんじゃない?」
かつての親友が爽やかに笑う。
「それ、背の高いお前に言われると嫌味に感じるんだが」
一方の俺は、堀田瑠璃子(ほった るりこ)のデートをすっぽかした件があるので気まずい。光は、俺の『埋没忘却』のことは知っているが、『埋没忘却』による事故が起こった後、俺が何もしなかったことに苛立っているかもしれない。いつも3人で帰っていた時は、2人でよく楽しそうに話していたし、かわいい後輩だと思っていたかもしれない。
そうなると、光も俺のことを嫌いになっているのかもしれない。
不安が不安を呼ぶ。俺の悪い癖だ。
「それより、新太も生徒会だったんだね! ビックリしたよ」
輝かしい太陽のような笑顔が、どこまで本物なのか、見極めなければ。
「こっちは驚かないよ。お前、相変わらず天才やってるんだな。中学のときから衰え
を知らない感じだ」
「まあ、ね。でも、やり過ぎだと思うよ。入ったばかりの1年生を副会長に推薦する
んだよ。本当に大変だった」
不思議と自慢話には聞こえない。起こった事実を淡々と言っているだけ。こいつは昔
から嫌味な雰囲気を作らない。それはきっと、本人にはどうでもいい事柄が多いから
だろう。肩書を欲しがらないから、肩書を手に入れてもおごれない。それがきっと態
度に出ている。本当に望んでいるものにしか興味を示さない。
「お前、マジか」
俺は、純粋に驚いてしまう。相変わらず才能と人望の化け物だ。
「うん、マジ。おかげで毎日が大変だよ。勉強もピアノもあるんだから、ちょっとは
考えてほしいよね」
軽くため息を吐いて、「でも」と表情を改める。
「副会長って言う立場が無かったら、こうして新太とも念願の再会もできなかったわ
けだし、これはこれでよかったかな」
「…そうかよ」
面と向かってそう言われると照れてしまう。
「今日は一日中雑事でしょ? 用事が出来るまで案内してよ、学校」
天才に促されるまま、パイプ椅子を素早く並べ終えた俺は、雑用ついでに天才で元
親友の加賀美光を連れまわした。
「新太はいつから生徒会に?」
渡り廊下で、光が問うた。
「4月からかな、そっちは?」
「5月だよ。ってことは新太は先輩だね」
「よせよ」
ふふっ、と笑ってしまう。関係が変わっていないことに安心しながら笑う。
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