第16話 清川正の所見


完璧だった。


今の今まで美化委員として、責務を全うしてきたこの僕だが、美化委員の仕事にいお

いてはこの僕が最も有能だと自負しているわけだが、まさかそれを超える逸材が現れ

るとは思いもしなかった。それも、一人の女の子を襲った男子だとは。まあ、その件

は冤罪だったみたいだけれども。


「どうかしら、私の弟は? また迷惑かけてない?」


 学内でも化け物のごとき頭脳と統制力を誇る土屋陽菜乃が、自慢げな顔で弟の評価

を問う。


 「一言で言うなら未知だ。僕は美化委員のマニュアルを渡したのは昨日だ。そし

て、昨日の時点で彼が清掃した3つの教室は完全に手入れが施されている。あれだけ

荒れていた植木鉢も、まるで昨日買って植えたばかりのように綺麗だ。何者なんだ。

彼は」


 今、僕が言ったとおりだ。100ページもあるマニュアルの内容をたったの数時間

で把握し、忘却することなく実行に移した。常人離れした短期記憶と機械のような長

期記憶。


 昨日、僕に直談判してきた生徒会長は、僕の反応を楽しむように優美な顔を笑みで

ゆがめた。


「ただの一年生であり、ただならぬ弟よ。私みたいな凡人とは比べ物にならないわ。

でもまだまだ未熟な小鳥かな。私も、人のことは言えないけれど」


 じゃあね、と手を挙げて艶やかな同級生は去っていった。


 「あの」


 今度は、弟が現れた。話しかけるタイミングをうかがうように出現した。


 「昨日は、すいませんでした」


 潔癖と繊細さに自負がある僕よりも精緻を極めた下級生は、深々と頭を下げて誠意


を見せる。僕はただただそれに圧倒されるばかりだった。


 「いや、君は謝らなくていい。和田君から事情は聞いたよ。何割かは割愛された

が、昔にあった出来事から来る衝突だったらしいね。こちらこそすまない。完全に僕

の早とちりだった」


 僕も彼の誠意に倣う。僕もまだまだだな。


 にしても今日の活動を見た限り、職員室や応接室内も隅々まで清掃が行き届いてい

るらしい。3年部の教師たちも彼の動きをかなり評価していたらしい。本当にマニュ

アルの全てを覚えている。


 噂に聞いたことがある。2つ下の代に、コンピューターのように暗記したまま知識

が抜け落ちない怪物中学生がいる、と。


 「君は本当に賢いな。僕なんか比べ物にはならない。君の記憶力は、どこから来る

んだ?」「いや、別にそこまで頭良くないっすよ。暗記だけです。…まあでも、これ

から英語の小テストのやり直しなんですけどね。0点取っちゃったんで、これから教

科担任にみっちり怒られに行きます」


 「…、ええ…」


ただし、何らかの障害に直面すると、一部の記憶が完全に消去されてしまう、とも。


 土屋新太。


 今まで出会ってきた人間の中で最も稀有な存在だった。



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