第15話 お互い

 「ええっ! さくらちゃんって、犬だったの!?」


 俺の内面以上に驚嘆する峰一縷に「そうだよ」とすっかり泣きはらした和田さんが

ガラケーの液晶に映った柴犬の写真を見せて笑った。


 「10歳くらいまで生きてたけど、急に具合が悪くなって、死んじゃった。火葬し

てもらって、遺骨は新太君と話し合って、うちの庭で埋めることにしたの。でもね、

すごく可愛らしい寝顔だったんだよ。最後まで」


 しんみりとした面持ちで弱弱しく笑う彼女は、はっ、と俺の方に視線を移し、「ご

めん、責めてるわけじゃないから!」と謝った。


 「分かってるよ。…いい奴だったんだな」


 「うん。アラちゃんみたいな小難しい人にもちゃんと懐いてたからね」


 「さらっと毒づくの相変わらずだな。…カコちゃんは」


 幼馴染でも何年も会っていないと、名前を呼ぶことすら緊張してしまう。気持ち悪

い思いをしていなければいいが、と心配したが、どうやら杞憂だったらしい。


 「へへ。さくらちゃんはね、私よりもアラちゃんの方ばっかりにくっついてたんだ

から。新ちゃんもそれで調子に乗って、ちょっと嫉妬しちゃったしさ」


 「そうなのか?」


 「それを覚えてないのも傲慢よね、全く」


 お互いに照れながら笑う。懐かしいという感覚を15になって感じるとは思わなか

った。


 「あのぉ」とおそるおそる挙手をして割り込むのは、峰一縷。完全に部外者にして

しまい、気分を悪くしただろうか。もじもじと下を向き自分の癖毛を指に巻き付けな

がら言う。


 「イチャイチャ、というかラブラブ、というか、そういうのは私がいないところで

した方が…、あ、私が教室から出たら良かったんだ。ごめんなさいそうします」


 不愉快極まりない顔で、子供のように頬袋を膨らませる峰一縷。


 「おい待て」


 襟首を掴んで止める。いろいろと否定しておきたかった。


 「俺たちは幼馴染だけど、恋愛には発展しないから安心しろ」


 この言い方だと峰が俺のことを好きだと決めつけているみたいで嫌だが、事実だか

ら仕方がない。だって、カコちゃんは、


 「「全然タイプじゃないから」」


 声が揃った。「アラちゃんひどーい」と言われ「お前もな」と笑った。


 クスクスと笑う彼女は、とても信頼できる良い人間なのだが、恋愛感情が湧かな

い。もう、彼女には慣れてしまったのだろう。植えた種が朝顔の種だと教えてくれ

た、安堵を与えてくれた笑顔は、再会してからはすっかり友情の証へと変わった。そ

れにカコちゃんには、まだあいつのことが好きなのだろう。


 「それにカコちゃんには好きな人がいるからな。一途に追っかけてるたった一人の

男が、ね」


 昔の軋轢が解消されたことによる高揚が収まらない。少しいたずらをしてみたくな

った。


 「ちょっとアラちゃん!? なに言ってんの!?」


 見る見るうちに顔が真っ赤になるカコちゃん。眼鏡の下からでも半泣きをしている

ことがよく分かる。


 「えー! だれだれ!?」と分かりやすく食いついてくる峰一縷。


 「お前もよーく知ってる人物だ。最初の1文字だけ教えてやろう」


 言い放った直後、みぞおちに拳がめり込んだ。


 「アラちゃんのバカ。そこで少しうずくまってなさい。ホントにもう…」


 「顔真っ赤、ガチ恋じゃん」


 「峰さんも黙りなさい」


 「…はい」

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