再会の記憶

第9話 変な人

 「じゃあ、内容をしっかりと叩きこんで、清潔に保ちますよーに。分からないことがあったらワタクシや委員のみんなに聞きますよーに」


 語彙を伸ばした変な口調で説明を受け、生徒会特別枠の俺たちと美化委員を残し

て、美化委員長の清川正は自分の清掃区域に歩き出した。


 生徒会に入会して3日後に始まった初仕事。大宮真宏が清川先輩に話を通した瞬間

に、美化委員長としての血が騒いだとか何とかで、すぐさま思い立ったらしい。


 それがこの、生徒会合同清掃企画。生徒会との親睦を深めるための美化委員の一台

大イベント。ここ5年と開かれていなかったらしい行事を、清川先輩は復活させた。

ご丁寧に教科書100ページ分の注意事項等をまとめたファイルを作り、委員全員に

配布したらしい。ちなみに俺たちはこの日の昼休みに渡された。


 「だりいな、早く部活してえ」


 「それな、部活やってねえ委員長は俺らの都合なんて考えてくんねんだな」


 「話がちげえよな。気持ちわりいオタクみてえな顔しやがって、あの根暗委員長」


 「なんでよりにもよって今年から復活なんだよ、クソったれ」


 「まじそれな。私も他校の彼氏待たせてんだけど」


 「みんなでサボってカラオケいかね?」


 各クラスから集められた委員は、清川先輩による予定変更に苛立ちを覚える。俺が

生徒会に入る決断をしたせいで、清川先輩を躍起にさせたことに繋がっているかもし

れない。不確定を呼び込んで、また周囲を不幸にしてしまった。


 「…くん。…土屋君?」


 「あ。悪い。ちょっとボーっとしてた」


 峰に声を掛けられ、意識が罪悪感の渦から抜け出した。


 「夜更かししてたの? ゲーム? お勉強?」


 心配そうに見つめる峰に、俺は被りを振った。


 「何でもない。大丈夫だ」


 夜が更けるほど勉強なんてしたことないし、ゲームは小学校の時以来やっていな

い。


 「それより、気合入ってんな、あの先輩」


 清川先輩のことではない。2年生の上履きを履いた角刈りで眉毛の毛量が多い男

子。熱血漢然とした先輩は、この場にいる人間で唯一、掃除用具を携帯していた。両

手にゴム手袋。頭に真っ白な頭巾。顔にマスク。背中に長い紐のついた箒。右手には

アルコールと思しきスプレー。…まるでこの日を待っていたように用具を携帯しすぎ

ていた。


 「やるぞ…、やるぞ…」


 見るからに不確定要素満載の男は、何やら一人でブツブツと意気込んでいる様子。

エイエイオーと一人で拳を突き上げているヤバそうな人。


 「変な人」


 峰が声を縮めることなく彼を指摘する。


お前が言うのか、と峰を一瞥し、視線を熱血先輩の方へ戻すと、当人と目が合う。


すると彼は、ピタッと身体の動きを止め、こちらへと近づいてきた。ずいずいと進む

足取り、骨ばったたくましい顔が俺の視界いっぱいに映った。


 「君は、土屋新太君だね!」


 毛穴やら髭の剃り跡がよく見えるし、こちらには唾が数滴飛んだ。


 「僕の名前は大門耕平(だいもん こうへい)! 生徒会を目指してこの道2年目! 僕なりに矮小ではあるが努力を積ませてもらったつもりだ!」


 「ああ、はい…」


 曖昧な相槌を打ちながら周囲を見渡す。もう誰も教室に残っていなかったことにひ

とまずホッとする。こんなところを見られたら俺の評価は悪評から酷評に落ちぶれて

しまう。


 生徒会を目指していたとか言ってたな。それで声を掛けてきたのか。1年の分際で

2年の俺を差し置いて生徒会に入るなんて、とか文句を言われるのか。


 「あの…、近いです」


 「おっとすまない。…さすがだ…。君は確かに才能に満ちている、感じがする

ぞ!」


 「え?」


 褒められるとは思っていなかったので、肩透かしを喰らった気分になった。


 「その、あれだ! ひっ、ひっ…陽菜乃さんの弟だからな。才気に溢れる顔をして

いるわけだ! わははは!」


 また姉貴の話か、とうんざりするところではあるが、彼の場合は悪意が無く、どこ

となく不器用な感じがして、どうも憎めなかった。


 「ひっ、陽菜乃さんのような華麗な容姿に、おしとやかそうな出で立ち。知性溢れ

る佇まい。さすがだ、新太君!」


この人、ぜったい姉貴のこと好きだな。


「ええと、要するに大門先輩は、土屋君のお姉さんのことが好きなんですね!」


言っちゃったよ。


「そ、そそそ、そんな単純なものではないぞ!? ええと、言うなれば彼女は女神

だ! 窮地の僕を天から救ってくれたヴィーナス! きっと背中には純白で高潔な天

使の羽が生えているのだ! 見たい、素肌を! いや、不純な目的ではないぞ! 信

仰心みたいな…、そう、そうだ! 信仰心だ!」


キモいわ。


「この装備も不純ではない。弟君や清川委員長の前でワッと驚く仕事を見せつけ仲良

くなり、そのコネで、ひっ、陽菜乃さんのいる生徒会に入る! そして、僕と彼女

の、そのラブコメみたいな、青春映画、的な展開になるのを切望しているわけだ! 

ほら、決して不純ではないだろう!」


不純だ。


「人のために頑張れる先輩はすごいです! 私も見習わないと…」


お前、話聞いてたか?


 「とにかく、この場で足止めを喰らっている暇はない! 行くぞ! …ええと」


 「峰一縷です! この世にはびこる塵を撲滅するために、あなたと手を取りましょ

うぞ! …土屋君、早く行こうよ」


 マジか。


俺たち、この人と一緒に行くのか。


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