第8話 別に

 「1年生を入れたい?」


 作り物のような美貌が疑問符を浮かべた。


 「突然どうしたの?」


 その状況に、顔が驚きで歪んだ。


 言ってねえのかよ!


 大宮先輩に顔で訴えかけると、ごめんね、と小さく呟き、身体の前に手刀を立て

た。


 「2人も!? 初耳なんだけどぉ。ひなっちも聞いてないの?」


 隣で小柄で童顔の先輩、俺の記憶が正しければ2年の柳希和先輩もまた素っ頓狂な

顔で驚きを表現する。


 「突然なことですまないね、土屋さん。あ、お姉さんの方ね」


 「分かってるわ」「分かってますよ」


 下らない訂正に、姉弟そろって同じ反応をしてしまい、これまた気まずくなる。


 多方面に混乱をばらまいた大宮先輩が説明を始めた。


 「この生徒会の事情を加味して、僕が判断させてもらった。生徒会の要である君た

ちに話を通さず、勝手なことをしてすまなかった」


 「まったくよ。大宮は先走りするからね」と柳先輩が笑った。


「すまないね、今がチャンスだと思ったんだ。会長である土屋さんには言わずもがな

だね。3年生を除名して、2年生である僕たちがこの時期に役職を持っている。不確

定を嫌ったあなたが排除した経験豊富な人員を補充するってわけさ。単純な雑務にも

多大な苦労を強いられる、圧倒的な人員不足。そこで優秀なルーキーを発掘したって

わけさ」


「あの」


初めて耳にする言葉が聞こえて、俺は思わず口を挟んでしまった。


「なんすか、俺の姉…いや、土屋先輩が3年生たちを除名? 排除? なんかしたん

ですか?」


握り締めた拳。何に対して怒っているのか分からなかった。


 「落ち着いてくれ、土屋君。然るべき理由があったのさ。生徒会の大事な情報だか

ら、君が生徒会員として活躍し、僕らから信頼を勝ち得たら教えてあげるよ」


 「勝手に約束をされても困るんだけどな」


 土屋陽菜乃が苦笑する。しかしどこか余裕めいている。あなたごときに私をどうこ

うできるのかしら、と綺麗な双眸が力強く語っている。


 そんな姉が峰を見た。峰と目が合った。俺は意味不明の緊張感に苛まれる。自分の

姉と、知り合いの女子がまじまじと互いを見つめる状況は、なんとも言い難い変な感

じだった。


 「あなた、名前は?」


 ありふれた疑問を投げかける姉。


 「峰一縷です。ミステリーハンターサークル(非公認)で活動してます! あ、で

も最近は活動できてないけど。好きな食べ物はマシュマロです! チョコレートが入

ってると、なお良しです。体育は好きで、数学は大っ嫌いです。あ、化学も微妙か

も。玉ねぎは特に嫌いですね。カレーに入ってるやつも、お母さんに見つからないよ

うにティッシュにくるんで捨てたことがあります。それくらい嫌いです。言うなれば

私は、全日本玉ねぎ被害者の会、会長ですね!」


 名前以外の求められていない情報を好き勝手に開示し、奇特な自己紹介をした峰一

縷。


 さっきの冷ややかな空気にも物怖じしない峰の態度を見て、土屋陽菜乃はクスクス

と笑った。


 「あなた、面白いわね。好きな人とかいるの? いなかったら好みのタイプでもい

いわよ」


 話が脱線してきているが、これも狙いなんだろう。多分、『婚儀』に関すること

か? 自分の義理の妹になった可能性を考慮して、排除すべき不確定要素なのか、自

分の味方になるのかを見定めているのだろうか。それなら、俺も峰もここで切り捨て

られる。良くも悪くも不規則な峰は、彼女に選ばれない。せっかく決心を固めてここまでやってきたのに。


 「す、好きな人は、ええと」


 声がくぐもる。


 俺と、目が合った。


 しかし、1秒も経たず、目を逸らし下を向いた。


 あれ、この反応は。


 もしかして、こいつは、俺のことを…?


 だって、ほら、そうだ。最初に声を掛けたのはあっちからだった。それで、俺のために兵藤に啖呵を切ったり殴ったりして、家に来た時、親父に嫁に来ないかと冗談を

言われた時も、今と同じような反応をした。つまりこれは、俺のことが…。


 待て、待て待て待て。


 この場でか。


 他人がいる状況、それも生徒会の先輩たちの前で、告られるのか、俺は。


 心の準備ができていない。でも、早く聞きたくもある。


 恋愛なんて興味なかった。堀田瑠璃子に期待した日から、恋愛は地獄の泥沼で不確

定要素の温床だということを知った。痛感した。でも、今回は堀田瑠璃子の時のよう

な期待ではない。確信だった。どういう訳か、峰は、俺のことを…。


 「お父さん」


 「はあ?」


 裏返りに近い、間抜けな声が出た。


 「お父さんが好きです。優しくて、かっこいいから」


 思春期真っ盛りにもかかわらず、峰は、父親への愛情を他人にさらけ出した。

 あ、ああ、そうか。お父さんか。お父さんだよな。お父さんだよね。お父さんか。

お父さんなのね。お父さん。


 目の前に立ちはだかるお父さんの存在。俺が矮小な男児であることを再確認させら

れた。


 「素敵な答えね」


 土屋陽菜乃が微笑んだ。


 「私は死んでも選ばないけど、あんなクソ親父。素敵な答えね。この場でも堂々と

答えられるほど、あなたのお父さんは良いお父さんなのね」


 「はい。大好きです。この世に1人しかいないので。えへへ」


 少し照れくさそうに笑う峰。


 「合格よ。峰ちゃん。これから、私の弟…、いや、土屋君と一緒に生徒会を盛り上

げて頂戴ね」


 「はい! よろしくお願いします! 会長さん!」


 「会長さんはやめてよ。陽菜乃でいいわ」


 姉と同級生が盛り上がる中、俺の元へ大宮先輩と柳先輩が近づいてきた。


 「新太っち、どーんまい! 大事なのは切り替えだよぉ~」


「君はお姉さんに似て顔立ちは良いんだ。君を好いてくれる女の子は他にたくさんい

るさ」


 「べ、別にそんなんじゃねえよ。てか、なんで俺がフラれたみたいになってんです

か?」


 目の奥が少しだけ熱くなった。

 こうして姉のお眼鏡にかかった峰と、ついでのように選ばれた俺は、異例中の異例

である1年生枠として生徒会に入会した。

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