第7話 天敵

 「来ると思っていたよ」


 まるで俺のことを知っているような言い草で、微笑む大宮真宏。


 放課後の生徒会室は、グランド側の窓から綺麗な夕焼けが差し込んでいる。生徒会

長の席と思しき場所は、カーテンをしなければ強い光に当てられて仕事に集中できな

いだろう。


 その生徒会長様は、今はいないらしい。


 「お姉さんなら先に帰ったよ。君が来る可能性を考慮して連絡しておいた」


 「本当ですか?」


 「ああ。本来やるべき雑用が僕に来るわけだけど、しょうがないね。2時間で終わ

る雑用と新太君たちの加入を天秤に掛けたら、どっちが良いかなんてのは一目瞭然だ

からね」


 相手の望む方へと導く行動をさらっとできてしまう男こそが、大宮真宏。参謀とも

名高いだけはある。俺の心はあっさりと持ち上げられた。優しい笑顔で、器用に人を

扱う。


 「感謝します」


 言わなければならない礼儀を言った。


 「それに、昼休みはあんな態度を取ってすいませんでした。謝罪します」


 「いいよ、別に。僕の方こそ、突然すまなかったね。教室に押しかけたのも悪い判

断だった」


 大宮が皮肉っぽく笑う。


 「大宮さんって、なんか小ぎれいですね。爪とか超キレイ」


 峰がじーっと相手を値踏みするように言った。空気の読めない呑気な発言に大宮は

笑った。


 「あはは。ありがとう。その洞察力も必要な才能だよ。峰さんは、そうだな。直感

を大切にする行動派ってところかな」


 「えへへ。先輩お上手ですね~」


 大宮の言葉を言葉通りに受け止め、嬉しそうに頭を掻く峰。裏を返せば直感だけで

行動するバカになるけど、その辺は言わないでおくのが吉だろう。


 峰の笑顔を確認し、俺は肩の荷が下りたように安心した。昼休みの移動教室はどう

なるかと思った。


 安心している俺を知ってか知らずか、大宮先輩は少し焦り始めた。


 「新太君。峰さんも、早く部屋を出た方がいいかもしれない」


 「え、先輩?」


 「君の天敵がやって来る。上手に足止めできたと思ったんだけど、無理だったよう

だ」


 天敵。


 それはつまり、言うまでもない。


 暴虐の過去。存在を目にするだけで地獄のような思い出たちを強調する。


 目の前のドアから現れるのか。


 「かく…」


 隠れなきゃ、といいかけて口を噤む。1人だけ状況を理解できず首を傾げる峰を意

識した。男の意地、みたいなものが俺の本心を阻害した。


 残された手段は、祈る、ただそれだけ。


 来ないでくれ、来ないでくれと、腹のうちで悲痛の声たちが乱反射する。


 切なる願いを嘲笑うように、ドアが開かれた。


 会わなくなって1年が経つ姉の顔は、少しだけ大人びていた。


 首の内側に向かってカールする、艶のある黒髪。日本人形の化粧のように真っ白な

肌。長い睫毛。俺と同じ上背で、女子ならば高身長の170センチ。真ん丸と大きな

目に二重瞼。痩身だが、胸や尻には男子好みに脂肪がついている。俺は全く興味がな

いけど。


 「あら、お客さん? お困りの方かしら」


 俺の姉であり、今では生徒会長である土屋陽菜乃(ひなの)が、血色のいい唇をゆっくりと引き伸ばして他所向きの笑顔を作った。


 俺は思わず目を逸らした。

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