第2話 突撃

 翌日。


 「あなたが兵頭勝治ね!」


 自分の教室へ向かう最中、朝から騒々しく人を名指しする女の声。嫌な予感がし

た。


 「私はミステリーハンターサークルの部長、峰一縷よ! 今すぐ土屋新太くんの埋

没忘却を悪用するのを止めなさい!!」


 隣の教室を覗き込むと、窓際の席に座る兵頭勝治の前に立ち尽くし、左手を腰に当

てながら右手の指を銃口のように突き付ける峰一縷が見えた。


 さすがに笑えない。


 失敗してもいいなんて気持ちになった俺の尊厳を返せ。失敗の内容がひどすぎて、

笑えない。笑いとは程遠い感情で顔が歪む。


 兵頭は、「はあ?」とだけ声を発し、笑っていた。


 まあ、そんな反応になるよな。


 「あなたがやってる悪事は、私にはもうバレてるんだから、ここらへんで白状して

もいいんじゃないの?」


 自身の奇行を自覚できずに持論を展開する峰一縷。


 この時、俺は思い出した。


 峰一縷。相当な変わり者。


 彼女と中学が一緒だった人間は、口をそろえてそう呼ぶ。その証拠と言わんばかり

の光景を目の当たりにして、俺は後悔した。


 この女、相当変わってる。


 兵藤の隣にいた男子たちが笑う。


 「峰さん、朝からテンション高いね」


 興味の眼差しをした取り巻きたちはリーダーの様子をうかがう。


 「勝治、この人に何かしたん?」


 「知らねえ。こいつ、頭湧いてんじゃねえの?」


 兵藤はふん、と鼻で笑ったきり、峰と顔を合わせることはなかった。そんな彼の様

子を察することもできない峰は、「返す言葉もないの?」と、勝ち誇った。


 「今日のところは勘弁してあげる。でも、次はないから。次、土屋君にちょっかい

かけたら、この私がぶん殴ってあげるんだから!」


 「それは怖いな」


 あまりのおかしさに兵藤は顔を合わせないまま嗤った。


 「うわ、峰さん暴力的ぃ~」


 「峰さんかっけえっす!」


 男子たちの皮肉たっぷりの賛辞を浴びながら教室を後にする。彼女を見る女子たち

は、眉根を寄せてひそひそと何かを話している。全員が厄介者を見る目をしていた。


 峰が出口へ近づいて来そうなので、俺は慌てて自分の教室へと入った。






 「お前、ちょっと来い」


 放課後、帰り道で峰を捕まえた。


 丘の上の公園にたどり着くまで、俺は何も話さなかった。さすがに空気を感じ取っ

たのか、峰もそれに倣い、沈黙が続いた。


 「あ、土屋君。私ね、兵藤のやつにガツンと言ってやったよ!」


 到着し、開口一番、峰一縷は勝ち誇るように言った。


 「ああ、聞いたよ。あのクッソ恥ずかしかったやつな」


 「え、結構効いたんだと思ったんだけどな」


 素直に伝えた感想が、素直に伝わらない。


 「あの時の兵藤。私に目も合わせられなかったんだよ。あの人も案外大したことな

いね」


 4月と5月の境目なのに、冬のような寒気がした。


 「おまけに私が殴るって脅したら、怖いって言ってたし、これで土屋君に手出しは

できないでしょうね!」


 分かってない。まるで分かってない。


 はあ、と大きなため息が出た。


 「安堵した?」


 「呆れたんだよ」


 「え」


 きょとんと疑問符を浮かべる天然の峰一縷。「あのな」と昂る感情を抑えながら、

相手に説いた。


 「誰が信じるんだよ、俺の能力を」


 「あ、ほんとだ」


 はあ、と少し大きめのため息が出た。


 「いいか? 兵藤がやってることは、狡猾なんだよ。かなり、な。あいつは、一般

の人間は普通は信じないような俺の異能に目を付けて、それを利用して何度も俺を苦

しめてきたんだ」


 思い出す。小学校の時に、100点の答案用紙を何度も埋められたこと。卒業文集

を埋められたこと。劇の台本を埋められたこと。中学校の時、親友だった光が生徒会

長に立候補した日、その応援演説の原稿を埋められたこと。そして…。


 「なんで?」


 「分かんねえよ。俺の存在が何となく気に食わないんじゃないか? この年頃なら

よくあることだろ。何となく顔、あるいは性格が気に食わないから陥れてやろうって

思われてる可能性だって…」


 兵藤が俺に抱く、気に食わない気持ちというものは、誰にだってある。明確な理由

なんていらない。人間は自分の感覚で好きになったり嫌いになったりする。それを表

に出すか出さないかの差だろう。


 人を嫌いになるのに明確な理由なんていらないのかもしれない。俺だって、兵藤の

あの野性的な雰囲気は嫌いだ。顔は整っているが、いかにも荒事が好きそうな人相を

している。もし俺に異能が無くて、兵藤が俺に嫌がらせをしなかったとしても、俺た

ちは決して友人にはなれない。不確定要素まみれの関係性だが、それだけは確信でき

る。


 「分かった」


 峰は少し元気をなくしたように頷いた。


 「土屋君の望んでること、なんとなく分かった気がする」


 納得してくれてよかった。真っすぐすぎるやり方を頑固に続けられたらひとたまり

もない。もっと慎重に外堀を固めるように立ち回る。峰にはそういうやり方をこれか

ら覚えてもらいたいものだ。


 今日の突撃も、時間が経てばみんな忘れてくれるだろう。学校行事に峰の奇行の記

憶が埋もれる間、じっくりと思考し合って不確定要素を生み出さない最善策を編み出

し、それでようやく満を持して実行に移す。


 「じゃあ、聞いてみよう! なんで兵藤は土屋君に嫌がらせばっかりするの?って

さ! そうと決まったらサッカー部のグラウンドに突撃ぃ!」


 はあ、と大きめのため息が出た。



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