第3話 裏切られた日

「だめ、追いつかれてしまう」


勇者が言った。


 魔王を倒す道中で出会った貴族に、私達は、とあるモンスターの討伐を頼まれた。

私達が巣である洞窟へ赴くと、そのモンスターは息絶えていた。

 そして、代わりにその血肉を吸血鬼が……、それも狂乱の吸血鬼バーサーク・ヴァンパイアと呼ばれる、今の私たちでは到底勝てない種のそれが、啜っていた。


 期せずして、吸血鬼の食事を邪魔して怒らせてしまった私達は、今は、聖女の結界でなんとか時間を稼ぎ、必死に逃げているところだった。


 洞窟の外にでさえすれば、陽の光に当たれない吸血鬼から逃げ切ることができる。けれど、まだ出口まではかなりの距離があった。


「すみません、結界魔法もあと一回が限界です」


聖女が肩で息をしながら言った。


そんな、どうすれば……。


「一つ、いい手がある」


勇者が真っ直ぐ私の目を見据えて言った。


「ヴェンデッタ、こっちに来て」


 私は素直に従って、勇者の前に行く。


 その直後、腹部に大きな痛みが走った。

 勇者が持っていた剣で私の腹を貫いたのだ。


「な……、なん……で……?」


燃えるような痛みに、私は崩れ落ちることしかできない。

わけもわからず混乱する私とは対照的に、戦士と聖女の2人は、


「ああ、そういうことか」


「そういうことですね」


 戦士が私の両足を踏みつける。

 足の骨が折れる音が聞こえた。

自分の声とは思えない悲鳴が喉を揺らす。


「な……、なんで……?」


狂乱の吸血鬼バーサーク・ヴァンパイアは理性を無くした吸血鬼。だから、血まみれの獲物があればそっちを優先する」


「まあ、早い話が囮だよな」


「しかも、ゆっくりと獲物を痛ぶりながら食事をしますから……、わたくし達が逃げる時間くらいは充分に稼げますわ」


違う、そんなことを聞きたいんじゃない。


何とか手だけでも這って逃げようとする、そんな私の前に、半透明の金色の壁が現れる。

 聖女の結界魔法だ。


「なんで……こんなこと……私達……友達でしょ……?」


「ぷっ……あはは!友達?わたくし達とあなたが?」


聖女がらしくない、人をバカにした大笑いをする。


「そりゃ、スキルをもらう前はそうだったかも知れないけどよ、それからはもう、友達になんて見れねえよ」


 そう言った戦士に続いて、勇者が、


「あなたみたいな雑魚を連れてきたのは、体良く身の回りの世話をしてくれる召使いが欲しかったから。それだけ」


他の2人がうなずく。


「でも実際に連れてくると、思った以上に足手纏いでさ、早く死んでくれないかなってずっと思ってたんだよな」


「まあでも、こうやって足止めの囮くらいにはなりましたから。 『神は全ての人にふさわしき場所を与える』と、言いますが、これがあなたの『ふさわしき場所』ですわね」


聖女の言葉に、勇者と戦士がクスクスと笑い始める。


そんな……。涙で、視界が滲む。


「やめて」


 もう、聞きたくない。


「やめて……」


お願いもう……。



「やめろって言ってるでしょう!?あなたに言っているのよ、ディアベル!」


私がそう言った瞬間、すっ、と周りの景色が変わり、洞窟から隠れ家へと姿を変えた。


 それに伴い、横に現れた悪魔、ディアベルが、


「ヴェンデッタさんが甘いことを考えていたみたいですから。あの時のことを思い出させてあげただけです」


 そう。

 今のは、ディアベルが見せた、私が裏切られた時の幻影だ。


「……余計なお世話よ。こんなことしなくたって、決意は変わらないわ」


……そうだ、なぜ、キスをしてきたのか、そんなことはどうでもいい。


 私は、私の復讐をするだけだ。


「覚悟しておきなさい、聖女。次こそは必ず、あなたに恐怖を与えてみせるわ」

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