第2話 

今から、5年前のこと。魔王を倒す旅に出て1年がすぎたあたりのことだ。


 私にとっては、時間以上に遠く遠い過去。


 『魔王を倒した後、どうなさるおつもりですか?』


 野営中の夜、2人で見張りの番をしていた時、聖女が私にそう尋ねた。

 何も考えていない、と答えると、聖女が、照れたようにはにかみながら言った。


わたくしはーー、他の方には内緒にしていただきたいのですが、マルス山の近くに小さな家を立てて、そこで静かに余生を過ごしたいと考えております。それで、も、もしよろしければですけど……』


 その後のセリフは、言われなかった。見張りの交代に、勇者と戦士が話しかけてきたからだ。


 私は、なぜかこの時のことをよく覚えていて、最初の復讐に聖女を狙ったのも、この家に襲撃すれば、1人の時に襲えるだろうなと考えたからだった。


 「……どうして、あんなまねを……」


鬱蒼とした森の奥にある隠れ家のベッドの上で、両膝を抱えて座りながら、私はひとりごちた。


 指で、自分の唇を触る。


 あの時の感触とはまるで違う。

血の味がしたけれど、柔らかかったな……。


 「……何を悩んでいるんですか?」


 突如、耳障りな声がした。

 隣を向くと、そこには黒いドレスに身を包んだ女がいた。

 百人が百人、美女だと認めざるを得ないほど美しい風貌だ。

 けれど、それだけではない。それほど美しいにも関わらず、彼女を見ると、忌避感を覚えざるを得ない。


 それもそのはず、彼女は悪魔なのだ。


 三人に見捨てられ、死にかけた私を救ったのは、この悪魔、ディアベルだった。

 私は復讐を条件に、ディアベルと契約して今こうして生きている。

 普段は、私の体の中に姿を隠し、話をする時だけこうして姿を現す。ちなみに、戦う時はコスチュームとなり、私に力を与えてくれる。


「まさかとは思いますけど、キスで絆されたから復讐心がなくなった、なんて言いませんよね?」


 「そんなバカなこと、あるわけないわ」


 即座に否定する。


「もう賽は投げられたもの。そのうちに、聖女を通して全員に伝わるわ」


 そうしたら、こんな甘い気持ちではいられない。


 悪魔との契約で力を手に入れたとはいえ、あの3人には強力なスキルがあるのだから……。


 ーー全ての人間は、14歳になると神から特殊な力、スキルを授かる。


 勇者、戦士、聖女と彼女達が呼ばれているのもそのスキル名に起因していた。


 勇者に選ばれたものは、魔王を倒しに行かなければならない。そういう決まりだった。


 勇者となった私の幼馴染は、同じく強力なスキルである戦士と聖女を得た幼馴染と……、なぜか私を連れ、魔王討伐の旅へ出かけたのだった。


 強いスキルを得られなかった私は、段々と他の3人に差をつけられていく。

 それでも皆、昔、スキルなんてなくて、よく4人で遊んだあの頃と同じように仲良く接してくれていた。


 ーー少なくとも、あの時まで私はそう思っていた。私が3人に裏切られ、本当の気持ちを聞かされたあの時までは。

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