第8話 デート

俺は微妙な雰囲気の中リーゼロッテと歩いていた。


(なんでこうなった)


俺とリーゼロッテはこの前ヴァカムス邸で出会っただけの関係。

特に深い関係でもないし言ってみれば顔見知り程度の仲だ。


それが、なんで俺と帰りたい、ってなってるんだ?


(聞いてみるか)


「なんで俺と帰ろうと思ったの?」


キョトンとしてた。


それからニコッと笑って答えた。


「私あなたのこと好きですから」


「ここまでの俺のどこに好きになる要素あった?」


「勇者の剣を返しに来たでは無いですか」


彼女はあの日の俺の様子を話し始めた。


「勇者の剣は持っているだけで勇者として崇められる武器です。そんな武器をわざわざ持ってあの家に帰ってきた。なかなかできることではありません」


「やだなぁ。俺は勇者にはなれない人間だからだよ、そんな人間が持ってても仕方ないだろう?」


「そういう誠実さですよ。人のものは拝借せずに返す。そういう誠実なところに惹かれたのです」


(とうぜんのことをしただけなんだけどな……この世界じゃそれが誠実なのか)


「私は結婚するなら誠実な人、と考えております。その条件にアノンくんはぴったりなんです」


それからリーゼロッテはこう切り出した。


「私と結婚を前提にお付き合いしていただけませんか?」


(参ったな。黒幕に恋愛要素なんていらないんだが)


俺は一般人とは違う。


恋愛で盛り上がれるようなパンピーではない。


俺は黒幕ムーブしてる時が一番幸せだ。


だから関わらないでほしい。


そうだ。


(アドニスに押し付けよう。俺よりあいつの方がいい)


「アドニスとかどう?」


「アドニスくん?彼はちょっと」


俯いてなにか言い淀んでいるようだった。


それからリーゼロッテはニコッと笑って言った。


「とにかく、少しブラブラしてみませんか?私の内面を見て欲しいと思うのです」



リーゼロッテのデートを初めてかなり長い時間が経過した。


適当に食べ歩いただけだけど。


(早く帰ってくれないかな)


俺、女の子と話すのが大の苦手なんだよな。


何話したらいいか分からんし、正直気まずい。


(そうだ。幻滅させよう)


例えばさ、俺が弱いってことを目の当たりにしたら俺への幻想みたいなのもなくなるんじゃないか?


(よし。俺が弱いことをアピールするぞ)


キョロキョロ。


どこかに丁度いい相手がいないかを探していたら。


(あれは……さっきボコしたヤッキの子分じゃないか)


前に目をやると子分達がふたり歩いてた。


「散々な目にあったな」

「だな。今日からは真面目に生きようぜ」


そんな会話が聞こえてきた。


【神の声】


俺は直接ふたりの脳内に語りかけた。


『おい、お前ら後ろを見ろ』


びくっ!


2人はびっくりしてから振り返る。


くるっ。


『弱そうな男とかわいい女が歩いてるだろ?男をボコボコにして女を誘拐しろ』


「で、でも俺たちは真面目に生きようと」


『うるさい、殺すぞ』


「わ、分かりました」



俺は仕込みをするために少し黙っていた。


「アノンくん?」

「あー、ごめん。ぼーっとしてた」


俺がそう答えたときだった。


「やぁ、お嬢ちゃんたち」


子分AとBが目の前まで来ていた。


「お嬢ちゃんかわいいね。俺らとデートでもどう?」


えらいぞ。ちゃんと仕事をしてくれて。


俺はリーゼロッテの前に立った。

そして言い合いを始めた。


「リーゼロッテ。ここは俺に任せて」


「アノンくん♡」


目がハートになっていたが要注意だ、リーゼロッテ!

(※この男はここからボコられるぞ)


「この子は俺の嫁だ。どっか行け!」


まだ結婚していないのに嫁呼び。


ドン引きするやろなぁ……。


「アノンくん。もうお嫁扱いしてくれるんですか?♡」


そのとき子分Aが叫んだ。


「うるせぇ!とりあえずボコボコだ!」


バキッ!


俺をぶん殴ってきた子分A。


「おらぁっ!」

「くらいやがれ!ざこ!」


亀のように丸くなった俺を子分AとBがボコボコにしてくる。


そして、数分後。


俺は情けない声を出した。


「ごめんなさい……お金払うから許して……痛いのやだぁ」


俺は戦意喪失したフリをして子分共の脳内に話しかけた。


『もういい。十分だ。撤収せよ』


「あ、あのお方が呼んでおられる」

「逆らうと死ぬぞ俺ら……」

「あのお方には逆らえんからな」


そう言って子分共は走っていった。


俺は「うぅぅぅ……」となんとも情けない声を出して四つん這いになった。


「ごめん、恥ずかしいとこ見せたね……」


パンパン。


制服を叩いて俺はとぼとぼ歩き始めた。


「ごめん、リーゼロッテ。俺は見ての通り君ひとり守れないような弱い男だ。他所に行ってくれ(俺の邪魔をすんな)」


とぼとぼと歩き始めた俺。


後ろから衝撃を感じた。


ギュッ。


「弱くなんてないですよアノンくん……」


どうやら後ろから抱きつかれたようだ。


「アノンくん、あんなに怖そうな人達相手に私を守ってくれたんですよ。嬉しかったです。結婚しましょう」


あのさぁ、ひとつ言いたいことがある。


逆効果じゃねぇかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ?!!!!

俺の完璧な作戦がぁぁぁぁぁぁ!!!


っと、この時だった。


視線を感じた。


チラッ。

視線だけで気配の方向を見た。


(アドニス……?)


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