第5話あのお方連呼



「あのお方って誰だ?」

「分かんねぇよ。俺も昨日声をかけられたばかりだ。50年遊んで暮らせるだけの金をやるから剣を持ってこいって言われて」


リダはそのままこう言った。


「悪いことは言わねぇ。剣を手放せ」


「なぜだ?」


「あのお方は勇者の剣を欲していた。お前がこの剣を持っているウチはまた襲いにくるぞ」


「けっ……ビビりすぎだろ?お前」


ヴァカムスがそう言った時だった。


俺はファイアを9回発動させた。


ボッ!


ボウボウボウボウボウ!!!!


廃墟の中に転がっていた9体の死体に炎がついた。


「ほらな。悪いことは言わねぇ。手放しな、この剣を。あのお方は今もどこかで見てらっしゃる」


スっ。

リダは勇者の剣を床に置いた。


「この剣さえ持っていなければ、あのお方にはもう狙われないだろう」


「そんなにやばいのか?あのお方ってのは」


「今外は雨が降ってるだろう?」


ザーザーザーザーザーザーザー。


激しく降りしきる雨。


ピッカー、ゴロゴロゴロゴロ!!!


それから轟く雷鳴。


「それにしても、不自然な雨と雷だな。つい数時間前まで晴れてたってのに」


「あのお方は天気を変更させることができる。好きなタイミングで雷を発生させることもできる」


「なっ?雷を?」


「しかも強さも自由自在だ。俺達もきのう雷に撃たれたよ。死なない程度のな」


ブルっ。


リダは両手で自分の体を抱いた。


「死にたくねぇ、死にたくねぇよぉ。お願いだよ」


ヴァカムスが俺を見てきた。


「どうするよ、こいつを殺しても問題解決にはならないそうだ」

「もっと情報を聞くしかないんじゃないか?」


俺はリダに近付いてみた。


「あのお方って奴についての情報をもっと喋れないかい?」


こういう質問をしておけばヴァカムスも俺を候補から外すだろう。


「あ、あぁ。話すぜ。線の細いやつだったのを覚えてる」


それからリダは昨日あったことを話し出した。


「俺が昨日いつものようにカツアゲしてたら急にあのお方が来て、俺ともう1人を倒したんだ。戦利品の財布も奪われちまった」


「てめぇくずだな」


ヴァカムスが言ってた。


君も大概だと思うけどね。


心の中でそう思いながら俺は呟くことにした。


「君の自己責任じゃないか」


リダはヒステリーの叫ぶ。


「お前たちはあのお方を知らないからそんなことが言えるんだ!」


それから震える声で呟いた。


「こんなことになるならやめておけばよかった。なぁ、助けてくれよ、俺を。あのお方に命を握られちまった」


ザーザーザーザーザーザーザー。


降りしきる雨の音。


緊張感とか静けさみたいなものが強調されていた。


この部屋は今、誰かが口を開けばこの部屋にいる人間全員に聞こえる状態にある。


それくらい静かだ。


そして俺は呟いた。


「君の発言を聞いていると思ったけど、自業自得じゃないか。女の子からカツアゲなんて最低だろ?」


俺がそう言った時だった。


ヴァカムスが口を開いた。


「リダ、お前は俺らがここに来るのが早かったって言ってたよな?」


「早かったよ。俺たちがここに帰ってきて2分後くらいに君たちも入ってきた。だから応戦する準備ができていなかった。追手は来ないって聞いてたのに、嘘みたいだったよ。はは」


力なく笑っていた。


それからヴァカムスは俺を見てきた。


「アノン、お前なんで今日も勇者の剣を見たがったんだ?昨日見せただろ?

今思えばまるで何が起きることを知っていたみたいなタイミングだったよな?お前の発言がなければ俺は略奪に気付かなかった」


「たまたまですよ。美しい剣は何度も見たくなるものなんですよ」


肩をすくめて答えた。

ヴァカムスは言った。


「質問を変えようか。お前なんでさっき『女の子からカツアゲ』なんて言葉口にした?」


リダも顔を上げた。


「そう言えばそうだ。俺は子供の話はしたが、性別までは口にしていない」


俺は肩を竦めて答えた。


「そんなに気にすること?なんとなく女の子かなって思っただけだよ」


それからヴァカムスは聞いてきた。


「お前、ウチの騎士団になにを差し入れした?」

「ただのクッキー」


俺を睨みつけてくるヴァカムス。


「お前が『あの方』じゃないのか?」


俺は『バカバカしい』と口にしながらヴァカムスに背を向けた。


ジーッとヴァカムスに背中を見られているようだ。

疑いの目は晴れない、か。


「リダ、昨日も雨が降ってたよな?あのお方の服は透けてたか?」


「はい」


「あのお方ってヤツが着てたTシャツにはなにか文字が見えなかったか?」


静寂​───────​───────​───────。


一瞬の静寂の後、ポツリと絞り出すようにリダは口を開いた。


「『A No Okata』という文字が書かれてました」


「確定だ」


ビシッ。


俺を指さしてくるヴァカムス。


「あのお方はこいつだ。その文字列がばっちり浮かんでやがる」


ヴァカムスは俺の横を通るとリダの隣に立った。


そして、リダに肩を貸した。


どうやら俺とは敵対するらしい。


「なにが目的だ?アノン」


ヴァカムスはもう一度俺を見て叫んだ。


「てめぇがあのお方だってのは確定した。洗いざらい話しやがれ」


ザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザー。


雨が降りしきる。


俺は窓際まで歩いて振り返った。

少し顎を上げてヴァカムスたちを見下ろす。


その瞬間、


ピシャン!!!!!!!


ゴロゴロゴロゴロ!!!!!


雷がまた落ちた。


いや、俺が落とした。


ヴァカムスたちの目には俺がとてつもなく強キャラに映っていると思う。


映えるよね〜この構図。


俺の夢だったんだよ。


この構図で立つの。

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