第4話 お金の計算は終わらない①
俺だ、ID.01でミーシャでミハエルだ。
報告書って書くの大変だね。AI様の修正を何度も受けて何時間もかけて書いた。
偉いね、オペレーターの皆さん。
でもまだ初回だし書き方さえある程度分かれば次も修正を食らう回数は少なくなる筈だ。
苦労して書いた甲斐があったさ。色々と勉強に…………
『ID.01、昨日の報告書に新たな不備が見つかりました。修正しなければなりません』
「…………嘘だろ?」
『日付が間違っています』
「しょ、初歩的なミスだと」
『やはり、人間はミスを犯す不合理な面を持つ。機械に管理される社会こそ正常に生存できますが』
「そんな右に倣えばかりが人間じゃないんだよ」
まあ、殆どの人が脳死で従う社会ができるかもしれない。
しかしいずれはイレギュラーが現れる。そんな簡単に話が行かないからAIは原始人に潰されて終わりなのよ。
だからこうやって黒幕顔してる時期が多分一番いい。
しかしミスは修正しなければならない。
オペレーターとして出勤前にヒイヒイ言いながら俺は何とか書類の修正を終わらせた。
辛い、社会経験二度目とはいえ暫く間も空いてたし、初めてやる作業ばかりだからとても辛い。
ただ、上司にあたる存在がAIなので怒鳴ったりせず淡々と教えてくれるだけマシだろう。
パワハラとかモラハラとかが問題になった時代もあったが、思ったよりも淡白なAIの指導はそこまで心が傷つかない。
『修正の確認が取れました。本日は識別名「ローリング・ローン」のオペレーターです』
「なんか借金してそうな名前だな」
『識別名「ローリング・ローン」は1億と5320の負債を負ってます』
「本当に借金してる!?」
金額に関しては割と膨大。数字は俺の知る日本と同じ感じの金銭感覚で考えたらいい。
いや、一億は何やったんだよ。あと微妙な端数は何なんだよ。
『1億は古代遺跡を誤って破損させた際の賠償額の残りです。5320は借金を背負っている中で微量のギャンブルは出来るという事で負けた分です』
「どちらかと言うと逆だろ、賠償とギャンブルの比率」
いや、賠償が5320なのも安すぎるし妥当と言えば妥当、か?いや借金あるのにギャンブルするなよ。
まあいい、とりあえず仕事は仕事、問題ある『リーファーズ』はいくらでもいる、今回はその予行演習となればいい。
そろそろ仕事の準備に入ろう。『ローリング・ローン』の仕事は…………
何でこいつは自分で古代遺跡ぶっ壊した癖にまた古代遺跡に行こうとしてるんだ???
『ローリング・ローン』に依頼する時は物を壊す時だけにしろ、ある日を境に言われるようになった言葉である。
弾幕、弾幕、とにかく弾幕をこよなく愛する彼女は意外にも令嬢だった事は知られている。
普段はお淑やか、しかし『ユグドル』に乗ると弾幕馬鹿と化すのだ。
今までは金の力でもみ消していたが、古代遺跡を破産させたとなれば話は違う。
かつて栄えたオーパーツは国に寄贈され、研究所で解析してから市場に出回る。つまり国の所有物になる事が確定しているものを壊してしまったのだ。
その結果、壊した物の性質も分からず、どれほどの利益があったのかすら計算できない惨状であり、多くの面々から多額の賠償金を請求されたのだ。
これには流石の令嬢も切らねば信用問題となるため、『ローリング・ローン』は令嬢の地位を剥奪される事になる。
最後の慈悲として『ユグドル』の機体と賠償金を1億まで肩代わりして職場の斡旋までされたのだが、弾薬費が出なくなったので報酬はほとんど消える。
生活費も停止されてしまったので毎日がとても辛い日々を送っている。
「今月もお金がありませんわ…………家賃もヤバい。もう弾幕張るのは辞めないといけませんのに…………!」
毎日そう言って弾薬費で報酬を溶かす。たまに安い賭けをして負けるのが彼女の日常なのだ。
そんなある日、舞い降りた依頼がオペレーター育成に伴う古代遺跡の探索だった。
依頼料が高い依頼程、彼女は食いつきやすくなる。
弾薬費と全く減らない借金のために稼がなければならないのだから。
「あーもう!利子を返すだけで精いっぱいですわよ!?この依頼がなければ生活費も…………そろそろ時間ですわね」
八つ当たりの独り言を言い続けて仕事の時間が来たことを思い出した。
新人オペレーターであることは認識している。もし縁があれば高額の依頼を回してくれるように手を回してくれるよう仲良くなろうと思っていたりする。
令嬢時代のメッキも完全には剥がれていないので短い期間だけなら噂でしか知られていない部分で収まるのだ。
特に、古代遺跡の探索は戦闘は基本的にない。『ユグドル』が通れることを前提としたような広い通路に扉を通り、たまに降りて物資をあさるのだから。
ただし、彼女は古代遺跡に盗賊が居たり同業者がいたりで戦闘が行われる可能性を考慮していない。
『
「聞こえましてよ。あら、その声…………」
『どうした、聞き覚えがあるか?』
「いえ、変わった声をお持ちですこと」
『ああ、新しいだろ?』
「どれほどの大金をつぎ込んで、その自然な声帯を手に入れたのですわ?」
『はっはっは、そういうキャラかよ。本当に借金背負ってるのか?』
「うるさいですわよ!」
思っていたよりも自然な男性声を初めて聴いた『ローリング・ローン』、ここではローンと呼ばせてもらう、合成音声にしては流暢であり、ノイズのないボイスチェンジャーを使っていると思い込んだ。
無理もない、生涯で一度も男性に出会ったことないのだから本物の男性声など知る由もないのだから。
『さて、自己紹介と行こうか。俺はミハエルと呼んでくれ。出身とかは聞かないでくれよ?』
「あら?私にお小遣い稼ぎをさせてくれないのかしら?」
『いや、単純に国家機密だから変に知ると消されるって忠告だ』
「何でですの!?」
すごい爆弾を落とされて思わず叫ぶローン。守秘義務は軽いとは言えど国家機密が突然生えてくるはずがないと、思いたかった。
しかし依頼料は普段の古代遺跡の探索、もとい警備よりも高いため口止め料も含まれているのだろう。
借金返済のため、弾薬費のため、生活費のためには仕方ない。元令嬢は社交界の波に揉まれてある程度の闇は知っている。
イジメ謀略山並み並み。残念な事に一部しか知らないし、深部まで目は届いていないので知ったつもりである。
何せ『ユグドル』という戦う為のロボットに『リーファーズ』と呼ばれる最適化された人間。
もっと最適化するために犠牲になった人間は数知れないのだから。
『雑談はここまでにして、そろそろ出発しないか?時間も惜しいだろ』
「時は金なりと言うやつですわね。時の流れはどうしても金に変えられませんものね」
『実際のところどうなんだろうな。実はタイムマシンが古代遺跡にあったりしないか?』
「そんな夢見たいなアイテムがあったら独占してますわよ」
『そりゃそうか。過去に戻ってワクチンを渡せば…………いや、因果が逆転してそれが発生源になったりするのか?』
「何を言ってますの?」
『いや、何でもない。独り言だ、気にするな』
ローンからすれば意味不明な言葉であるが、ミハエルはもしかしたら
事実、魔法があるとは言えど古代遺跡はそれすら上回る物が眠っている場合がある。
それも、世界を簡単に揺るがす兵器や遺伝子操作技術など危険物がある。
それをもってしても神楽はTSウイルスを克服できなかったあたり、もしかするとウイルスも古代遺跡の産物だったのかもしれない。
それを過去に持ち込むか、それとも未来からワクチンを持ち込んだとしても何らかの原因で失敗した、タイムマシンが存在するならやらない手段では無い。
それとも、男性が居たら不都合な事実でもあったか。
『準備はいいな、「ローリング・ローン」。目標地点は飛行して3時間くらいだが』
「道中のおやつは用意してますわ!」
『わお、用意周到だな』
出発前の確認、飛行中は暇になるため搭乗者は娯楽だったり食べ物を持ち込む事が多い。
ローンも例に漏れずお菓子を用意して、道中で小腹が空いたら食べようと言う算段である。
「さて、行きますわよ。『ローリング・ローン』、出勤ですわー!」
格納庫から金メッキと青い線で塗られた機体が空を飛ぶ。
その両腕にはガトリングガンを添えて、新たに弾幕を張りに飛び立った。
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