第3話 果実は落ちるか③
「よし、確認する限りは生体反応無し。ミッションは完了、かな?」
マドラッドの巣穴全体に熱が通り、そして生体反応を消えたことを確認した俺はそう呟いた。
ただ眺めていただけだったが、目的である害獣駆除は終了したと言っていいだろう。
モクモクと黒い煙を上げる巣穴は思ったよりも浅いようだ。
巨大ロボットである『ユグドル』を出撃させるほどだから巨大であるのは間違いないのだが、まあ3~4mもあるネズミが集団でいたら恐ろしいよな。
『まあ、ざっとこんなものよ。所詮はネズミ、敵になるどころか足元にも及ばないもの』
「流石はベテラン、余裕だったな」
『そんなに褒めないでちょうだいよ。これくらいできなきゃリーファーズの恥よ』
そういうものなのか?いや、彼女が言うならそういうものなんだろう。
こういった任務が日常茶飯事で飯の種になるんだ、出来て当たり前と言う自負もあったりするんだろう。
「さて、後は帰るだけだ。道中も気を付けないとな?」
『何言ってるの、行きも帰りも自動運転なんだから運転は違わないわよ?』
「道中で襲撃されるかもってことを考えておけよ」
『ここら辺は「ユグドル」を襲える天然物は居ないわよ。居たらわたしが 退治してやるんだから』
「それは心強いな。期待してるぜ?」
と、話しながら『ドロップ・アップル』は飛び立ち空の旅に移行する。
本当に稀なのだが飛行系のモンスターが現れて空中戦に発展する場合がある。
とは言え本当に稀なケースであるため俺が対応している間に出るとは思えない。
特に『ユグドル』を堕とせるようなモンスターはもっと森の奥だったり山の頂点だったりと珍しい場所にしか存在しない。
そう言う事なので帰路は特に問題なく街に戻ることは出来た。
ただ、この時間もほぼ無言で気まずい空気となった。
いや、だって、ね?マドラッドを焼いてる間の話が下ネタかつ滑りすぎて全くリアクションが取れなかったのが原因と言うか、ね?
俺もさ、あそこまで話がつまらないとは思わなかったんだよ。女性あるあるなのかもしれないジョークを全く理解できなかった俺が悪い。
『…………ねえ、どこまで話せるの?』
「話せる、とは?」
『貴女の事。国家機密と言っても喋られる最低ラインはあるんじゃないの?』
「うーん、そういや人と話すはこれが初めてだからどうだろう。恐らく強制的にストップがかかるか、消されるかだけど、ちょっと確認してみる」
『シレッと私の命運握るようなこと言ってない?ねえ?』
『ドロップ・アップル』からの抗議の声を無視して、メールでAIに聞いてみる。
どこまで話していいですか、と。速攻で帰ってきた、ダメですだってさ。
「ダメだってさ」
『そりゃそうよ、なんでうかつに話そうとしてくるの?』
「初めて他の人と話せて興奮してたんだ、許してくれ」
『ふぅん、変わった人』
何せ自我は保っていてもAIしか話し相手がいなかったんだ。初めて他の人と話せたら誰だって嬉しくなるだろう。
初対面から変人で無かったことも救いだ。でも話は滑るんだよなこの人。
そんなことを思いながらも、それからの会話も気まずい空気でしつつ、問題なく街に戻ることは出来た。
さて、後は報告書をこちらで作らなければならない。
確かに一人だけだと戦いから報告まで全てしなきゃいけないからオペレーターを雇いたくなるよな。
毎日出撃する人間にとっては、特にね。
それじゃあ本日最後の仕事を頑張りますか!
「ふう、もう一杯ちょうだい」
「飲み過ぎよりんごちゃん。今月そんな余裕ないんじゃなかったの?」
「臨時収入があったの。朝まで飲み明かしても問題ないわ」
「こっちは儲けるからいいけど」
とあるバーにて『ドロップ・アップル』は酒を飲んでいた。
普段は安酒を少し飲んで、雑談して帰るのがいつものパターンだが、今日は安酒を一本丸々飲むという少し贅沢していた。
バーのマスターも彼女とは顔なじみで雑談する仲である。
しかし、今日のアップルは何か違う。
「どうしたの、何かいいことあった?」
「ええ、面白い子がオペレーターになってたの」
「へえ、詳しく聞いても?」
「でもねぇ、どこまで話していいのか」
「何か驕れってことかしら?」
「そういうことじゃないの。国家機密に触れてる子なの」
「怪しくない?」
「話してる限りは悪い子では無さそうなんだけど」
「そういう詐欺かしら?」
「でも回ってきた依頼は国からの斡旋だったし、騙ろうものなら死刑以外ないわよ?」
うーん、とバーのマスターも考える。
国からの依頼は基本的にモンスターの駆除や大規模な古代遺跡が見つかった際に先行調査を行うための協力依頼くらいである。
たまに実験や新人研修として回ってくることもあるが、アップルの話を聞く限りどうも違うらしい。
「男性声のオペレーターで気安く話しかけられるくらいしか情報がないもの」
「あー、男性声ね。どんな感じの声だった?」
「今までで一番最高だった」
「そんなに?」
「ノイズもない、変に低すぎない、ちょうどいい男性声ってあんな感じだと思う」
「そこまで絶賛するの?」
「ええ、聞き心地は悪くなかったわ」
男性声と言うのは今では伝説上のものとして扱われており、ごく稀に古代遺跡から破損した音声データが出るくらいの物であり、今でも正確に再生できた物はない。
それゆえに合成音声やボイスチェンジャーは妙に違和感あるものしかないのだ。
癒しとしてシチュエーションボイスがあったりするが、女性が頑張って低音を出そうとしているものしかないので、イケメン女子という感じはあっても男性としたら違和感しかない。
「ミハエルって名前は分かったけど、多分偽名ね」
「まあ、便宜上名前は必要になるから仕方ないけどね」
「また会えるかしら。次こそ冷えた空気にさせたく無いわ…………!」
「貴方は自分の話術が全くセンスない事を自覚しなさい」
「自覚してるから言ってるのよ!!!」
ぐいっと出された酒を飲み、もう一杯をマスターに要求するアップル。
それに合わせて同じ酒をグラスに注ぎ込み、また酒を追加したとメモを取る。
気分を良くして飲んだら儲け、怒りでヤケになり飲んでも儲け、バーのマスターは相手に合わせて雑談しつつ飲酒を促すのだ。
しれっと有料のツマミも出して巻き上げる、これがバーの基本。
こうしてアップルが帰る前に請求出来る金額を増して、気分よく帰ってもらう。
こうしてアップルは普段よりもプラスになった分を全て失い、翌日に二日酔いの薬を飲みながら後悔した。
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