第2話 果実は落ちるか②


「そろそろミッション圏内だ。気を抜くなよ」


『簡単に気を抜けるわけないでしょ』


 巨大ロボット『ユグドル』は巨体故に巡航速度も速い。しかし、世界自体が異常に広いためマッハの速度だろうが普通に思われる。


 だって考えてみろ、機械的な都市を出てからしばらくはゴミ山だったり普通の地面だったりするんだが、しばらく進んでいくと森になったり砂漠になったりするんだぜ?


 人工衛星をいくつも飛ばしても人どころかAIも全てを把握できないほど激動の動きがあったりする。


 なので『ユグドル』にはオペレーターが必須になる。


 1人では全てに手が回らず、死角から突如発生したモンスターの攻撃によりやられるからだ。


 なので多く打ち上げられた人工衛星を使い周囲を確認する役割を担う第三者が必要になる。


 それがオペレーター。周囲の警戒を行い、サポートするための職業である。


 企業だったり紹介だったりが打ち上げられた衛星を購入し、オペレーターを雇い自社の手足として動かすのだ。


 さて、周囲に脅威となるモンスターは無し。着地しても問題はないだろう。


「『ドロップ・アップル』、目的地に到着だ。マドラッドの発生地は10km先だ。ここからはゆっくりでも大丈夫だろう」


『りょーかい、着陸態勢に入るわ』


 飛行したまま突入するとネズミどもが驚いて逃げて、それぞれがコロニーを形成するかもしれないため敢えて少し離れた場所で着陸する。


 意外にも相当な重量があるにも関わらず大きな足音はしなかった。


 これも魔法のおかげだ。脚部に仕込まれている防音や重量軽減の魔法処置を組み込んでいるため、地面が土だろうと沼だろうと簡単に沈まない。


 そんな巨大ロボットを何台も揃えている企業や商会の財力は、やっぱりどうかしてる。それらの裏にAI様がいるのだがな!


 さて、業務に戻ろう。申し遅れたが俺はID.1、またはミーシャ、そして今はミハエルとしてオペレーターをしている。


 周囲には小型の動物しかいない。モンスターは鹿や狼みたいな野生動物とは違い、人でも感覚で分かるくらいの魔力を保有している。


 それ故に衛星からの観察で見つけやすいのだ。


 その逆に魔力を隠す事に特化したモンスターもいるが、基本的に目視で捉えられはするのでオペレーターの手腕が問われるところだ。


「マドラッドの数は…………外に5m級が4匹。巣穴らしき穴も確認した。ナパームの準備も今のうちにしておかなきゃいけないな」


『了解。全く、あいつら無限に繁殖するから嫌なのよ』 


「肉もそこまで美味くないようだしな」


『食べた事ない?不味いわよ』


「なおさら食べたく無いな」


 モンスターを食べるという文化はあるが、ネズミ系は肉が硬い上に臭いらしい。


 俺に提供される肉は合成肉か、そこそこ上品質な肉だったので味は知らない。


 流石に人肉は食べたことはない。AIも貴重な男性にそんな物は提供はしないと言っていた。


「そろそろ到着だ、準備はいいな?」


『いつでも、合図があれば突入するわ』


「よし、ではカウントだ。3……2……1……」


 初めて生で、とは違うかもしれないが記録ではない『ユグドル』の先頭が見れる。


 興奮はあるが仕事だ、命懸けの仕事は早めに終わらせる事に限る。


「突入!」





















 『ユグドル』に乗り込む人間は相当訓練したか、恵まれたセンスを持っていたかの二択である。


 巨大ロボット故に丈夫ではあるが、それでも死ぬときは死ぬ。


 一体どのような奴が死ぬかと言うと『ユグドル』を過信しすぎた者か、そもそも実力が無い者だ。


 戦争が起こった際はその限りではないが、オペレーターが付いた状態で死ぬというのも滅多にない。


「ネズミ共、大地に還りなさい!」


 識別名『ドロップ・アップル』は上空に向けて鉄球を四発飛ばした。


 その音をきいたマドラッドは発射地点を見て、敵が来たと威嚇の声を上げる。


 汚い声を上げるのはいい、しかし上空に打ち上げられた鉄球が、一定の高さに達した後に、物理学を無視する加速でマドラッドに降り注ぐ。


 これが『ドロップ・アップル』の由来でもある加速して落下する鉄球である。


 仕組みは簡単、打ち上げる予定の鉄球に落下する際に加速する魔法を組み込むだけである。


 普通なら相手が動けば避けられる可能性だってあるし、普通に落下地点を間違えることもある。


 しかし『ドロップ・アップル』は違う。パイロットの観察眼と高度な予測により命中率が8割を超えている。


 その代償として通常の射撃は苦手としているが、ショットガンを主に使うため特にデメリットにもなっていない。


『三体撃破、最後一匹はまだ生体反応が残っている。対処してくれ』


 オペレーターであるミハエルの言葉を聞いて、レーダーに残っている反応に彼女はショットガンを放った。


『よし、外にいたマドラッドの全滅を確認。あとは巣穴にナパームをぶち込むだけだ』


「りょーかい、でもあんまり好きじゃないのよね、この方法」


『どうした、アップルパイが苦手なのか?』


「冗談言わないでよ!前に似たようなことしたときにさ、死体からでたガスに引火して酷い目に合ったんだから」


『なるほど、そういった事故もあるのか』


「教科書には乗らないでしょうけど、変な事故はたまに起こるものよ」


『やっぱり実地は勉強になるな』


「私たちは死にたくないし、オペレーターは私たちが死ぬと評価に響くから必死よ?」 


 初々しいオペレーターに少し微笑ましくなったアップルだったが、巣穴に向けてナパーム弾を放つ準備をする。


 鉄球の高速落下による地揺れでいつ新しいマドラッドが飛び出るか分からない。


 オペレーターは何も言わないが、恐らく初めて故にまだ慣れていないところもあるのだろうとアップルは判断した。


 ただのネズミ退治に依頼料が高かったのは、こういった教育も任されているからだと考えたのだ。


「ミハエル、巣穴に攻撃する時も私に声を掛けなきゃいけないのよ?」


『そうか?レーダーには接近する反応もないから自己判断で撃たせたらいいと思ったんだけど、違うのか』


「お互いのタイミングを確認して撃たないと、何かあった時に私だけが判断したと思われてお互いの評価が下がっちゃうの」


『共に責任を負うのがオペレーターの役目か。悪かった、それじゃあ合図するから合わせて撃ってくれ』


「ええ、じゃあ行くわよ」


『3……2……1……撃て!』


 ぼすん、と気の抜けた音が気になったのかオペレーターは『ん?』と首をひねったらしいが、こんなものである。


 ぼすん、ぼすんと更に数発放ち、そして巣穴から高温になる反応が出る。


『発火したようだな。今のところは熱は外に出ているような感じではない、だが巣穴の出口は一つじゃないかもしれないからな、しばらく観察は続けてくれ』


「慎重なのね。大体がナパーム置いて帰宅するのが普通なのよ」


『まあ料金は高かっただろ?せっかくだからちょっとだけ残業をお願いしてもいいか?』


「いいわよ。せっかくだから貴女のことを知りたいわ」


『ごめん、国家機密』


「国家機密!?」


『まあ、良き隣人くらいに思ってくれ』


「…………実はかなり高度なAIだったりする?」


『人間だよ!まあ声については違和感あるかもしれないが、最初からこの声だから!』


「そういうことにしておくわ」


『ヲい』


 ミハエルは物凄く高度なボイチェンを使った人間とアップルは思うことにした。


 AIでも感情を引き出そうとすると相当な期間が必要になる上に、下手するとシンギュラリティが発生して人類を支配してしまうと言われているため禁止されている。


 なお、ほとんどの人間はAIが全ての頂点に立っていることを知らない。


 なのでミハエルの男性声も古代遺跡から発掘されたものを実験的に利用しているのかもしれないとアップルは考え、詳しいことは口外する気もなくなった。


『なあ、俺のことは無理だが「ドロップ・アップル」のことを聞かせてくれよ』


「私の事?」


『ああ、言ってただろ。教科書には乗らないけどしょうもない事故は起こるって。気になるんだよ、当人から見て現場で何が起きてたかっていう話はさ』


 アップルも酒の場では自分語りをすることもあったが、このように素面で純粋に聞こうとしてくる人間は滅多にいなかった。


「いいわよ。まずは何から話そうかしら」


 若いからか、そういった話を聞きたがるような子供に思えたアップルは時間と状況が許すなら面白い話で時間を潰そうと考えた。


「アレは『マッド・ミドルフィンガー』が処女を破ったエピソードなんだけど…………」


『いきなり下ネタ、だと』


 最初からめっちゃ滑ったことでしばらく気まずい雰囲気が流れた。

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