第5話 お金の計算は終わらない②
『んふー、やっぱりこれですわね』
「何を食べてるんだ?」
『チーズですわ』
「酒は飲んでないだろうな?」
『当然ですわ!お酒の失敗はシャレにならないと聞きますもの』
『ローリング・ローン』の言う通り、飲酒しながら『ユグドル』の運転は重大な事故を引き起こすことがある。
搭乗中、搭乗前後には飲まない規則とアルコール分を分解する魔法も存在するからこそ滅多にないのだが、たまにいるらしい。
酔った状態で『ユグドル』を操縦する奴がいるという事実は変わらない。
俺もそいつのデータを見たことはあるが、酷いもので暴力沙汰はもちろん、貴重な文化財の破壊や挙句の果てに殺人と追放は当然と言わんばかりの人物だった。
狂人と言って過言ではない人物をAIが放置するはずもなく、今はもう処分されているのだとか。
それはさておき空の旅を眺めているのは退屈だ。食事もAIから規則正しく味の薄いものばかり提供されているから外の人間の食事がうらやましく思える時がある。
AIも俺の健康は大事なのだろう。なんたってこの世界唯一の男なのだから死なせるわけにもいかないだろう。
新鮮な精子を絶えず提供できているとはいえ、俺の精子を使った子どもが生まれたとは聞いていない。
AIが意図的に隠しているかもしれないが、多分産まれたらもっと搾取が過激になっていただろう。
まあ、何が言いたいのかと言うと、俺もチーズ食べたい。
「そろそろ指定位置に到着だ。古代遺跡に誰かいないか巡回だな」
『まあ、ここの古代遺跡は粗方データ回収は済んだと聞いてますけどもねぇ』
「残り滓でも金になるんだ。小遣い稼ぎで変なもんぶっこ抜かれたら困るだろう」
『なら多少は壊してもいいですわね』
「よくねぇよ、借金増えるだけだぞ」
『どうせ碌な物は出ませんわ。何も無い古代遺跡ほど賠償金は少ないですもの』
「お前、記録よりも壊してるな?」
実家の権力が強いとよくある話だ。しかし、AIの記録に残らないように手を回してるとはどういう手腕だよ。
いや、AIが実は無能の可能性が…………?
「あ、やべ」
『何ですの、その嫌な予感は』
「いや、気にするな」
変なことを考えていたのを脳波で感知したのかNG行動に触れそうになると光るランプがめっちゃ光っている。
何で分かるんだよ、気色悪いぞお前。
こんなことを考えると長文お気持ちメールが届くんだよな。読むのが面倒なのに感想を求めてくるからめんどくさい。
多分、今AIが声を出さないのは『ローリング・ローン』に聞かれる、もしくは感づかれる可能性があるからだろう。
と、そんな戯れの相手をしていたら古代遺跡に到着した。
「やっと到着したな。それじゃあ中に入るか。しかし、古代遺跡ってこんなに巨大なのか?」
『そうですわよ。一説によれば『ユグドル』級の大きさの機械が行き来していたとかなんとかですわ』
「ありえない話じゃないのがなぁ」
明らかに普通の人間からするとデカすぎる入り口に、『ローリング・ローン』はドスドスと足音を立てては言って行った。
「相変わらず、なーんにも無いですわねぇ」
『かれこれ2時間か。こちらのドローンにも何も映っていない』
「発掘の終わった場所には価値はありませんもの」
『雨風をしのぐなら十分じゃないか』
「浮浪者の考えは分かりませんわ」
『お前なぁ、借金あるの忘れてないか?』
一歩間違えたらお前が浮浪者になるんだぞと言いたいのだろうが、ローンはその嫌味を無視した。
元とはいえど令嬢の教育を受けた自分が落ちぶれるはずがない。そう思い込んでいたからだ。
いつどこで、どのように落ちぶれるのかは分からないのに。
ちなみにミハエルは『ローリング・ローン』に付属させていたドローンを通して別の箇所を見回りしている。
もし何か異常があればすぐに伝達できるという利点から使用しているのだ。
理由を知らない人間は、オペレーターはドローンを使わず衛星からのレーダー監視で十分と言うだろう。
技術とは常に発達する物だ。目視を偽装するのはともかく、逆にレーダーから身を隠す為の技術も存在する。
故に、カメラ越しとは言え何もないところに何か潜んでいる可能性を完全に否定できない。
よって、『ユグドル』だけでは届かない小回りのきくドローンの出番という訳なのだ。
「暇ですわね。しりとりでもします?」
『そりゃ暇ではあるが、仕事中だぞ?』
「構いませんわ。その余裕はあるのですわよ?」
『うーん、いいのかなぁ』
「貴女はオペレーター、ドンと構えておきなさい」
今まで初めて聞く声質はローンを思いのほか心穏やかにさせた。
今まで聞いた男性声の中では最も自然であり、聞いていても気分が悪くならない。
無理に演じているわけでもなく、振り切ってよく分らない声になっているわけでもなく、そして何よりも聞きやすい。
おしゃべりするなら丁度いい塩梅と、ローンは言うだろう。
彼女の友人もおしゃべりの対象ではあるのだが、長年の付き合いだと喋る内容も少なくなって新鮮味もない。
特に、一つの街に住み着いた人間だからこそほとんどが顔なじみ、オペレーターも殆ど聞いたことのある声ばかりだ。
ちなみに、オペレーターの顔出しは殆ど無く、各々が考えたアイコンを顔の代わりに使っていることが多い。
顔出ししたところで特に何もない。しいて言うなら化粧の手間がかかるだけだ。
『そういうもんなのかねぇ…………ん?この反応は?「ローリング・ローン」、仕事の時間らしい』
ミハエルがドローン越しに何かを見つけた。
反応とは言っていたが目視でも何か見つけたようだった。
『虫らしいんだが、どうもモンスターのような反応も残っている。それも大量にいるかも、しれない』
「私の銃口が火を噴きますわ!」
『おい、ちょっとまて!』
明らかに声色が変わったローンを止めようと静止を呼びかけるが、明らかに無視していた。
事前情報でも戦闘になると人格が変わったのではないかというくらい人が変わるとは聞いていたが、どうしようもないほど暴走するとは思いもしなかった。
トリガーハッピーとはこいつなのかもしれない。借金を負った経緯を考えると不思議ではない。
いや、自制が効かない時点で不思議である。
『待て、止まれ!』
大量にいると漏らした時点でやらかしたとミハエルは思った。
何故なら『ローリング・ローン』の両手に装着されているのはガトリング砲。殲滅にはうってつけの武装なのだ。
足のローラーを滑走させて広いとはいえ『ユグドル』の3周りほどある通路を爆走していく彼女を止める術は緊急停止しかない。
しかし、非常事態かつモンスターがいるかもしれない状況で強制的に止める馬鹿は居ない。
しいて言うなら、始末書を書きたくない奴が止めるだろう。
『どうするんだよこれ…………』
「やってやりますわー!」
『お前、どうやって借金することになったか覚えてるのか!?』
一切反省の色がないローンに、ミハエルはどうしようもなく叫ぶしかなかった。
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