観音力

在本 在文

観音力

      

      

      

      

      


              

      

      観音力かんのんりき 在本在文ありもとありふみ



      

      

      

          

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

      じよ 

 

 

 すべてのわざわいがせめてこころうちとどまり、そしてそのこころがどうかやすらかにとどまるように。

 

 観音力かんのんりきご か ご を──。 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      観音力かんのんりき 

 

 

 

 

 

 

 

             

      2年前ねんまえ

      

      

ふとかがみみ ると、何故なぜか──かおま  くろき えてしまっている。

そのことり かいしようとするわずかなすきま すみやかにおとな おそろしさがわ いた。

そばには懐妊かいにんしたき 巨人きよじんがただよこたわっている。

そして、痙攣的けいれんてきわらいかけ、はげしくおうと した。


なんも、なんも──。


パイナップルをひたすシロップにと けた缶詰かんづめてつあじべろ側面そくめん結合けつごうしてい 暗澹あんたんたる日差ひ ざ しににごったひ ろうかん

まるで水飴みずあめなかあるいているような毎日毎日まいにちまいにち──。

全身ぜんしんひ のようになにかんじないこのあたまはやなおしてくれ精神せいしんか い 

睡眠すいみんしよう がいつい崩壊ほうかいころがる導入どうにゆう ざいびん透明とうめいほころこ せ かい現実げんじつではないことにき づ いてしまった──。

じつはマトモだったんだ。

──やっぱりな。

芸術げいじゆつはそのためにあったんだ。

拡張かくちようしようとするい しきいきおいをおさえていたのうはもうた き れない──。





      1995ねん ふゆ

      

      

 あ さびれたむらおとずれ〝し にんな き 〟を確認かくにんする。

 ぼ ろ ぬのつくったて て ぼうのようだ。

 く ちたくちからさいいきが「コァ」とず じようも れ──。

 ドチャッ。

 ──ね き れた身体からだお ぶつじるち だ まりに、

 うみらし

 くびな 

 むしわ 

 くちからみ 

 内側うちがわ

 く あ らし

 ふ たた

 く あ がり

 つ いたかみ

 月明つきあかりに

 う か わり──。

 ──あれは。

 おんなだ。

 みずは ったふる棺桶かんおけのようなものにこしあたりまでつ かったおんなむらおとこ たち真剣しんけんひよう じようと かこんでいる。

 こおった月光げつこうあ びているのに襦袢じゆばん姿すがたおんなはびっしょりとあせか いており、なにかにた えるようにくしゃくしゃになった顔面がんめんぶ さいまわしかった。

 ひだり おけふちつかみぎみずなかつ こ んでいる。ふ し ぜんちゆう ごしが──なんだかいやだ。

 手淫しゆいんふけっているようにみ えた。

 おそおそちかいてみると、どうやらおんなしゆつ さんさいちゆうらしかった。

 ただ、そのおんなほかには松明たいまつかかげたいきづかいのあらおとこ たちしかお らず、それでいてしゆつ さんて つだうでもなくまるでまなしで強姦ごうかんするようにおんなみ つ めている光景こうけいあまりにい ようで、す ぐにそうだとはわからなかった。

 ことはつするものはなく、す き れたおんなあえごえだけが淫憐いやらしく松明たいまつただれていた──。

 ──ま しろ襦袢じゆばんち ぶさす けて、

 きずあざ

 きくはな

 みずなか

 ちくしよう ばら

 ちつさ く──。

 ながれたで き そこないはひるとなって胞衣えなひ ず りべちゃべちゃとは ねてい った。

 もう一匹いつぴきおにかみしぼしたたお ちるち たたりをうじどもま ち らした。

 よるよりこ ち あか錯乱さくらんしたほのおせ かいゆがめるそのかげに──しよう じよい た。片袖かたそでかぜなびいている。

 たちまあたりはち うみとなり、たがはずふ ざ け ているみたいに痙攣けいれんしているおびただしいかずし たいま なかた 隻腕せきわんしよう じよは、そのとき──しよちようむかえた。





      2000ねんがつ18にち

      

      

「そして、ぼうっとむ かいあ ってなにい うでもなくただし せんだけギョロギョロと彼方此方あちこちむ けていた──と。うん。な ほど。それで、そのし んだおねえさんというのは貴方あなたまえあらわれてそのあとどうしたのですか? すうっとき えたのですか? それとも、とことこあるいてで い ったのですか?」

 神経質しんけいしつ眼鏡めがねか けているようだった。

 やつれた──臨床心理士カウンセラーな の る──おとこは、おもあ たるしよう れいなか確信かくしんめいた調ちよう如何いかにもて じゆんをなぞるようにそれだけい うと、じっと此方こちらみ たままつくえからなまたまごと だ し、な れたて つ きでわ ったそれをあ たりまえのようにちよく せつくちふくんだ。

 ──き も ちがわるかった。





      2003ねんがつ30にちしよう

      

      

 き づ けばつねなんとなく──こわい。

 おもだ せる一番いちばん最初さいしよき おくも「こわい」だったき がする。

 勿論もちろん、そのときことし らないあかぼうだったからそれは──き がする──というだけなのだが、それでもいまかんがえるとや は りあれは「こわい」だったとおもう。

 はじめて「こわい」というも じ み てそのよ かたし ったときい み と まえに──ああ、こうか くのか──とおもったのだ。

 ということははじめて「こわい」とおもったそのときすでこととして認識にんしきしていたということだろうか。

 そんなことはないだろう。

 おそらくはじめてみ たというのは勘違かんちがいで「こわい」というも じ い み 何処どこかですでし っていたか、むかしのことをおもだ すうちに何時いつま にかき おく改竄かいざんされてしまったのだろう。

 べつめずらしくもないよ くあるはなしだとおもう。

 そんな如何どうでもい いことをふ い おもだ し、き かじったち しききよう じ たいつ いてかんがえ、くらいだけでなにな ところに「こわい」とおもうことが如何いかば 鹿か ば 鹿か しいことかとわかっていても、それでもたしかに「こわい」はあ り、うすくはなれどき えてはくれない。

 き えたとおもっていても、あ とき突然とつぜんこわい」はかたち ぎよう して容赦ようしやなくわたしさいなむのである。

 ──こわい。

 密室みつしつこわい──。

 日中につちゆうなんともないがひ お ちるとふ ろ はいるのにもなんする。

 かげこわい──。

 ひとならざるモノがく き がする。

 む おんこわい──。

 じ ぶんな くなるまえれのようで物凄ものすごふ あんになる。

 そしてね ときになるとこんか ぞくこわい──。

 なにかのひよう りよう しんがトチくるって、ね ているわたしくびき お としにき はしないかとおもうとまいばん満足まんぞくねむれなかった。

 どんなときにもすきから「こわい」がはいこ む。

 ──やみし めるとかんじられる──両価性アンビヴアレンス──なにみ える──。

 此処ここまでく るとも はやぶんからこわがりにい っているのではないかとおもえないこともないのだが、こればかりは如何どうにも制御せいぎよき ない。

 もしもだれかがわたしのこんなにちじようのぞいたら、さぞかし滑稽こつけいみ えるだろう。

 だれかって。

 ──え? ひるこ ないはずだろ?





      2005ねんがつ

      

      

 ながき れいかみから煙草たばこにおいがし で るときゆうかんじたけがらわしさをむ り や り たかぶりにま ぜておんなだ いた。

 それをみ す かすようにけがらわしいおんなわらった。

 ──ば 鹿か にするのか。けがらわしいおんなのくせに。

 れつじようは だ つかま み たされたよ いんまばたきもお えないうちに湿しめったくうと けてチカチカとしらんだい しき輪郭りんかくと もどすとおんなお ま がってこわれたにんぎようになっていた。

 もう、わらっていなかった。

 ──ああ面倒めんどうだな──とおもった。





      2005ねんがつ

      

      

いもうとんでるかもしれない」という連絡れんらくき た。

 へんぶんしようだとおもったが、どうやらいもうとけんま こ まれたらしい。しかも殺人さつじん死体損壊バラバラじ けんだという。だからといって「し んでるかもしれない」というぶんしようや ぱ りおかしいだろうとおもいはしたが、まあしょうがないかなともおもった。

 はじめてじよう きようした田舎いなかりよう しんとも警察けいさつしよむ かった。

 ひさぶ りにあ ったりよう しんじ じようの こ めておらず──というより──これから確実かくじつおとずれるであろう残酷ざんこく現実げんじつ何処どこひつきよしているようで、すべてのかんじよううわってただ只管ひたすら余所余所よそよそしかった。

 ──どことなくふ けたき がする。

 とおされたわりひろかいしつにはけい一人ひとりっており、かしこまった挨拶あいさつをされた。

 誠実せいじつそうで好感こうかんも てた。

 い ぞくな るかもしれない人間にんげんめ まえはなづらいのかは ぎ れのわるけい説明せつめいなんともわかにくかったのだが、現在げんざいいもうとおもわれるい たいとうぶ のぞいたすべての身体パーツ発見はつけんされているという。どれもむ だ しでい き されており、しよひんなど一切いつさいみ つ かっていないらしい。

 それでどうして警察けいさつはそのい たいいもうと推定すいていしたのかすごきよう わ いたのだが、かんがえてみれば簡単かんたんなこと──実際じつさいには簡単かんたんなことではないのかもしれないのだが──だった。

 いもうとまれつき、みぎこ ゆびだいに 関節かんせつくすり ゆびだい一関節いちかんせつ欠損けつそんしているのである──で き そこないなんだよ──。

 い たいみぎ写真しやしんみ せられ、りよう しんいきの んだ。

 それは、まぎれもなくいもうとて だった。

 我我われわれ反応はんのうみ けいは、す ぐにもどります──とい って、なにか、こうあせき も ちをおさえるようにしずかにせきはずした。

 へ や はしんとして──りよう しんなにい おうとしたが、けつきよく なにい わなかった。

 そして本当ほんとうす ぐにもどってき た──ま わかい、もしかしたらおなどしかもしれない──けいみよう深刻しんこくなおく やみのことに「あぁ」とか「はぁ」しかい えないりよう しん一層いつそうちいさかった。

 それからこ べつじ じよう ちよう しゆとなり、それぞれとり調しらべ しつ案内あんないされた。

 どうしてこ べつなのかはすこき になったが、まあこんなものなのだろうとおもった。

 ──みなさんにき いてることですので──みなさんにき いてることですので──。

 ちよう しゆお かいしつもどると、さきちよう しゆお えたらしいりよう しんま っていた。

 ははうなれ、おとにならないさけびにすがってな いていた──。

 ちちは、人間にんげんこ えてしまったようないかりにみ ちたま か め し せん何処どこさだめていいのかわからずにただガタガタとふるえていた──。

 それをみ ながらわたしは、一応いちおうかれた──みなさんにき いてるらしい──し ぼう推定すいていこく行動こうどうつ いて偶偶たまたま不在証明アリバイがあったことに何故なぜすこしだけあんしていた。

 そして、あとりよう しんまかせてかえろうとおもった。





      2005ねんがつ19にち

      

      

 おもうところあり、じゆう 年前ねんまえ取材しゆざいおとずれたあ むらい った。

 まえおとずれたときに がつで、山道さんどうき ぎ もこんなに鬱蒼うつそうとはしておらず、じ ごくからの びたて のようにくろとがったえだが、ひどかわいたかぜゆ れてしろさびしいそらむなしくひ か いている風景ふうけい色彩しきさいまつたな かった。

 そのときき おくめ まえけ しきはまるでちがうのだが、あしかんじるみちけ はいのようなものにはたしかにおぼえがある。

 ひ かげおおいが、ただ只管ひたすら湿しつたかくてだらだらとあつかった。

 は しげっても鬱陶うつとうしいだけのみつたかき ぎ む し するように黙黙もくもくあるいていると、おそらく半分はんぶんほどすすんだあたりでむ こうのほうからなにま くろいモノがちかいてき た。

 ぶ き み おとこだった。

 くろいソフトぼうま ぶかかぶり、すねまでかくれるくろ外套コートお ろしたてのようなき れいくろ革靴かわぐつは いて、おとこしずかに、しかしすこ早足はやあしあるいてき た。

 き せつはずれもいいところでみ ているだけであつ恰好かつこうなのに、ソフトぼうからわずかにのぞびよう てきほど生白なまじろかおにはあせひとつなかった。

 な じ んでいない──。

 恰好かつこうき せつはずれとかば ちがいとかそういうことよりも、現実げんじつな じ んでいない。何故なぜかそうおもった。

 むらい くにはこのみちしかないのでおとこま ちがいなくむらからき たのだろうが、あのむらにこんなおとこ ただろうか。い たのかもしれない。

 むら親戚しんせきなにかだろうとおもえ しやくをすると此方こちらき づ いたおとこす ちがざまえ しやくをした。

 ──ん? 首筋くびすじに、ウミ百合ユリ

 おもうところあり、じゆう 年前ねんまえ取材しゆざいおとずれたあ むらい った。

 まえおとずれたときに がつで、山道さんどうき ぎ もこんなに鬱蒼うつそうとはしておらず、じ ごくからの びたて のようにくろとがったえだが、ひどかわいたかぜゆ れてしろさびしいそらむなしくひ か いている風景ふうけい色彩しきさいまつたな かった。

 そのときき おくめ まえけ しきはまるでちがうのだが、あしかんじるみちけ はいのようなものにはたしかにおぼえがある。

 ──そくのオムニバスをもくする。

 ひ かげおおいが、ただ只管ひたすら湿しつたかくてだらだらとあつかった。

 ──幼児虐待ネグレクトえぐれるのう

 じ めん湿しめっていた所為せいくつがどろどろによごれてしまった。こんなことならぼ ろ ぐつは いてく るんだった。

 ──これは、漏電ろうでんしたひるい しきだ。

 今回こんかい取材しゆざいではないのでべつだれあ うというわけでもないのだが、ぼ ろ ぐつだとなんだか失礼しつれいき がしたのだ。

 ──おまえめ そむけているものはなんだ。

 こういうみようところき ちいさいのだ。

 ──ひつし ひ ていしてご ま か しているものは一体いつたいなんだ。

 みんみ えた。おもっていたよりもおそろしくふるくなってはいたがはいにはみ おぼえがある。

 此処ここむら入口いりぐちだ。

 ──ふ こうになりたいか。

 そのままむら反対はんたいがわまでまたしばらあるく。

 ず じようおおっていたこ かげな くなり、きよう れつひ ざ しと山道さんどうひ ろう眩暈めまいがする。すこやすみたい。

 ──ふ れてみたいだろ。あくに。

 でも、あのご 神木しんぼく辿たどつ までやすんではいけない。

 何故なぜかそんなき がする。

 ──そのめ おそれをのぞけ。

 ああほねなかかゆい──なんだっけ。すこやすみたい。

 ──お ろ まみた えずあ げる産声うぶごえい げんき け。

 それにしても、さっきのおとこあつくないのか。

 まったく、あせは つ いたシャツがい か げんかいだ。さっきから一休ひとやすみしたいのに──。

 さっきのおとこって──だれだ?

 ご 神木しんぼくみ あ げるとじ ぶんまつたおなかおし にんがぶらさ がっていた。

 ──ああたしわたしか──。


 おもうところあり、じゆう 年前ねんまえ取材しゆざいおとずれたあ むらい った。

 そんなむらは、な かった。





      2100ねん12がつ31にち23じ 59ふん

      

      

 難産なんざんお えた母親ははおや分娩台ぶんべんだいでぐったりしている。母親ははおやそうぼ し せつしよくき ぼうしており、それにそなえてやすんでいるのである。

 心配しんぱいそうにみ つ めていた分娩室ぶんべんしつのドアがやさしくあ いて、身体からだふ たいじゆう 測定そくてい血糖けつとうけんす ませたあかぼうだ いた看護師ナースはいってき た。

 この看護師ナース母親ははおや通院つういんちゆうしたしくなり、いまでは友人ゆうじんのような関係かんけいだ。

よ がんりましたね。とってもか わいあかちゃんです。はぁい、ママのところにいこうね」

 顔色かおいろ一向いつこうもどらない母親ははおや身体からだお こすのもやっとといったようだったが、それでもう まれたばかりのわ こ いとおしそうにだ いたしゆん かん、そのうでなかあかぼうは れつした。

 やわらかなほねは へんひだり つ さ さった母親ははおやさけごえすらあ げられないままおぼれるように失神しつしんした。

 それは、新世しんせいむかえた3びよう で き ごとであった──。

 ──このように我我われわれは、のうりよく覚醒かくせいにはオキシトシンのか じよう ぶんふか関係かんけいしているのではないかとかんがえます。




 

      ぎやく 回転かいてん





      2018ねんがつ12にち

      

      

 ──厄介者やつかいものみたいなめ み く るんだよね。おれのこと。なんでだろ。こっちはたのまれてき てんのに。わかる?

 あれ──?

 ──なんだろうね。おれき たことのい み わかってないのよ彼奴あいつ上手うまい ってないからコンサルたのんだんでしょ? なのになんですかあのたいは。わかる?

 わたし、このひとの──。

 ──一緒いつしよがんりましょうよってい ってんのに。いやならや めろ。や めないんだったらもんい うなば 鹿か どもが。わかる?

 わたしなんでこのひとと──。

 ──あれもば 鹿か 。AI警戒けいかいしてし ごとうばわれるってデモ行進こうしんしてるやつ。あれ「わたしむ のうです」って大声おおごえい ふ らしてるようなもんだろ。人間にんげんがもっと創造的そうぞうてきし ごとをするためのAIでしょ。人間にんげんしんしなきゃいけないの。いいからだまって人工じんこうのう信用しんようしろよ。わかる?

 つ あ ってるんだろう──。

 ──結局けつきよく がつでしょ。はたらけないとか貧乏びんぼうって、ようなまけてるってことでしょ? 如何どうすればかせげるかかんがえて実行じつこうしてる人間にんげんだけがい きてい ける社会しやかいこそ健全けんぜんでしょ。そうやってつよ人間にんげんだけがい のこってい くことで社会しやかいがよりよ くなるんだから。つまり彼奴あいつ社会しやかいよ くなろうとしているのをそ がいしてるんだよ。わかる?

 わからない。

 ──だからおれがこういうところす めてるのと貧乏人びんぼうにんい ることのかくなんてべつなんにもわるくないの。あ たりまえなの。かんがえてるの。実力じつりよくなの。い きるかし ぬか? し るかッ! わか──。

 アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!

 

 ──きらわれてたよ同級生あのこお たかと まってて。でんき たのもそのときはじめて。そしたらいきなり「あの──ころしてしまいました」って。で、あのニュースでしょ? キモ。





      2010ねん しよ

      

      

 ──きみふ こうであるべきじゃない。

 ──こんなにじゆん すいうつくしいきみが、すこしだってよごれなければならないせ かいま ちがってる。

 ──ぼくきみまもるから。これからもずっと。

 ──だからきみなに心配しんぱいしなくていいんだよ。

 ──きみしあわせにで き るのはぼくだけだ。

 ──きみあいしてる。

 ──あぁか わいい。はぁあいしてるあいしてるよ。

 ──どうしたの? どうしていてるの?

 ──そっちにい っちゃだ め だよ。よごれちゃうよ。

 ──ずっと一緒いつしよなんだよ。なんだ? おまえたちだれだ! やめろ! はなせ! そのこ かえせ!

 玄関げんかんあつけ と られている警官けいかんすがつ いてふるえるら たいしよう ねんは、かため と じ、せい一杯いつぱいしぼだ すように──。

し らないひとなんです」とい った。





      2003ねん12がつ 22にち

      

      

 被虐嗜好者マゾヒストははとその息子むすこはだかつ るされて息子むすこおんないたられる。

 最初さいしよ興奮こうふんしていたはは息子むすこ痛痛いたいたしい姿すがた改心かいしんしておんなめるように懇願こんがんする。

 いたっていたおんなはだかになりははだ し める。

 ははおんなやさしさにむねたれるがおんなははせ なか突然とつぜんぱたいてはは性癖せいへき復活ふつかつする。

 しばらくしてようみ るとし ご こうちよくした息子むすこせいし かんするち だらけのはは──。

「──ゆめ、ですか。たし貴方あなたは、おかあさんをころしたときき おく曖昧あいまいだそうですね。ま さ したとしかおもえない──と、きよう じゆつ しよにはそうしるされている。ううん。ま さ して、ママさ した──フンッ。すみません。はなわらってしまいました」





      1992ねん 元日がんじつ

      

      

 とし特有とくゆうの、あのふるふるとしたゆるやかな身体からだふるえをみ ているとむ しようはらた つ。

 ──クソばばァが。

 し あ げたのどさいに、コココ──とな った。

さつじ こ もモノか する。そしてせ かいじ こ とうにする」

 むかしそうのたまった精神せいしんい いま全身ぜんしんひ うごけないらしい。

 だが、これはさつではない。だれでもしよく 最中さいちゆうはえと んでき たらたたころすだろう。それはなに特別とくべつかんじようがあってころわけじゃあない。かんがえもしない。反応はんのうのようなものだ。

 鬱陶うつとうしいからころす──。

 すこたのしいからころす。

 なんとなくころす。

 ただころす。

 そのときあいたいしてころさなければとかころしてやるとかそんなものはな い──とおもう。ざいあくかんも──な い。ただはえたいしてかんじるのとおなあ たりまえけんかんと、いつしゆんき えるささやかなたつせいかんがあるだけだ。そしておれおれとしてまたころす。

 だから、じ こ をモノか するとか、せ かいとの関係かんけいとか、そういうこ むずかしいり くつわたしにはあ は まらない。それい ぜんだし、それとはべつはなしだ。

 見当けんとうちがいのやぶだったか。

 だってぼくなにおもってないから。

 ──し そばで──いたそうなめ ──き とがめる──。

 いや──ぼくは──本当ほんとうに──本当ほんとうは──ぼく

心的外傷トラウマい うのはね、ひとでなしのじ ぶんころされないようにじ ぶんまもってるんだよ」

 なにか、おかしくないか──こわい──?

 こわこわこわこわこわこわこわこわこわこわこわこわこわこわこわい──かんジュースのくちふかゆびい れてグリグリとまわしていくと金属きんぞくほねす れる振動しんどうき こえて母親ははおやあまえたときのようなあんかん全身ぜんしんつつむ。

 

 ──ふふ、もうなにこわくなくなった。





      1970ねん 立春りつしゆん

      

      

 国体こくたいめ ざ しているおんなのみっしりとつ まった筋肉きんにくせんが、ぷつぷつぷつ──と切断せつだんされていく。

 これは──き も よ す ぎる。





      1949ねん

      

      

 ──ちがちがうですよ! ぼくびよう で──わるい──のうが──ちょっとばかしおかしくてこれがじつわるいことだったなんてことがとってもわからなかったんだ。あの八王はちおうびよう いんい しやおとこ先生せんせい眼鏡めがねか けたひとあ いにい ってもらってき いてもらえれば貴方あなたはきっときっとわかりますから。ぼくのことが。ぼくびよう で──わるい──のうが──ちょっとばかしおかしくてこれがじつわるいことだったなんてことがとってもわからなかったんだ──ちがちがうですよ! みんなさいしよから──し んでたんだ! うそです! 本当ほんとうなんです! 

 それで、ぼくは、しやく ほうされて今日きようは、おやすみ──明日あしたあねあそびにい くんです。

 それで──これは、じつぼくだけが内緒ないしよにしていることで、い いますね。

 ふ つうく らしているようですけれど、じつはね──。


 ──あねのうがおかしいんですよ──。


 おとこしやく ほうされた。

 精神せいしん鑑定かんていけつは「佯狂ようきよう」だったという。

 何故なぜしやく ほうされたのか、そのご おとこ如何どうなったのか、だれにもわからない。

 関係かんけい書類しよるいはひとつものこっておらず、そのうちだれも──。

 そんなことはわすれてしまった。





      じん天皇てんのうそくき げんせんろつぴやく ねんしよう じゆう ねんはちがつじゆう いちにち

      


 ──えーとわたくしき ることとい えばこれくらいでご ざ いまして。いささふ 謹慎きんしん内容ないようではご ざ いますが、つたなうたひ ろうさせていただきます──。

       

 じゆう おうじん──ちゆう どく

 み 分類ぶんるい菌類きんるい──人類じんるいぶる

 あ が てきに──か がくへい

 容赦ようしやな い──放射ほうしやのう

 か 学者がくしやあくか──わ かつは──たがちがいの──社会しやかいはん

 ち みどろの──し 物狂ものぐるい──し のぞみ──い み のぞ

 倒錯とうさくした──工作こうさくいん──暗殺あんさつしやの──断末だんまつ

 し ぎわ──い じ になった──み き 発車はつしや

 やることな すこと──や じゆうか 

 そんなもんにつ あ わされて

 こころそこから──ころそうとか

 いまとなってはわからんが

 み か づきに──いかづち──ちらつき──ひ しずみ──そのひ ばんに──ころしのあん

 脳内のうないやくが──こんなにはやく──ま となり──ま な り──あとな い──

 ち は き──ち は い──し はいう──千日せんにちかんの──せんから──いのち からがら

 廃人はいじん傀儡くぐつ──細民さいみんくつの──最深さいしん──福音ふくいんく──復員ふくいんふく

 あー戦争せんそうわって──よ かった──よ かった──


 ──ご せいちよう 有難ありがとご ざ いました。

 

 

 

 

      げんしち辛酉しんゆうの としかんづき朔日ついたち

      

      

 ひ ご はんつたわるゴーティエ・ダゴティ『男女総合だんじよそうごう解剖かいぼうふ 華岡はなおかせいしゆう 写本しやほん──ぎ しよおもわれる──による製造法せいぞうほうしたがてん使せいからう まれた人造人間ホムンクルスは〝かみまご〟とよ ばれた。

 しかしみない うそのかみまごへそあ ることにつ いて、き と めるものだれ一人ひとりなかった。

「じゃいでま くいじゃっか」





      とおかみ

      

      

 ま つきち きゆうへそお つながっていたときのこと。     

 あ 神様かみさまみずからのはらさ き、いのちち ま じる精液せいえき真珠しんじゆいろて らす三千さんぜん年先ねんさきうれうのでした。そしてだれにもみ つ からないようお 姿すがたかくされたのです。

 さざれ いしが──いわおとなり──こけむ し──。

 神様かみさまは、到頭とうとうみ つ かってしまいました。

 ひ された傷口きずぐちひ わいあばかれた神様かみさまは、じ かんとなり空間くうかんとなりちからとなり物質ぶつしつとなりげんしようとなりこととなりことわりとなり──複製ふくせいされるようになりました。

 複製ふくせいされたかみなにからなにまで本物ほんもの神様かみさまおなじだったのですが、なにからなにまでおなじだったので、複製ふくせいされた神様かみさまじ ぶんこそが本物ほんものだとしんじるようになられました。

 反対はんたい本物ほんものかみは、じ ぶん偽物にせものではないかとうたがうようになりました。

 其処そこに、ひとりの人間にんげんがやってき ました。

 なにじ じょうし らないはずなのに、おそろしいかおをしたその人間にんげんおもむろかたほうゆびすといかめしいこえで、おまえ偽物にせものだ──とい いました。

 そうして、人人ひとびとからうそよ ばわりされるようになったかみは──。

 やがてし んでしまいました。

 本物ほんもの偽物にせもの──何方どちらし んだのか、それはわかりません。

 そして、じ ぶんおなかみし み 神様かみさまは──。

 じ ぶんに し にんな き わりました。


      

            

      

      某年ぼうねん某月ぼうげつ某日ぼうじつ



 てんきよう いん──げつのデッサンをする患者かんじや脳幹のうかんご びよう まえ電離気体プラズマや つ いて感覚かんかくかん煩雑はんざつになる。

 し のうとする──し こううず

 む ち うつ──むちう つ。

 きよう 暴走ぼうそうはじめる。

 売血ばいけつや まない。

 ハイイロの幼女ようじよまるうちひとみをす ぬ けてい く。

 ──ま さか

 

とうきようが、ほろぶのか」





      しよう に じゆう ねんがつみつご じゆう いちに 十分じつぷん

      

      

 ひざまくらわ こ みみそうをしているとあたま内側うちがわま ばりつ かれたようないたみがはしす とおるほどひ ふ うす芋虫いもむしつかむようなちから げんいらっているおさなこ まく乱暴らんぼうつ やぶってやりたいしよう どうわ いて──ゆめうつつあわいにあじな 感覚かんかくひ か かり如何どうにかこらえている。

 そのひ ひるか わいか わいいとみなむらがる隣人りんじんあかぼうみ ときも、そのば し ころしてやりたくなってふるえたて うしろにく んで微笑ほほえんだ──。

 ──ああや ころすのもい いかもしれない。

 ふとみ あ げたてんじようは つ いたろうくちかられたよだれにおいにおそろしくなつかしさをかんじてめ まえいとひ くそのよだれを──そっとすすった。

 そして、じっとりとむ けられたくろばかりのし せんに──。

「おまえはそういうおんなだよ」とい われた。

 

 きよう ぼうさ いた。



      どうこく 杉並すぎなみぼうきよう どうじゆう たくに まるさん号室ごうしつ

  

      

 はちき れそうにはらんだはら何発なんぱつけ あ げるとみずっぽいち またからしたたってただふるえてた えるばかりのば 鹿か おんなせ む け、ひ し でべったりとおもたいふ とんはいる。

 母親ははおやはらなかたい生命せいめいしんか てい辿たどるのだという。だからみずかえるのようなかおをしているのだろうか。ならばよ ていす ぎてもま う まれないおれこ かみになるとでもいうのだろうか。

 ──か き さん神様かみさま──。

 ば 鹿か ば 鹿か しい。

 まぶたうらせつよこった妄想もうそう所為せいか、ね ぞうし ぜんたいのようになっていた。

「──ご めんなさい。おやすみなさい」

 明日あしたおなあさく かえすのだろうと確信かくしんしながらやわらかく絶望ぜつぼうするようにねむる──。

「おかあさんす い くから。さきね てなさい」

 そのこ どもあねにしかみ えてないんだ──。


 ──し んでくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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観音力 在本 在文 @Arimoto_Arihumi

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