第Ⅱ章 源九郎義経と森蘭丸
第6話
パチパチと火が
生きている。……蘭丸は目を開けた。
瞳に映るのは本能寺の残り火ではなかった。小さな
目が慣れると、焚火を囲んでいるのは自分だけでないと分かった。ひとりふたり、ざっと七人ほど、様々な武具で武装した男たちが火を囲んでいた。己の気配を消しているところをみると、誰も優れた戦士に違いなかった。
自分は?……手元にあの十文字槍はなかった。あるのは反りのきつい日本刀。見たことのない得物だ。
(お前、誰だ?)
頭の中で声がした。
(森成利)
(知らぬな)
心の声は興味なさそうに応じた。
(人の名を聞いたからには、お主も名乗るのが筋だろう)
(勝手に入り込んで、勝手をぬかすな)
入りこんだ?……意味が分からなかった。本能寺の炎を思い出す。そこで転移すべく念じたが……。
視界の隅で大きな影が動いた。彼は
「
「ああ、頭の中で声がするのだ」
九郎と呼ばれた自分が答える。蘭丸は戸惑った。……どうやら肉体は、自分のものではないらしい。
「頭に虫でも湧いたか」
「
「ほう、人の言葉を、なぁ」
彼の声は大きく、焚火の周囲で息をひそめていた者たちが動き出す。
「
「森……?」
弁慶は首を傾げるとすぐに「知らんなぁ」と答えた。
九郎、弁慶!……蘭丸には思い当たることがあった。
(もしや、あなた様は
「む……」
「どうした?」
「頭の中の虫が、ワシの名を知っておった」
(武士ならば知っていて当然。されど、義経殿と弁慶は、亡くなったのではなかったか?)
「虫も武士ということか」
弁慶がにやりと笑った。
「そのようだ。武士ならば知っていて当然、とぬかしている」
「面白い!」
彼がまた笑った。
(ムッ……)笑われ、蘭丸は面白くない。
「面白いものか、迷惑だ」
九郎がチェッと舌を鳴らした。
(ワシらは影武者を残して戦場を脱出したのだ。が、気づけばここに転移していた)
「なにを言う。この
(修羅道?……ここは現世ではないのか?)
天道、人間道、修羅道、
(そうさ。ここは人間道で殺し過ぎた魂が落ちる修羅道よ。お前、何人殺した? 百か、二百か?)
(それほど多くは……)
蘭丸がその手で奪った命は両手で足りるほどだ。しかし、織田軍として考えれば違う。僧侶や女子供も殺しているから、その罪は百を超えるのかもしれない。
「ふむ、……弁慶の言う通りだな」(小者だが、火の番ぐらいはできるだろう。ワシの
(私は織田信長様の家臣……)そこで話すのを止めた。平安時代末期の義経が、戦国時代の信長を知るはずがない。
(否、と言ったら?)
(ならば、ワシの頭から出て行け)
(出て行けるものなら、とっくに出て行くわい)
――ワハハ――
九郎が笑った。
「何が可笑しい?」
弁慶が顔をしかめた。
「弁慶を笑ったのではない。虫がなぁ。……僕として働けと言ったら、否、と言う」
「
「己の意志では出て行けないというのだから
言われ放題だ。……蘭丸は面白くなかった。そんな中ふと気づいたのは、本能寺に遺体の無かった信長のことだ。
殿は転移したのだ!……確信した。
「まあ、仲良くするのだな」
「修羅道で、仲が良いもあるまい」
「この弁慶、修羅道にあっても九郎殿の命は狙いませんぞ。まして九郎殿と同体の森何某、九郎殿にとって悪いことは致しますまい」
「弁慶には、いつまでもそうあって欲しいな」
(ここに織田信長という偉丈夫はおりませんか? 転移したはずなのです)
(お前の主人だという男か、知らんな。ひ弱な男なら生まれたその日に殺されているわい)
(ひ弱など、とんでもない。子供のころから野を駆け、川を泳ぎ、大人になっては近畿を平定したのです)
(ならば、戦ってみたいものだ)
九郎が立ち上がる。弁慶と比べれば、はるかに
「血が騒ぐぞ!」
「オウ!」「殿、夜襲ですな」
焚火を囲む
「まずは腹ごしらえだ」
弁慶が声をあげると、どこからともなく老人と老婆が現れて、焚火に鍋をかけて食事を作り出した。
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