帝国の少女


「連邦の皆さんですか……? それならちょうど良かったです。実は、この先にある村がたくさんの泥で埋まっていて……少しで良いので、皆さんも手伝って下さい!」


「ええっ!?」


 それは必然か、それとも偶然か。 


 自らが招いた戦災に心を痛めるシータの前に現れた少女――光天騎士団こうてんきしだん団長のキリエ・キスナ。

 容姿から受ける歳の頃はシータと変わらず、短くまとめた栗色の髪に、どこか浮き世離れした雰囲気をたたえる銀色の瞳がまっすぐにシータを見据えている。 


 そしてそんな彼女はシータ達が連邦軍であると知るやいなや、安堵の笑みを浮かべて協力を求めてきたのだ。


「ど、どうしましょうリアンさん……」


「確かに、私たちも帝国とは揉めるなと言われているが……シータ君はどうしたらいいと思う?」


 突然の申し出に、エリンディアの手勢を率いる指揮官でもあるシータとリアンは決断を迫られた。

 だがそこでリアンは何かを思いついたようにはっとなると、その決断をシータに委ねたのだ。


「どうしたらいいって……僕が決めてもいいんでしょうか?」


「もちろんだ! シータ君はこれまでエリンディアの客人のような扱いで、騎士団の方針に関わったりはしていなかっただろう? でも今はもう違う……復興支援とはいえ、君は私と共にニアから一軍を任されたエリンディアの立派な指揮官だ! しかも、私はあまり考えるのが得意ではないしな!」


「僕が指揮官……だからこれからは自分のことだけじゃなくて、みんなのことも考えて……」


 リアンの言葉にシータは息を呑むと、今も指示を待つ十人にも満たない仲間達に目を向けた。


「俺たちはどんな指示でも従いますよ。ニアさんからも、お二人のことを頼むって言われてますからね!」


「これまでだって、何度も一緒に危ない橋を渡ってきたじゃないですか。でももし何かあったら、いつもみたいにその弓でバシっと決めて下さいよ!」


「みなさん……」


 迷うシータを後押しするように、共に連邦に残った仲間達は口々に励ましの言葉を送る。

 その言葉は、もはやかつての〝得体の知れぬよそ者〟へと向けられたものではない。


 守られ庇護を受ける側から、互いの命を背負い、責任を負い合う〝対等な同志〟へと。

 シータは自分でも気付かぬ内に、求めていた繋がりを手に入れ、それと同じだけの責任を負っていたことを自覚する。そして――。


「わかりました……! なら僕たちは、帝国の皆さんに協力しようと思います。それでもいいですか?」


「もちろんだ! だが油断は禁物だぞ。たとえ敵意は見なくとも、相手は帝国軍なのだからな!」


「わぁ……! ありがとうございますっ。なら、私が皆さんをご案内しますね!」


 こうして、シータ達エリンディアの一団はキリエの申し出を受諾。

 助けた男性の無事を確認すると、キリエと共に被災した村へと赴いた――。



 ――――――

 ――――

 ――



天契機カイディルが使えれば、もっと簡単に泥を運べたと思うんです。でも私たちが天契機を使ったら、連邦の皆さんも警戒しちゃいますもんね……だから皆さんがお力を貸して下さって、本当に助かりましたっ!」


「僕たちも、ここで困っている皆さんのために来ました。敵同士でも、目的が同じなら協力した方がいいと思って……」


 果たして、案内された先の村は流れ着いた流木や大量の土砂で埋まり、家から家財を運び出すことは愚か、中に入ることすらできない有り様だった。


 周囲には家に戻れなくなった大勢の人々が途方に暮れており、帝国と言わず連邦と言わず、すぐに助けが必要な状況であることは明らかだった。


「よし、ならば今はこの村のために全力を尽くすとしよう! 帝国と力を合わせることに思うところがある者もいるだろうが、そのような意見はこの村をなんとかした後で私が受け付ける! ではいくぞー!!」


「「 おおおお!! 」」


 シータの決断にも文句一つ言わず、リアンは見事に仲間達を率いて帝国との共同作業に取りかかる。

 シータもまたその輪に加わり、小柄な見かけによらぬ力強い働きぶりで大量の土砂に立ち向かっていった。だが――。


「――シータさんって、星砕きに乗っているシータさん……なんですよね?」


「え?」


 午後を徹して行われた作業は、暗黙の協力の内に驚く程の捗りを見せた。

 キリエの率いる光天騎士団は実によく統率が取れており、独立騎士団の面々と同様、敵国との共同作業に異を唱える者もいなかった。


 そして間もなく夕暮れ時を迎えようとする頃。

 一人土砂を運び終えたシータは、ふらりと現れたキリエから突然の質問を受けたのだ。


「えっと……」


「星砕きの乗り手、シータ・フェアガッハ……さっき、リアンさんが貴方のことをシータって呼んでいるのを聞いて、もしかしたらって思ったんです。やっぱり、貴方がそうなんですね……!」


 射貫くようなキリエの視線に、シータは何も言わずに身構える。


「ローガンさんやレヴェントさんを倒して、私たちを洪水で飲み込んだ〝悪魔〟……それがまさか、貴方みたいな人だったなんて、私――!!」


「……っ」


 シータとて、ここで自らが成したことと、これまでに帝国に対して与えた損害は自覚している。

 帝国の者がシータを〝どう思っているか〟など、火を見るより明らかだった。だが――。


「とっっても嬉しいですっ!」


「え……? ええっ!?」


 だが次の瞬間。

 キリエはシータの手をひっしと握り締め、興奮した様子で満面の笑みを浮かべた。


「星砕きに乗っていたのは悪魔なんかじゃなかった……シータさんは私たちと同じ〝普通の人〟……それどころか、困っている人のために頑張るとっても素敵な人でした! 私、それが嬉しくて……っ」


「嬉しいって……でも君が言うとおり、僕は帝国の人を沢山傷つけて……」


「もちろんそれは絶対に許しません! いつか必ず、私が貴方を倒しますから!! 覚悟しておくといいですっ!!」


「はわっ!? す、すみません……」


 まさに〝それはそれ、これはこれ〟というキリエの言葉。

 ころころと変わるキリエの様子に、それほど人慣れしていないシータは困惑するばかりだ。


「貴方は私の仲間を傷つける敵です……だけどそれでも、私は今日ここで、シータさんも自分の大切なもののために戦っているんだって……〝私たちと同じ〟なんだって知れて、本当に嬉しかったんです。心もなにもない悪魔みたいな人と戦うなんて……理由も意味もわからずに私の大切な人たちの命が奪われるなんて、そんなの耐えられませんから……」


「それは……」


 そのキリエの吐露に、シータは深い共感を覚えた。


 なぜなら他ならぬシータもまた、師の命が奪われた理由を求め、師が残した想いの意味を求めて戦っているのだから。


「もうすぐ日が暮れます。お互い今から拠点に戻るのも危険ですから、今夜はこの村で野営しましょう!」


「そう、ですね……わかりました。リアンさんにもそう伝えてきます」


「はいっ! もともと私たちは敵同士ですけど……せめてここにいる間は揉め事はなしで! もう少しだけ仲良くしてくださいね、シータさん!」

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