その矢が招いたもの
円卓周辺に広がるのは、いくつもの川や湖によって隔てられたのどかな草原地帯だ。
そびえ立つ円卓を迂回するように伸びる街道沿いには大小様々な宿場街が栄え、大陸を行き来する商人や旅人の一大交易地となっている。
たとえ戦争の最中であろうと、洪水によって壊滅したこの一帯を早期に復興させることは、連邦以外の多くの国々にとって非常に重要な意味を持っていた。
「ご足労感謝します。連邦領内の復興を皆様にお手伝い頂くのは、大変心苦しいのですが……」
「あの滝を壊して、ここを水浸しにしたのは僕です。罪滅ぼしには全然足りませんけど……それでも、僕に出来ることがあればなんでもやるつもりです」
「我々独立騎士団も、暫くはこの地の復興に全力を尽くそう。このような活動は不慣れで迷惑をかけるかもしれないが、どうかよろしくお願いする!」
「コケー!!」
ニアがトーンライディールと共に連邦を旅立って三日後。
シータとリアンは修復中のイルレアルタとルーアトランと共に、連邦の首都から遠く離れた円卓近くの連邦拠点へと。
二機の天契機はマクハンマーら整備班と共に拠点に残し、二人は連邦に留まった独立騎士団の手勢を連れ、復興に勤しむ現地の連邦軍と合流していた。
「現在、我々は主要な街道の再建に全力を注いでいます。街道沿いの人手は十分ですので、皆様には我々の手が行き届いていない、小さな集落の被害状況の確認をお願いします」
晴れ渡る空の下で続く復興現場の一角。
陣頭指揮を執る下士官から伝えられた〝一見すると簡単そうな役目〟に、シータは不思議そうに首を傾げる。
「調べるだけでいいんですか?」
「〝だけ〟なんてことはありません。戦災にせよ天災にせよ、迅速な復興には各地に適切な人手と物資を割り当てることが重要です。ですから皆様にお任せする今回の調査は、支援の前段階としてとても大切なことなんですよ」
「そうなんだ……わかりました、頑張ります!」
特段高い地位にあるようでもない下士官の的確な説明に、シータはすぐに任された使命の重要性を理解する。
士官もそんなシータに笑みを浮かべると、調査に必要な用具類や、先行支援用の物資を纏めた背負い籠をシータ達に提供した。
「それともう一つ。実は先頃、帝国軍も我々同様にこの地域で復興作業を行っているとの報告を受けました」
「帝国軍もだと!? いったいどういうことだ!?」
「遭遇した斥候の報せでは、帝国の側から〝連邦戦災復興条約〟を示して争う意志がないことを通達してきたそうです……それが帝国軍の総意か不明なため油断はできませんが、我が軍の上層部からも、戦災地での帝国との交戦は可能な限り避けるよう通達されています……皆様も、帝国軍との接触には十分に警戒して下さい」
――――――
――――
――
「――他に何か困っていることや、大変なことはありませんか?」
「そうじゃな……水は足りとるが、街道と町が潰れたせいで食い物がさっぱり足りん。この有り様じゃ、ひとまず都あたりに身を寄せることになりそうじゃのう……」
「ふむふむ。では他の者はなんと言っているのだ?」
「若いもんは大喜びしておるよ。だが儂ら年寄りの中には、ここを離れたくないっちゅうもんも多くてのう……」
「そうなんですね……」
連邦軍と別れ、早速シータ達は周辺地図を頼りに円卓周辺の村々を回っていった。
先の下士官の言葉通り、シータ達が任された任務の遂行は大変な労力を要した。
ぬかるんだ道は体力を奪い、辿り着いた先では住む家を失って傷ついた人々の嘆きの声に耳を傾ける。
心身共に大きな負荷がかかるこの任務に、それでもシータとリアンは出来る限りの対応と正確さをもって当たった。
「ふぅ……確かにこれはなかなかに骨が折れるな。そしてニアは連邦軍を弱いと言っていたが、復興作業を行う彼らの働きぶりは実に見事だ。私も見習わなくてはな!」
「一度壊れてしまった物を直すのって、本当に大変なことなんですね……」
リアンの言葉通り、復興時における連邦の知見と行動は素晴らしいものだった。
こと軍事面においては全面的に帝国に劣る連邦だが、百年以上に渡って大国の地位を維持し、自国の領土を守り続けたその能力は決して無能と断じるようなものではないのだ。
「同じ力でも、使う人次第で壊すことにも守ることにも、直すことにも使える……けど僕は……」
「シータ君……大丈夫か?」
「コケコケ?」
洪水に飲み込まれ、日々の暮らしを奪われた人々の声を聞くにつれ、シータの心は段々と暗く沈んでいった。
シータはこれまでも狩人として数多の命を奪い、それを自然の摂理として平然と受け止めてきたはずだ。
だが目の前に広がる大破砕の爪痕は、一人の狩人が持ちうる力の範疇を〝遙かに越えたもの〟だった。
〝過ぎた力も伝説も、英雄の肩書きも僕には必要ない。僕にはただこの弓と……そして君と一緒に過ごすこの森での暮らしさえあれば、それでいいんだよ〟
その時。シータの胸に去来したのは、まだ彼が何も知らぬ頃に聞いたエオインの言葉だった。
イルレアルタという力を得て、今まさにシータが駆け上がりつつある〝伝説に至る道〟。
だがシータの前にその道の果てに至ったエオインは、結局その頂きで得た全てを捨て、一人の狩人として森に帰っているのだ。
「これまで、僕はイルレアルタの力で壊してばかりで……もしかしたらこのまま、いつかもっと酷いことを……」
「――だから私がいる。君がそんなことをしないように。もししてしまっても、その辛さを君と一緒に背負えるようにだ」
だが暗く沈みかけたシータの心を引き上げたのは、やはりリアンだった。
リアンはシータの心を支えるようにその背に手を添えると、自らの額をそっと合わせて自らのぬくもりを伝えた。
「そもそも、あの滝だって私と君の二人で壊したんじゃないか。シータ君がそこまで思い詰めていたら、平気でぐーぐー寝ている私が血も涙もない極悪人みたいではないか!」
「ええっ!? そ、そんなつもりじゃ……」
「なーっはっは、冗談だ! だがシータ君も悩みすぎないようにな。もし悩みたくなったら私と一緒に悩めばいい! その方がきっと楽しいに違いない!!」
「は、はいっ!」
シータがいつの間にかその手に掴んでいた、イルレアルタという強大な力と、その力の行き着く先に対する不安。
今のリアンの言葉で、その不安が完全に消えたわけではない。
だがそれでも、シータは自身の心を覆いつつあった影がゆっくりと遠ざかるのを感じていた。だが、その時――。
「だ、誰か助けてくれぇええええ――!!」
瞬間。荒れ果てた森を進むシータ達の耳に、どこからか男の助けを求める悲鳴が飛び込んでくる。
「助けてくれ……! 熊が――!!」
「熊だと!?」
「僕が行きます――!!」
「コケーーーー!!」
耳をつんざく男の声にシータは即座に反応。すぐさま疾風のように駆け出すと、瞬く間に悲鳴が聞こえた場所に到達する。
「大きい……! ここは僕に任せて、あなたは逃げて下さい!!」
「ひ、ひえええ……!!」
そこでシータが見たのは、シータですら滅多に見ないほどの巨大な熊と、その熊の前で腰を抜かして震える男の姿。
シータはすぐさま一射目を放って熊の注意を引くと、そのまま致命の二撃目を放たんとトネリコの弓に矢をつがえる。しかし――。
「とりゃーーーーっ!!」
「っ!?」
しかしその瞬間。
シータが二射目を放つよりも速く、飛び出した小さな影が熊の眉間に正確無比な銀閃を叩き込む。
「危ないところでした! お二人とも、お怪我はありませんか!?」
「君は……」
「あ、ああ……大丈夫だ。助かったよ……」
現れたのは、流麗な所作でレイピアを振り払う一人の少女。
少女の一撃によって急所を穿たれた熊はうめき声すら上げずに倒れ、二度と動くことはなかった。
「助けてくれてありがとう……だが、あんたらは一体……? こんな馬鹿でかい熊を相手に、びびりもせずに戦おうとするなんて……」
見事熊を仕留めた栗色の髪の少女は、男の質問に〝帝国式の敬礼〟と、誰もが見惚れる可憐な笑みをもって応えた。
「私は帝国騎士団第二席、
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