流れた物と流れぬ物
連邦軍と帝国軍による円卓の戦い
互いの主力が激突したこの戦いは、星砕きの異名をもつ伝説の
「まったく……まさか自軍ごと私らを吹っ飛ばすとはね。連邦にも、まだ骨のある奴がいるみたいじゃないか」
帝国軍本陣。
「おば様は先に退いて下さいっ! 私は逃げ遅れた皆さんを助けに行きます!!」
「やれやれ、どうせ止めたって行くんだろう? けど無理だけはするんじゃないよ。その命はアンタ一人のものじゃない……帝国のため、そしてアンタを慕う仲間のためにも絶対に戻ってくるんだ。わかったね……キリエ」
「はいっ!!」
次々と大地を飲み込む濁流の上。
キリエの乗る純銀の天契機は、ルイーズに背を向けて天へと飛翔。
そのまま〝一度も着地することなく〟、一直線に戦場の奥へと消えていった。
「弱い奴には弱いなりの戦い方がある……だが覚えておきな。あんたら連邦は、このルイーズ・カル・オーガスの名にかけて必ず潰す。その時まで、せいぜい足掻いてみることさね」
この洪水における帝国軍の被害は大きく、陣容を建て直すまでに相応の時間を要すだろう。
しかしルイーズの引き際もまた見事であり、連邦と帝国の前線はこの時を境に広範囲に拡大。
双方の緊張はより一層の高まりを見せることになる。
一方、敗勢であった連邦軍の〝洪水による損害〟は驚く程に少なかった。
元より、ニアは滝の決壊より前に連邦本陣へ〝撤退の合図〟を送っていた。
当然、連邦の将帥達にも今回の作戦は十分に通達されており、円卓周辺に住む人々の事前退去はもちろんのこと、連邦軍の戦術も初めから〝早期撤退を念頭に入れた布陣〟となっていた。
実に皮肉なことに、それまで連邦が各地で〝惨めな敗戦を重ねてきた〟ことが、円卓での明らかに早すぎる撤退を帝国に怪しませない要因となったのだ。だが――。
「――円卓での戦いで、我が軍は帝国相手に多大な損耗を被りました。もしあの洪水がなかったら、我々はあと一刻も持ちこたえることは出来なかったでしょう……」
「やはり、そうでしたか……」
洪水によって水没した円卓周辺の広大な緑地。
ともすれば美しさすら覚えるその光景を見下ろしながら、連邦からの報告を受けるニアの表情は硬い。
確かに、洪水による連邦軍の被害は微々たるもの。
しかし瀑布の決壊によって戦場が水入りとなるまでに受けた連邦の損害は、帝国軍が受けた損害を〝遙かに上回っていた〟。
「私たちは確かに時を稼ぎました……ですが、それだけでは何の意味もありません。ここからは、この稼いだ時で〝両軍が何を成すか〟の戦いになるでしょう」
「つまり、いよいよこの私の出番が来たということですねぇ!! 役に立たない議会の連中にも、よーやく〝戦時下の議長権限〟を納得させることができましたし……エリンディアの皆様が命をかけて稼いだこの時で、私が必ず連邦に勝機を引き寄せてご覧にいれましょう!!」
「……ぜひそのように。私たち独立騎士団には、連邦の大局を左右する権限も、考えもありませんので」
多くの犠牲の上、得た時はほんの僅かだ。
その僅かな時を制しようと、帝国と連邦はすぐさま動き出すだろう。
「私だってそう……いつまでもイルレアルタに頼りきった戦い方を続ければ、いつか必ずシータさんとリアンは命を落とす。その前に、戦力の増強を進めないと……」
青と緑に包まれた果てしない地平の上。
ニアは一人、すでにこの戦いで大きく傷ついた〝二人の友〟のことを想っていた――。
――――――
――――
――
「負けたな……」
「はい……」
「コケー……」
円卓での決戦を乗り越え、連邦の首都へと帰還した独立騎士団。
すでに日は暮れ、無数の篝火が輝く野営地では、片腕を失ったイルレアルタと、前面装甲を大きく切り裂かれたルーアトランの修復が全力で行われていた。
「マクハンマーさんのお話しでは、イルレアルタは元通りに直せるそうです。前にメリクが教えてくれた
「それは良かった。だが私は、イルレアルタの守護を任されておきながら、また君を危険な目に遭わせてしまったな……本当に、なんと謝ればいいか……」
「そんなこと……! さっきだって、リアンさんは僕のことを助けてくれました。これまでだって、僕はいつもリアンさんに助けられてばっかりで……」
共に傷ついた愛機を見上げる二人の表情は暗い。
円卓で対峙したガレスとイルヴィア――二人の帝国上位騎士の力は、シータとリアンを大きく上回っていた。
これまでも、戦場や戦術の不利で二人が劣勢に追い込まれることはあった。
だが今回はそうではない。
死力を尽くして戦ったからこそ分かる。天契機戦における明らかな技量の差を、二人は初めて徹底的に思い知らされたのだ。だが――。
「僕……もっと強くなります」
だがその時。
それまでその表情を曇らせていたシータが、決意を秘めた眼差しでリアンを真っ直ぐに見つめた。
「強く? だがそれなら、君はこれまでも頑張って……」
「僕も、さっきまではそう思ってたんです……でも今思うと、強くなるってどういうことなのか、自分でも〝よくわかってなかった〟んだなって……」
そのシータの瞳は、リアンが良く知る幼い少年のものとは明らかに異なっていた。
より深く、より強く、より明確に。
確かな意志の光が、まっすぐにリアンのことを見つめていた。
「今日の戦いであの人に負けて……リアンさんが血を流しながら僕を助けようとしてくれるのを見て、本当に辛かった……っ! だからもっと強くなって、今度こそリアンさんを守れるようにないたいんです!!」
「シータ君……」
それは、初めてシータが見せる強さへの渇望。
大切な者を守り、己の願いを叶える〝力への飢え〟。
命をかけてシータを守り抜いたリアンにあって、シータに欠けていたもの。
そしてこの力への渇望こそ、ローガンがシータに伝えた〝強くなれ〟という言葉に込められていた餞別だった。
「もちろん、リアンさんだけじゃありません……ニアさんもカール船長も……アイファさんやマクハンマーさん……当然ナナだってっ!! 僕は、みんなに傷ついて欲しくないんです! だから、もっと強くなって――!」
「うん……君の気持ちはよく分かった。ありがとう、シータ君」
だがそこでリアンは、逸るシータをなだめるようにそっと身を寄せた。
「なら、私も君と一緒に強くなろう。君だけでなく私も一緒に強くなれば、もう二度と負けることも、死にかけることもない……そうだろう?」
「あ……」
「ふふ……でもなんだろうな? 君にそのような目で守ると言われて、どうやら私はとんでもなく嬉しいらしい。いつもならそろそろ眠くなるのだが……さっきからどうにも胸が高鳴って、眠気もどこかに飛んでいってしまった!」
「そう、なんですね……。えっと……僕も嬉しいです。ありがとうございます、リアンさん……」
その言葉通り。いつしかそれまでの暗い雰囲気は消え、この日のリアンは夜が更けるまで眠ることなく、ずっとシータとの談笑に華を咲かせた。
光り輝く星空の下。
傷ついた身を寄せ合いながら笑う二人を、同じく傷を負ったイルレアルタとルーアトランは、物言わぬままに見守り続けていた――。
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