撤退


「シータ君!?」


 交錯する死生の狭間。


 渦巻く炎の中。迫るイルヴィアの戦斧を必死に受け止めていたリアンは、遙か頭上の炸裂音と、その主の姿に悲痛な声を上げた。


「イルレアルタ……やられてしまったのか!?」


「ははっ! さすがガレスだ、自分から大口を叩くだけあるぜ!!」


 円卓の頭上に広がる青空から、黒煙の尾を引いて落下するイルレアルタ。

 それを見たリアンは、戦闘前に感じた一抹の不安が現実となったことを悔やみ、すぐさまシータの救援に向かおうとする。


「おおっと、そうはさせないぞ! 私は初めから、ガレスの邪魔をさせないためにここにいるんだ。あいつはマジで〝どーしようもない朴念仁〟だけど、一度やると言ったことを破るやつじゃないからな!!」


「ちぃ……!」


 だがしかし、そんなことを許すイルヴィアとドラグラーサではない。

 そもそも、今のリアンはドラグラーサの相手をするだけでも劣勢だったのだ。

 この上リーナスカースも加えた二機を相手に、中破したイルレアルタを守り切ることなど到底不可能。しかし――!


「ふざけるな……!! お前があの男のために来たと言うのなら、私だってシータ君のためにここにいるんだ!!」


「っ!?」


 瞬間、ルーアトランの眼孔がエメラルドグリーンの輝きを灯して明滅。

 リアンはもはや後先も考えずに風の翼を完全開放。

 凄絶な加速と圧力を持って、ドラグラーサの巨体を一気に押し込んでいく。


「こ、こいつ……!!」


「そこをどけぇええええええええぇええ――ッ!!」


 鬼気迫るリアンの叫びと共に荒れ狂う烈風と化したルーアトランは、ドラグラーサが持つ炎の翼の出力を完全に凌駕。

 一方的に押し切って弾き飛ばすと、目にも止まらぬ速度でイルレアルタの落下先へと突貫する。


「くっそ……! 気をつけろガレス!! 居眠り女がそっちに行ったぞ!!」


「む!?」


「こんなところで、シータ君を死なせはしない――!!」


 それはまさに一陣の風。

 一瞬でドラグラーサを置き去りにしたルーアトランは、イルレアルタにとどめの一撃を放たんとするリーナスカースに肉薄。

 間髪入れず白銀の長剣で決死の斬撃を放つ。


「なんという圧力……! だが勢いだけの剣で私とリーナスカースを倒せると思うな!!」


 ほぼ不意打ちに近い形だったにも関わらず、ガレスはルーアトランの剣を僅かな身のこなしで躱すと、返す刃でリアンもろともルーアトランを仕留めにかかる。


「だろうな! しかし、それでも――!!」


 刹那の交錯。


 リアンの眼前に迫るリーナスカースの剣。

 しかしリアンは構わず、ルーアトランを更に加速させて自ら斬撃に飛び込む。


「〝回避しない〟……!? 初めからこれが狙いか――!」


 そして機体の前面装甲を真っ二つに切り裂かれながらも、〝リーナスカースの肩口を踏み台にして〟高々と跳躍。

 今まさに地面に叩きつけられる寸前のイルレアルタを空中で抱き留めると、ガレスとイルヴィアには目もくれずに逃げの一手を打つ。


「無事か、シータ君!!」


「リアンさん……っ!?」


「コケコケー!」


 間一髪、リアンに窮地を救われたシータ。

 だが次にシータが見たのは、ガレスの一撃によって胸部装甲を破壊され、剥き出しとなった操縦席で額から鮮血を流すリアンの姿だった。


「そんな……! ごめんなさいリアンさん……っ! 僕……リアンさんからあんなに言われてたのに……!!」


「なーに、この程度の傷は寝れば治る! それに謝るのは私の方だ。大切なお師匠様を殺した仇を前にして〝熱くなるな〟なんて、本当に馬鹿げたことを言ってしまったな……だが今は、お互い過ぎたことを悔いる時ではない! イルレアルタはまだ動けるか!?」


 涙ながらに謝罪するシータに、リアンは自らの負傷にも構わず笑みを浮かべ、すぐさま行動を促す。


「私たちの作戦は失敗した……なら〝次にどうすればいいか〟は、君にも分かっているはずだ!!」


「……! はいっ!!」


「居眠りの騎士、リアン・アーグリッジか……どうやら、星砕きの華々しい活躍は〝彼女の存在あってこそ〟のようだな」


「けどこっちは無傷、あっちはぼろぼろだ。この状況で、すんなり逃げられるなんて思うなよ!!」


 連邦と帝国の万を越える軍勢の激突。

 その大戦から切り離され、隔絶された円卓の死闘。

 

 助けも望めず、逃げ場すらない切り立ったテーブルマウンテンの上。

 片腕を失ったイルレアルタと傷ついたルーアトランは、迫り来るガレスとイルヴィアからただひたすらに逃げる。


「さっきの攻撃で腕をやられて……これじゃあ、もう矢を撃つことは……!」


「だが〝ニアの最後の策〟を成功させるためには、どうしても君の矢が必要だ! なんとかするぞ、シータ君!!」


「逃がさねーって言ったろ!!」


 苛烈な影と炎の追撃でさらに傷つきながらも、やがてシータとリアンは円卓から流れ落ちる〝大陸最大の大瀑布〟――カスカータマ大いなる滝グナの源流へと到達。

 流れ落ちる膨大な水とそこにかかる美しい虹を背に、ついに逃げ場を失って追い詰められる。


「ここまでだ! 我が剣の前に倒れるか、その滝に飲まれて沈むか……好きな方を選ぶがいい!!」


「いくら翼があるからって、この高さは流石に無理だろ? その上この馬鹿でかい滝だ。落ちれば確実にあの世行き……諦めて大人しく投降した方が、少しは長生きできるかもしれないぞ」


「く……っ! 〝あと少し〟なのに……!」 


「コケ! コケコケ!?」


 巨大な滝を背に、対峙する勝者と敗者。

 イルヴィアの言葉通り、円卓の標高はかつてローガンに叩き落とされた断崖の倍近い高さがある。

 更に天契機は構造上水没に弱く、これほどの滝壺に落ちれば機体もろとも命を落とすのは確実と言えた。すると――。


「……こんな時になんだが、シータ君に一つお願いがあるのだが」


「ええっ!? い、今ですか!?」


 決断を迫るガレス達を前に、リアンは開放されたままの胸部装甲から、シータがいるであろうイルレアルタの操縦席部分をまっすぐに見つめた。


「……君の命、今この時だけ私に預けてもらいたいのだ。頼めるか?」


「リアンさんに、僕の命を……?」


 これまでになく悲壮な決意を見せるリアンに、シータは一瞬言葉を詰まらせ……しかしすぐに全力で頷いた。


「わかりました……! リアンさんを信じます!!」


「コケ!」


「おいおい、妙な真似はするなよ! 投降する気がないなら、このままここでぶっ殺して――!」


 もはや、言葉にせずとも分かる。


 二人はお互いの覚悟をその一瞬で理解し合うと、イルレアルタとルーアトランの手をしっかりと握り合わせる。そして――。


「待たせたな! これが――!!」


「――僕たちの答えです!!」


 そしてゆっくりと……二人は背後に広がる断崖絶壁に、傷ついた機体と共に身を投げたのだった。


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