光と影


「どうしてあなたが……! あの時、僕は確かにあなたを――!!」


「確かに君の矢は我が愛機を砕き、私自身も大きな深手を負った……だが君は、倒した私の生死を確認することなくあの場を立ち去った。君のその甘さが、私に君との再戦の機会を与えたのだ!!」


 円卓の激突。

 真っ先に突貫したリアンのルーアトランと異なり、シータは即座にイルレアルタを後方に跳躍させ、ガレスの乗る漆黒の天契機と距離を取った。

 

 仇敵であるガレスの戦型はわかっている。


 かつてと機体は異なるものの、リーナスカースの腰部に装備された長剣を見て、シータは〝ガレスとの接近戦は危険〟と判断したのだ。


「私は大恩ある陛下のため、帝国のために君の師を討った。そして今、帝国に仇なす大敵となった君もここで葬り去る!!」


「やれるものなら――!!」


 瞬間。ガレスの操縦に応えたリーナスカースがその眼孔を赤く光らせ、腰から〝極黒の刀身を持つ長剣〟を引き抜く。

 だがシータは構わず、イルレアルタの弓につがえた光芒の一矢を〝リーナスカースの操縦席〟に狙い定めた。


「――やってみろ!!」


 放たれたのは、シータの殺意を凝縮した憎悪の矢。

 いかにシータがいくつもの出会いと経験を得て大局を知ったとしても。

 いかに復讐よりも大きな願いを自覚したとしても。


 やはり許すことは出来ない。


 天涯孤独となったシータに人の優しさと温かさを教え、自然の中で厳しくも力強く生きる術を教えてくれたエオインを――〝最愛の養父〟を奪った相手を許すことなど出来はしない。


 シータの怒りを乗せ、巨大な天契機カイディルすら一瞬にして消し去るほどに威力を増すイルレアルタの矢。

 それは軌道上の木々も大地もなにもかもを消し飛ばし、ガレスもろとも漆黒の天契機を消滅させるかに見えた。しかし――。


「見事だ。君の怒り……しかと受け止めた!!」


「っ!?」


「コケー!?」


 影。


 現れたのは、イルレア星々ルタの光と対極を成す〝無限の影〟。

 直撃不可避と思われたイルレアルタの矢は、リーナスカースが持つ漆黒の長剣から溢れた影に飲み込まれ、跡形もなく消えた。


「これが陛下より賜ったリーナスカー影の王スの剣。君と星砕きを倒すために与えられた、起源種オリジナルの力だ!!」


「起源種……!? じゃあ、あの天契機もイルレアルタと同じ――!!」


「君の怒りは見せて貰った。次は私の誇りと忠義をここに示そう!!」


 イルレアルタの光芒を飲み込み、リーナスカースがその影刃を振り払う。

 それと同時、リーナスカースはルーアトランにも匹敵する加速と共に大地を踏み砕き、一瞬にしてイルレアルタとの距離を詰めにかかる。


「はぁああああああああ――ッ!!」


「コケ! コケコケ!!」


「来る――!」


 それはまさに迫り来る影。

 シータはその狩人としての才覚によってリーナスカースの斬撃をぎりぎりで躱すが、並の乗り手であればこの一刀で屠り去られていただろう。


「あの黒い剣、普通じゃない――!!」


「よくぞ躱した! やはり、これ以上君の成長を許すわけにはいかんな!!」


 刹那、一瞬にして肉薄されたシータは即座に光芒の矢を装填。

 イルレアルタに自らの意志を伝達して〝光の矢を七つに分裂させる〟と、超至近距離からリーナスカースに拡散する光弾を放つ。


「もはやあの夜とは比べものにならぬ腕前だ。ローガン卿やレヴェント卿を破ったというのも頷ける!!」


 だがしかし、至近で放たれた七つの光はまたしても影に飲まれる。

 見れば、リーナスカースの影刃は時に拡大霧散し、時には通常の剣ではありえない形に湾曲、もしくは収束しつつ、ガレスの意志に呼応して変幻自在の太刀筋を見せていた。


「間合いだぞ、星砕き!!」


「まだ――っ!!」


 一度間合いに踏み込んだリーナスカースはイルレアルタを逃がさず、迎撃に放たれた矢を砕きながら横凪ぎ一閃。

 しかしシータは即座に操縦桿を操作。

 機体を後方宙返りの形で回転跳躍させ、鋭い蹴り上げで刃を握るリーナスカースの腕を弾き、再び距離を取ることに成功する。


「逃がさん!!」


 しかしそれを見たガレスは〝意趣返し〟とばかりに刀身から溢れる影を拡大分裂させて振り払うと、距離を取ったイルレアルタ目がけて〝散弾の様に〟叩きつける。


「コケー!?」


「あぐ――っ!」


「先の敗北は我が未熟ゆえ……そして君という戦士の力を知らぬがゆえの不覚! そしてだからこそ、それらを得た私が君に再び敗れることは決して許されん!!」


 黒曜騎士団こくようきしだん団長、ガレス・ダイン・ロースィフト。

 騎士としてはまだ若輩ながら、その天契機操縦の腕は第一席であるルイーズをも上回るとされる希代の乗り手だ。

 そのガレスと対峙し、ここまで戦えているシータもすでに相当の技量に達していることは間違いない。だが――。

 

「強い……! やっぱり、この人はもの凄く強い――!」


 対峙する光と影。


 しかしその戦いは、帝国最強の天契機乗りであるガレスを前に、明確にシータとイルレアルタが劣勢へと追い込まれる形となる。

 シータの目覚ましい成長をもってしても、すでにシータの数十倍以上の経験を積み重ねたガレスとの力量差は、そう簡単に埋められるものではない。


「それでも……っ!! あなただけは、絶対に僕の矢で仕留める!!」


「私は逃げも隠れもしない! 君が私への殺意を高めるというのなら、私はそれを正面から打ち砕くまで!!」


 何度かの激突と交錯の先。


 未だその漆黒の装甲に傷一つないリーナスカースに対し、すでにイルレアルタは無数の裂傷や破損を受けていた。

 致命傷となる一撃は回避しているものの、このままではシータの敗北は必至。


「コケー! コッコッコ!」


「今のままじゃだめだ……っ! 僕の気持ちが乱れてて……だからさっきも、イルレアルタの矢は通じなかった。だったら――!!」


「仕掛けてくるか!!」


 瞬間。シータは操縦桿とレバーを前倒し、ペダルを踏み込んでイルレアルタを天に飛ばす。

 友であるメリクの整備によって解析された超跳躍能力、それを今再び発動したのだ。


「迷うな、恐れるな……!! 僕の気持ちは、全部この矢に乗せればいい!!」


 白雲を眼下に臨む円卓のさらに直上。

 高々と飛翔したイルレアルタの弓に、シータは滾る怒りを静かに、しかし確実に収束させる。


「見てて下さいお師匠! 今度こそ僕は――!!」


「捉えたぞ星砕き……! 私は君が空に逃れる〝この瞬間〟をこそ待っていたのだ!!」


 一閃。


 今まさにイルレアルタの弓から極大の光弾が放たれようとした、その瞬間。

 漆黒の影刃が蒼穹を穿ち、激流の渦を巻いて天に昇った。


「え……っ!?」


 リーナスカースは今も円卓に立ったまま。

 しかしその手に握る影刃は、はるか頭上のイルレアルタめがけて〝加速延伸〟。

 上空で矢を構えるイルレアルタの右腕を、ねじ切るように粉砕した。


「そんな……!? 影がここまで届くなんて……っ!」


「外したか……! だがその腕ではもう矢を射ることはできまい! さあ……決着をつけさせてもらうぞ!!」


 破壊された右腕の炸裂に、振動する操縦席。

 シータはそれでも必死に操縦桿を握りしめるが、傷ついたイルレアルタはシータの操縦に応えることができない。



〝いいかシータ君。たとえ誰が相手だろうと、絶対に熱くなってはいけないぞ。君はもう一人じゃない……この先で何があろうと、私は必ず君の傍にいる。それを忘れないでくれ〟



 突きつけられたのは、決定的な敗北。


 目の前に広がる現実に、シータはリアンの自分を案じる声と、その言葉に込められた彼女の深い思いをようやく理解する。


「リアン、さん……っ」


 後悔と絶望を胸に抱き、シータは右腕を失って大きく体勢を崩したイルレアルタと共に、眼下の円卓へと墜ちていった――。



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