謀略を越えて
「砂漠が燃えてる……っ」
「コケ! コケーー!」
夜の王都上空。
一度高度を上げたトーンライディールから見えるのは、赤く燃える東の空。
マアトのクーデターと時を同じくして開始された帝国軍の侵攻。
そのあまりにも迅速な攻撃は、この場で起きた全てが帝国軍の緻密な戦略であったことを示していた。
「きっと、私たちがセトリスに来るずっと前からこの計画は進行していたはず。帝国軍の強さは、武力だけじゃないということね……」
「とにかく、今はどうやってこの状況を切り抜けるかだ! 帝国軍は私たちが生きていることを知らないはず……ならば、まだ私たちにも勝機はあるはずだ!!」
「事前の情報によれば、〝帝国軍が保有する
セトゥから流れ落ちる火の川から王都までは、早馬であれば半刻程度の距離しかない。
度々打ち上がる信号弾や戦場の炸裂から、ラファム将軍が守るバーリバン砦は健在のようだが、指揮権が混乱した状態で支援がなければ早々に壊滅するだろう。
「カール船長の仰る通りです。
「ならば私たちの相手は帝国軍だ! すぐに――」
メリクの安全が確保された以上、マアトのクーデターは未然に防がれた。
セトリスの王権は安全だと判断した独立騎士団は、帝国との決戦に舵を切ろうとした。だが、その時――。
「待って下さい! お城から何か出てきます!!」
「あれは……天契機か!?」
その時、セトリス王城の分厚い岩壁の向こうから巨大な影が立ち上がる。
それは、美しい金と青の装甲を持つ異形の天契機だった。
「〝
現れた異形の天契機。
それはラーステラと呼ばれるセトリス最強の機体であり、王族しか乗ることを許されぬ王権の証。
イルレアルタよりも二回りは大きい巨体に円錐状の太い両足を持ち、同じく巨大な両腕からは、金属製の多条鞭をだらりと垂れ下げている。
燃えさかる炎の光を受け、王城の壁面を悠々と打ち崩して進むラーステラの姿は、まさに王が乗るにふさわしい威厳と畏怖に満ちていた。
「ククク……私の声が聞こえますかな、メリク様」
「マアト!?」
燃えさかる炎の中を進むラーステラから、マアトの声が響く。
「いかにも……ご覧の通り、セトリス王の証たるラーステラはこのマアトの物となりました」
「なぜだマアト!! なぜ
レンシアラ製の天契機は、操縦する前に搭乗者を固定する〝契約〟という手順を踏む必要がある。
契約の方法は機体ごとに異なっており、それら天契機との〝契約方法を秘匿する〟ことで、権力者たちは古来より天契機乗りという巨大な力を持つ個人を権威の制御下に置いてきた。
「ラーステラの契約方法は血そのもの……我が王家の血を引く者でなければ、操縦席に乗ることすら出来ぬはず……――まさか!?」
「その〝まさか〟ですよメリク様……王家の血なら、〝このマアトにも流れております〟。こうしてラーステラを扱えることこそ、その何よりの証!!」
叫び、マアトはラーステラの太い腕を振り上げると、そのまま一切の躊躇無く王城の尖塔を叩き潰す。
「そしてそれこそが、私が貴方がた偽りの王家に反旗を翻した理由!! 今こそ我が身に流れる正当な王家を蘇らせ、偽りに満ちたセトリスを建て直す時なのですよ!!」
「マアトも王家の血を……しかし父上は、我にそのようなことはなにも……っ!!」
崩落と共に炎上する王城。
マアトは憎悪に満ちた声を上げ、かつての主君であるメリクと進退窮まる独立騎士団に決断を迫る。
「さあどうされますかなメリク様! そしてエリンディアのお客人がた!! 皆様が帝国軍の迎撃に向かうというのであれば、私はこのラーステラで都を火の海に変えてご覧に入れましょう!! それが嫌ならば、大人しく我らの軍門に降ることです!!」
「そんな! マアトさんだって、この国のみんなのためにずっと頑張ってきたんじゃないんですか!?」
「人質を取るなんて、あまりにも卑怯すぎるぞ!!」
「偽りの王家を崇める民など不要! 愚かな民の血で穢れたセトリスを洗い流せるのならば、むしろ好都合と言えましょう!!」
「マアト……っ! 其方は、本当にそのような……!!」
「…………」
迫る帝国軍と、都を人質に取るマアト。
どちらも見過ごすことはできず、どちらの道を選んでも待ち受けるのは絶対的な死地。
今この時、エリンディア独立騎士団は設立以来初にして最大の窮地を迎えていた。
「――カール船長、よろしいですか?」
「私で良ければなんなりと。外交官殿」
「一つだけ……ソーリーン様から教えられた策とも呼べない考えがあります。シータさんとリアンも、一緒に話を聞いて貰える?」
「はいっ!」
「コケ!」
「もちろんだ! なんでも言ってくれ!!」
ニアは決意を秘めた眼差しでシータとリアンにそう伝え、歴戦の経験を持つカールに改めて自らの考えを述べた。そして――。
「――トーンライディールを東へ! 私たちは、帝国軍の迎撃に向かいます!!」
――――――
――――
――
「……エリンディアは都を見捨てるか。この私に、〝祖国を焼き払う覚悟などない〟とでも思ったか?」
ラーステラの操縦席内部。
崩れる王城を背に、火の川へと船首を向けるトーンライディールを見てマアトが呟く。
「ならば見るがいい……! 私の覚悟が、決して偽りなどではないということを!!」
叫びと共に、マアトの操縦を受けたラーステラの巨体が雷鳴にも似た咆哮を上げて前進を開始する。だが――。
「あれは……?」
だがその瞬間。離れていくトーンライディールの船底が開放され、一つの黒い影が王都上空にその身を躍らせる。
そしてそれと同時。前進を開始したラーステラの肩口を、一条の閃光が鋭く射貫いた。
「ぐうッ!?」
放たれた光芒はラーステラの分厚い装甲に弾かれて虚空へと消えたが、直撃の衝撃は巨体を大きく揺さぶる。
そしてその隙をつき、舞い降りた影はまず王城の外れへと降下。
一度〝その身を石壁の向こうに隠す〟と、数拍後に跳躍。
流麗かつ俊敏な機動でラーステラの前に着地した。
「コケーー! コッコッコ!!」
「もうやめてください! あなたにどんな理由があったとしても……それで街の人たちを傷つけるなんて、絶対に間違ってます!!」
「星砕き……! まさか、単機でここに残ったというのか」
現れた光芒の主。
それは褐色のケープをはためかせ、閃光の矢を弓につがえた天契機――イルレアルタ。
独立騎士団はイルレアルタとシータに都の命運を委ね、残された戦力で帝国との決戦に向かったのだ。
「ふん……いかに星砕きが
「この街も、ここに住んでいる大勢の人たちも……それに〝マアトさんだって〟! 全部……メリクの大切なものなんですよっ!! それをあなたが壊すっていうのなら――!!」
瞬間。イルレアルタの眼孔に青い閃光が明滅し、構えた長弓に内蔵された〝四つの反射水晶炉〟に火が入る。
褐色のケープがシータの怒りに呼応するかのようにざわめき、イルレアルタを包む周囲の大気が戦慄と共に渦を巻いた。
「僕が、あなたを撃つ――!!」
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