弟子の意味


「コケコッコーーーー!!」


 それはまさに一瞬の出来事。

 シータが倒れ、摂政せっしょうのマアトがメリクに玉座を譲るよう迫ったその瞬間。

 絶望の闇を切り裂くかのように、白い翼が舞い降りた。


「ナナ!!」


「コケーー!!」


「なに!?」


 刹那、マアトの毒によって死したはずのシータが弾かれるように跳ね起き、現れたナナが両足に吊るしていたトネリコの弓と矢筒を掴み取る。

 そしてマアトが驚愕の呻きを漏らすよりも早く、シータの矢はメリクを捕縛しようとしていた兵士たちの腕を射貫いていた。


「な、なぜ生きて――」


「はぁあああああああああ――!!」


 その場において、シータとそれ以外の者とではもはや〝流れる時の速さ〟が違った。


 一瞬にしてメリクの安全を確保したシータは、雷光のような素早さでマアトが率いる十名ほどの兵の群に突貫。

 共に受け取った愛用のナイフを即座に構え、駆け抜けると同時に光刃一閃。

 反逆の兵たちは苦悶の声も出せず、鮮血を吹き出し倒れる。


 そもそも、シータの師であるエオインは、イルレアルタなど関係なく大陸最強の弓使いとして名を馳せた戦士だ。

 エオインの全てを受け継いだ弟子であるシータもまた、戦士としての技量だけならばすでに〝大陸屈指の域〟にある。

 

 シータを個人の武によって打ち倒す。


 その一点においては、彼がイルレアルタに乗っている時よりも、一人の狩人として生身で立っている時の方が遙かに困難なのだ。


「ちょ、ちょっとちょっとちょっと!」


「っ……!」


 瞬く間に全ての兵を無力化したシータは、反逆者マアトの眼前に迫る。

 だがその刃を、マアトの横に控えていた〝最後の一人〟が二刀の短剣で受け止めた。


「じょ、冗談でしょ……? この子がこんな化け物だったなんて、ぜんっぜん聞いてないんですけど!?」


「なーっはっはっは! 私も初めてシータ君と手合わせした時は本当にびっくりした! エリンディア最強の騎士である私が、シータ君には手も足も出なかったのだからな!!」


「貴方たちはずっと私たちのことを調べていたみたいだけど……さすがに〝シータさんの強さ〟までは想定外だったようね」


 シータの刃が止まると同時。

 その隙に起き上がっていたリアンとニアもまた、一人立ち尽くすメリクを庇うようにマアトと対峙する。


「な、なぜだ……? なぜ死んでいない!? お前たちはたしかに私の毒を……!」


「それもシータ君のおかげだ! なんでもシータ君は、毒の匂いにも敏感らしくてな」


「だから事前にセトリスで入手可能な毒物を集めて、その香りをシータさんに覚えてもらったの。私やリアンにはさっぱりだったけれど……シータさんは、本当に全ての毒を完璧に嗅ぎ分けられたから」


「ば、馬鹿な……」


 恐るべきは、シータの狩人としての力量。

 たった一人の少年の力を見誤ったことで、マアトのクーデター計画は完全に瓦解したのだ。だが――。


「チッ……だからって、今さら計画は変えられないんですよ!」


「くっ!」


 独立騎士団暗殺とセトリス中枢の掌握。


 その双方を潰されたと見た最後の兵士が、つばぜり合うシータを弾き飛ばして顔を覆うローブを取り去る。

 現れたのは、長い黒髪をなびかせた〝明らかにセトリス人ではない女性〟――緑宝騎士団りょくほうきしだん副官のナズリンであった。


「ほらほら! マアトさんも驚いてないで、さっさと逃げますよ!!」


「わ、わかっておる!!」


「待て――!!」


 鬼気迫るシータの猛攻をなんとかやり過ごしたナズリンは、立ち尽くすマアトを庇いながら王城の奥へと逃れようとする。

 だがそんな二人を、それまで何も言えずに黙っていた国王メリクの声が制した。


「教えてくれマアトよ……! なぜこのようなことをした……!? もしや、帝国の密偵らしきその者に脅されておるのではあるまいな!? ならば……!」


「メリク様……」


 それは今にも泣き出しそうな。

 親に捨てられた幼子が発するような、願いにも似た問いだった。

 一瞬、そのメリクの姿を見たマアトの瞳に深い悲しみの色が浮かぶ。しかし――。


「ふ、ふはははは……! この期に及んで何を言うかと思えば……その甘さ、やはりメリク様は王として不適! そのような甘さで、どうして帝国からセトリスを守ることができましょう!!」


「マアト!!」


「いいでしょう……まだ現実を受け入れられぬというのなら、今からご覧にいれましょう! この私が王となり、より強大になったセトリスを!!」


「じゃ、そういうことで!!」


 藁をも掴むようなメリクの願いは、マアトの高笑いによって砕かれる。

 同時に、ナズリンは取り出した炸裂弾を着火。

 地面に叩きつけて追撃を防ぐと、そのままマアトを連れて王城へと走り去っていく。


「そんな……どうして……っ」


「メリク……」


「シータ……我は、我は……っ!」


 お互いの無事を喜ぶこともできず、シータは茫然自失となったメリクの肩にそっと手を添えた。


「――どうやら、皆様ご無事のようですな」


 そしてその時。

 マアトの逃走から僅かに遅れ、宴が行われていた屋外会場の上空に巨大な影が現れる。

 そこでは着底ぎりぎりまで降下したトーンライディールの船底が開放され、乗船用のロープがシータたちに向かって垂れ下げられていた。


「カール船長! そちらは大丈夫だったのか!?」


「こちらも色々とありましたが……まあ、適当にあしらっておきました。ひとまず今は乗船を。状況は急を要します」


「こっちだよ狩人君! リアンさんも早くルーアトランに乗って! 急がないと、〝帝国が来る〟!!」

 

「帝国って……どういうことですか、マクハンマーさん!?」


 船底から身を乗り出して呼び掛けるマクハンマーに応えながら、シータたちはメリクと共に昇降ロープに掴まった。


「さっき、僕たちが空に上がった時に信号弾が見えたんだ! 火の川が突破された……帝国軍の総攻撃が始まったんだよ!!」 

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