王都決戦
開演の宴
「よし! ひとまずはこれで良かろう!!」
「わぁ……!」
「コケー!」
独立騎士団がセトリスに到着して十日目の朝。
夜を徹して行われたイルレアルタの修復作業は、メリクらの整備によって完了の時を迎えていた。
マクハンマーにも解析できなかった灰色の装甲も、セトリスで産出する特殊な金属によって元通りとなった。
摩耗が蓄積していた細かなパーツ類についても、代替可能な部位は全て新造品に交換されている。
「イルレアルタって、本当はこんなに綺麗だったんだ……」
「聞けばエオインは、星砕きを森の奥で動かしもせずに隠しておったのだろう? むしろ、よくそのような扱いで今日まで戦えたものよ……」
くすんだ埃と煤を払い、数多の古傷を癒やしたイルレアルタの流麗な立ち姿は、幾つもの星の光を宿した夜空にも似ていた。
シータとメリクは作業を終えた整備士たちと共に、在りし日の姿を取り戻した星砕きの勇姿を見上げる。
「とはいえ、いかに我らでも
「はい! イルレアルタを直してくれた皆さんのためにも……絶対に大切にします」
力になってくれたセトリスの人々のため。
そしてイルレアルタを託してくれた師のために。
シータはより重くなった乗り手としての責任を正面から受け止め、メリクの言葉に力強く頷いた。
「よろしい! ならばシータにもこれを渡しておこう」
するとメリクは、幾重にも丸められた真新しい巻物の束をシータに手渡す。
「これは?」
「これは我らで解析したイルレアルタの構造をまとめたものでの。すでにマクハンマーにも渡しておる。これで今後は、セトリスにおらずともある程度の整備は出来るようになるであろう」
「そんなことまで……」
「なーに、そう大したことではない! エリンディアとセトリスは共に帝国と戦う同志だ。このくらいはして当たり前である! それになにより――」
もはや言葉にも出来ないほどの感謝を抱えたシータの肩を、メリクはその褐色の両腕で熱く抱きしめた。
「――
「うん……僕もとっても楽しかった」
「シータのお陰で、父上の死と王としての無力に苛まれていた我の心は大いに明るくなった……本当に、感謝しておる」
「…………」
メリクの告げる感謝の言葉に、しかしシータは今もどこかでこの様子を見ているであろう裏切り者の存在に思いを巡らせる。
そして自分のことを大切な友と呼び、支えてくれるメリクを窮地に追いやる〝敵〟に激しい怒りを覚えた。そして――。
「約束する……メリクのことは、僕とイルレアルタが絶対に守る。メリクは、僕の大切な友だちなんだから……!」
――――――
――――
――
「――ようこそお越し下さいました。本日は、先の戦勝を祝う宴の席をご用意しております。未だ戦時のためささやかではありますが、どうぞお楽しみ下さいませ」
「ありがとう! そうさせていただく!」
「お招きに預かり光栄です、マアト様」
イルレアルタの修復を終えた日の夜。
ちょうど先の火山帯での勝利から〝三日後〟のこと。
エリンディア独立騎士団の主要メンバーであるシータ、リアン、そしてニアの三名は戦勝祝いの晩餐に招かれていた。
「よくぞ参った、エリンディアの勇者たちよ! 其方らがセトリスを訪れてから今日まで、ろくにもてなすこともできず心苦しく思っておったところだ。今宵はひとまず戦を忘れ、心躍る一時を楽しもうではないか!」
「す、すごいご馳走ですね……」
「むむぅ……なんとも圧倒されるな。あまりにも凄すぎて、私の眠気も吹っ飛ぶほどだ!」
「本来なら、この場でラファムの功も共にねぎらうつもりだったのだが……ラファムは、バーリバン砦の修繕を進めてくれおってのう」
雲一つない星空の下。
燃える篝火と石柱に囲まれた屋外の宴。
王城から見渡す広大なセトリスの街明かりは美しく、そびえ立つ守護山セトゥの火口は今も赤く輝いていた。
「先の戦いでは、辛くも其方らのお陰で勝利することが出来た。しかし帝国との戦いはこれからも続くのだ……天帝戦争で帝国と共に戦った父上も、此度の侵略には心を痛めておった……」
戦のことはひとまず忘れよとメリクは言ったが、それは到底無理な話だ。
セトリスの美しい楽曲の音色と共に語られるのは、やはり帝国との戦いについての話題ばかりだった。
「メリクのお父さんも、お師匠や女王様と一緒にレンシアラと戦ったんですよね」
「うむ……しかし共に戦った仲間である我らを、
「…………」
シータは寂しさを宿すメリクの横顔に沈痛な面持ちで見つめながら、〝葡萄水〟の注がれた黄金の杯を手に取った。すると――。
「……っ」
「そういえばナナの姿が見えんな? 今宵はナナにも極上のうさぎ肉を用意させたのだが……」
「あ、いえ……ナナは、少し喉を痛めたみたいで……」
「なんと!? だがたしかに、あのようにコケコケと鳴いていては喉の負担も大きいであろうからな。後でセトリスの動物医に診て貰うとよいぞ!」
「……ありがとうございます。そうしますね」
メリクの言葉に頷きながら、シータはそっとテーブルの上を二回……音も立てずにとんとんと叩く。
そして両隣に座るリアンとニアに目配せをした後、手に持った杯にゆっくりと口をつけた。
「おっと……いかんいかん。つい話がしんみりとしてしまったのう。料理はまだ山ほどあるゆえ、遠慮せず――」
瞬間。杯に口をつけたシータが突然席から崩れ落ち、冷たい石の床に倒れる。
それと同時、共に豪勢な料理を楽しんでいたリアンとニアもまた、突如としてテーブルの上に力なく突っ伏したのだ。
「な……シータ!? どうしたのだ!? 誰か……すぐに医者をここへ!!」
「――なりませぬ、陛下」
「っ!?」
倒れた三人を前に混乱したメリクは、しかしそこで何者かの声に制された。
「どうかご抵抗なさいますな……エリンディアの者たちとは違い、我らにメリク様を害する意志はありませぬ」
振り向いたメリクの瞳が、驚きに見開かれる。
そこでは、メリクが誰よりも信じる育ての親にして
「エリンディアの方々には混合毒を用いました。苦しむこともなく、心安らかに冥界へと旅立ったことでしょう」
「ど、毒だと……? マアト……其方……な、何を言っているのだ……?」
「今この時より、セトリスの王はこのマアトが務めさせて頂きます。メリク様の身の安全は保証致しますゆえ、全てが終わるまでは牢で大人しくして頂きますぞ」
それは、あまりにも残酷な光景だった。
信じがたい現実を前に絶望するメリクと、暗い笑みを浮かべるマアト。
シータを目の前で殺され、信じていた者に裏切られたメリクの心は、まさに砕け散る寸前まで追い込まれていた。だが――。
「コケコッコーーーー!!」
「っ!?」
「ニワトリだと!?」
だがその時。
絶望に包まれた闇を切り裂き、雄鶏の鳴き声が星空の下に響いた――。
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