渦中の決意


「ふむ……穿火車せんかしゃの装甲はなんの役にも立たず、射程距離に至ってはこちらの視界を優に越えているだと? まったく……どこまでこの私を苛立たせれば気が済むというのかね」


「そう言われても……星砕きが出てきたら〝すぐに逃げる手筈〟だったのに、それでもこの損害なんですよ?」


「必要な出費という奴だよナズリン君。相手の正しい脅威度がわからぬままに事を進めれば、必ず足元をすくわれる。これで星砕きの性能のおおよそは把握出来た。その上こちらの進軍を囮に、〝セトリス城内への工作〟も済ませることが出来たのだからね」


 帝国軍、緑宝騎士団りょくほうきしだん本営。


 陽が落ち、日中とは打って変わった寒さに覆われた砂丘の上。

 団長のレヴェントと副官のナズリンは、イルレアルタの攻撃からなんとか逃げ延びたラシュドゥーム……穿火車の前で、部下からの報告を受けていた。


「それで、結局星砕きはどうするんです? こっちの天契機カイディルにあれをなんとか出来そうなのっていませんけど」


「口惜しいが〝諦める〟しかなかろうよ。ただでさえ渡河困難な火の川を越えながら、同時に星砕きの矢も防ぐ……そのような芸当は、どこの騎士団だろうと不可能だ」


「ええっ? じゃあもう帝国に帰ってもいいんですか?」


「アホかね君はッ!? 私は〝星砕きと戦うことを諦めた〟と言ったのだよ! たとえ星砕きが化け物じみた強さだろうと、セトリス攻略は必ず達成する! 何を勘違いしておるのだね!!」


「そりゃそうですよね……」


 イルレアルタが持つ驚異的な力。

 先んじてエリンディア軍の到来を把握していたレヴェントは、手持ちの穿火車を囮にしてまでその性能を計っていた。


 敗北も全ては計算の内。


 事実、あの戦いでセトリスは飛翔船を利用した強襲策を自ら放棄し、砂漠のような平地戦で最大の脅威となるイルレアルタの力を早々に晒すことになった。


「星砕きとは戦わん。ガレスは忌々しい青二才ではあるが、天契機戦の腕は本物だ。そのガレスが敗れた化け物相手に、どうしてわざわざ私が立ち向かわねばならないのかね?」


「私も絶対に嫌ですね」


「それにだ、ナズリン君。古来より戦争というものは、天契機の性能差だけで決まるものではないのだよ。すぐにセトリスにいる〝あの男〟に伝令を送りたまえ。〝かねてよりの計画〟は予定通り三日後に実行に移すと! そして――」

 

 そこでレヴェントはナズリンが持つ資料を掴み取り、にんまりと笑みを浮かべて自らのあご髭をさする。


「――そしてもう一つ。星砕きを動かしているこのシータとかいう少年。彼さえいなければ、星砕きなどそこらの置物となにも変わらん。念には念をという言葉もある……私の言いたいことはわかるね、ナズリン君?」


「はぁ……子供ですか。気乗りしないなぁ……」



 ――――――

 ――――

 ――



「――というわけで、今後はセトリス領においても油断は禁物です。出歩く際は必ず複数人で出歩き、可能であれば護身用の武器類を携帯した方が良いでしょう」


「セトリスに裏切り者か……しかし言われてみれば、私もここに来てからずっと妙な視線を感じていてな。そのせいか、シータ君がいなければ道ばたでのんびり眠ることも出来ん!」


「それは普段から止めた方がいいと思うんです……」


「コケコケ」


 ほぼ同時刻。

 夜空に輝く月に照らされたトーンライディール船内。


 船長であるカールの召集を受けた独立騎士団の面々は、セトリス内部に潜む密通者の可能性に神妙な面持ちを浮かべていた。


「リアンが感じた帝国軍の違和感も、最初から私たちが来るのを知っていたなら説明がつきます。くやしい……全然気付けなかった……っ!」


「まあまあ、今は悔やんでも仕方ありません。むしろここからは、〝我々が監視に気付いたことを悟られない〟ようにすることで、敵の裏をかけるやもしれません。今度こそ腕の見せ所ですよ、外交官殿」


「その通り! 私が普段安心してすやすや眠れるのも、面倒な考え事は全てニアがやってくれているからだ! いつもありがとう!!」


 監視の可能性に思い至らず歯がみするニアに、カールとリアンは普段と変わらぬ調子で激を送る。


「でも裏切りだなんて、一体誰がそんなことを……」


「特定は出来ませんが、〝相当の地位についている者〟であることは間違いないでしょうな。二ヶ月前に亡くなったセトリスの先王陛下も、巷では何者かに暗殺されたとの見方が大勢のようでしたから」


「暗殺って……! なら、このままじゃメリクも!?」


「コケ!?」


 王の暗殺。

 

 すでに無二の友となったメリクが害されるかもしれないという最悪の想定に、シータは一瞬にして隣のリアンが驚く程の殺気と怒気を放つ。


「落ち着けシータ君! 君の気持ちはわかるが、そのように殺気立っては誰から見ても怪しまれてしまうぞ!」


「っ……! す、すみません……」 


 その怒気は、大切な縄張りを荒らされた野生動物のようだった。

 リアンにたしなめられたシータは、しかしそれでも拳を握りしめ、ぎりと奥歯を食いしばって激情を必死に抑えていた。


「シータさんの心配も当然だと思う。だけどここはエリンディアじゃない……私たちに出来ることは多くないの。そして恐らく、状況は私たちが考えているよりも〝ずっと悪い〟……」


「もちろん、我々も可能な限りの手は打つつもりですがね。そして……シータ君が陛下を守りたいと思うのなら、なにがあっても必ず守ると覚悟を決めることだ。きっと、その気持ちがいざという時の助けになる」


「守る覚悟……」


 カールの言葉を受けたシータははっとなって前を向き、目の前で最愛の師を奪われたあの日の辛さを想起する。そして――。


「わかりました……! なら、僕にもなにか出来ることはありませんか!? メリクだけじゃない……僕は、僕の大切な人みんなを守りたいんです!!」


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