忍び寄る権謀


「なぜですか摂政せっしょう殿! なぜこの勝利に乗じて攻勢に出てはいけないのですか!?」


 セトリス王城、謁見の前。

 イルレアルタの活躍により華々しい勝利を手に帰還した将軍ラファムは、しかしそこで困惑の声を上げていた。


「此度の勝利、それは良い。お主の手腕も、エリンディアの皆様の働きにも疑いの余地はない……しかしラファムよ、我らは先王様を失ったばかりで幼いメリク様を守るのも覚束おぼつかぬ。勝利に乗じるというのなら、まずは内治に全力を注ぐべきではないか?」


「しかし! そうしている間にも帝国は軍を立て直し、再び火の川を渡ろうとするでしょう。内治の重要性は承知していますが、まずは国を脅かす脅威を排除すべきです!」


 これはいかなることか。

 帝国との戦いにおいて大勝した直後にも関わらず、摂政マアトはラファムの攻勢策を再び退けたのだ。


「マアトよ……其方そなたがセトリスを心配する気持ちはわかるが、我もラファムの意見に賛成だ。エリンディアの友がセトリスに留まってくれている間に、全力で帝国軍を打ち破るべきであろう!」


「なりませぬメリク様! 私はメリク様がこの世に生を受けるより前から、この国と王家に忠誠を誓って参りました。その私にとって、先王様をお守り出来なかったことはこの命を持っても償いきれぬ咎……この上さらに幼いメリク様になにかあれば、私は……」


「マアト……」


 結局、双方の意見は平行線のまま。

 涙を浮かべてメリクの身を案じるマアトの懇願に、メリクとラファムはそれ以上言葉を発せなかった――。



 ――――――

 ――――

 ――



「今回はナナに伝令をお願いしたんです。僕はナナの言いたいことがわかるし、ナナも僕たちの言葉はちゃんとわかってくれますから」


「コケーー! コケコケ!」


「はっはっは! そうかそうか、此度のいくさはナナも大活躍だったのだな。さすがはシータの相棒だ!」


 凱旋の報告を終え。

 所は再びイルレアルタの整備場へ。


 勝利したとは言え、いまだ整備もままならない状態で稼働させたイルレアルタに、メリクらセトリスの整備士たちは今度こそ本格的な修復作業に取りかかっていた。


「その……僕には、戦いのことはよくわからないんですけど……どうしてマアトさんは、あそこまでメリクに反対するんですか?」


「マアトは、我の育ての親のようなものなのだ。マアトは多忙だった父上に代わり、いつも幼い我の相手をしてくれておった。天契機カイディルの整備も、初めはマアトに教えて貰ってのう……」


「育ての親……だからあんなに……」


 シータと共にイルレアルタの整備を続けるかたわら。

 メリクは自身を案じるマアトの想いになんとも言えぬ表情を浮かべる。


「だがマアトが我を案じてくれるように、我もこの国と皆を守りたいと思っておる……そのためには、やはり一刻も早く帝国は退けなければなるまい」


 傷ついた装甲を外され、昇華弦しょうかつる天霊樹てんれいじゅのフレームが剥き出しになったイルレアルタ。

 シータと話している間にも、メリクは見事な知識と手腕で整備士たちに指示を与え、イルレアルタの整備を進めていく。


「古の時代より、セトリスは唯一レンシアラと対等な関係を結んでおった国でのう。天契機に関する知識も、ある程度はレンシアラから供与されておった。もちろん、自力で天契機を建造できるほどではなかったがの」


「そうだったんですね」


起源種オリジナルの天契機についても、レンシアラから伝わった書物に書かれていての。それによると、そもそもレンシアラは大昔に滅んだ〝フェアロスト〟とかいう超文明の末裔なのだそうだ。起源種というのは、その〝超文明時代に作られた天契機の生き残り〟のことを指す……たとえば、〝これ〟などがわかりやすいかのう」


 そこでメリクはシータを手招きすると、イルレアルタの操縦席へと二人で乗り込む。

 そしておもむろに座席を動かすと、そこにある真鍮製のプレートを手際よく外した。すると――。


「これって……水晶炉ですか?」


「似ているが違うな。恐らく、これは〝イルレアルタとシータを更に深く繋ぐ〟ためのもの……このような仕組みは、レンシアラの天契機でもお目にはかかれん」


「僕とイルレアルタを、深く繋ぐ……」


 そこには、人の頭部ほどの大きさの水晶が同じく真鍮製の台座に収められ、操縦の際にシータがかぶるヘルメットへと続くケーブルと接続されていた。


「うむ。どうも星砕きの弓に備わる小型の水晶炉と、この水晶は密接に繋がっているようなのだ。これを利用して……たとえば、乗り手の意志に反応して矢の威力が上昇するような機能を持たせているのやも……シータには心当たりがあるのではないか?」


「そういえば……」


 メリクの話に、シータはこれまでの戦いで何度となく自分が無意識にその力を行使していたことに気付く。

 

 ガレスのクロハドルハを一撃で消し飛ばした時も。

 エリンディアで帝国の飛翔船を沈めた時も。

 そして先ほどラシュドゥームの群を射貫いた時も。


 シータが心静かに獲物への狙いを定め、射貫く意志を強固にした時。

 イルレアルタの矢はその意志に応え、あらゆる敵を打ち砕いてきた。


「けどそれなら、もし僕の心が乱れたり焦ったりしていたら……」


「矢の威力も下がる……かもしれんな。我は乗り手ではないからはっきりしたことは言えん。すまんのう……」


「そんな! メリクのおかげで、僕も次はもっとイルレアルタを上手に動かせる気がする……本当にありがとう、メリク」


「コケ!」


 無意識に出来ていたことでも、意識して使いこなせば雲泥の差が生まれるもの。

 メリクと共に愛機の持つ〝真の力の一端〟を理解したシータは、より多くの学びを得るために起こした行動が、決して間違っていないという手応えを感じていた。だが――。


「あー……お忙しいところ失礼。少々よろしいですかな、陛下」


「ほむ?」


「この声……カール船長?」


 だがその時。

 二人のいる操縦席のはるか下の方から、トーンライディールの船長であるカールのくたびれた声が響いた。


「どうしてカール船長がこんなところに?」


「実は少しばかりシータ君に用がありましてな。よろしければ、陛下のお許しを得てシータ君をお借り出来ないかと思いましてね」


「おお、もちろん良いぞ! 我の方こそ、いつもシータを連れ回してすまなかったのう!」


「わかりました。じゃあ、ちょっと行ってきます」


 突然の呼び出しに、シータは軽快な身のこなしで操縦席から伸びるロープを掴み、イルレアルタの足元まで降下する。


「それで、どんな御用ですか?」


「突然申し訳なかったね。まあ、特に大事件ってわけじゃないから」


 カールはシータをそれとなく耳目から遠ざけると、のんびりとした様子のまま、何気ない様子で物陰へと入る。


「えーっと……」


「……失礼。どうか落ち着いて、いつも通りのシータ君……という感じのまま聞いて頂けますかな?」


 カールはシータを落ち着かせるように柔らかな笑みを浮かべると、顔色一つ変えぬまま次の言葉をシータに告げた。


「……我々は監視されています。すでにトーンライディール周辺でも、帝国の手の者と見られる不審な動きを確認しました」


「え?」


「しかしここは他ならぬセトリスの王都です。帝国が紛れ込ませた密偵と考えるには、監視の規模があまりにも広すぎます。恐らくは、セトリス内部に〝帝国と通じる者がいる〟と考えるのが妥当でしょうな」


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