燃える砂漠
黄金の砂漠が燃える。
雲一つない夜空。
輝く月光と炎の光に照らされた二機の
「コケ! コケ!」
「さっきは弾かれた――だけど!」
瓦礫と炎に紛れ、イルレアルタが駆ける。
シータはペダルを踏み込み、崩れた城壁を遮蔽にしながら閃光の矢をラーステラに次々と放つ。
「愚かなり星砕き! お前の貧弱な攻撃など、我がラーステラには蚊ほども効かぬわ!!」
「この距離でも通らない……!」
だが放たれた矢はラーステラの分厚い装甲によって弾かれ、傷一つつけられずに霧散する。
かつて、レンシアラが用いた天契機の種別において、ラーステラは
機体内部に複数の水晶炉を搭載する重天契機は、巨体ゆえに回避性能には劣るものの、強固な装甲と高威力の武装を備え、その脅威度は標準的な天契機を明確に上回る。
「そして受けるがいい! これぞラーステラだけが持つ王の兵器――〝
「……っ!?」
マアトの叫びと同時、ラーステラの背面から肩にかけての装甲が大きく展開。
両肩に二つの巨大な砲が姿を現し、次の瞬間には強烈な炎の渦をイルレアルタ目がけて叩き込む。
「コケーーッ!?」
「速い――!!」
放たれた灼熱。
しかしそれはただの火炎放射ではない。
背面部から吸引された大気は、機体内部で特殊な金属片と混ぜ合わせた上で圧縮着火。
強烈な突風の渦と共に二門の砲塔から放たれた〝質量を持つ炎〟は、鋭い指向性と速度を持つ灼熱の槍となって敵対者を焼き貫く。
「どうだ星砕き! 我がセトリスは、古の時代よりレンシアラから特別な厚遇を受けてきた……そしてこのラーステラこそ、両国の友好の証として建造された〝王のための天契機〟なのだ!!」
まるで大蛇のようにのたうち迫る火炎砲。
たとえ回避されても着弾点で激しく炎上し続けるそれは、確実にイルレアルタの逃走経路を奪っていく。
それでもシータは一瞬も操縦を止めずに距離を離し、あるいは近づけ、遮蔽を利用して必死に炎をやり過ごす。
対するラーステラは太い足を地面に貼り付け、〝その場で上半身だけをぐるぐると旋回させて〟、多条鞭と火炎砲による波状攻撃を繰り返す。
ラーステラの動きは巧みな操縦とは程遠かったが、その単純かつ圧倒的な制圧力は、装甲に劣るイルレアルタにとって全てが致命傷となり得る脅威だった。
「王家の守護神として建造されたラーステラに、熟練の操縦技術など不要!! 王とはただそこに在り、下郎を無慈悲に焼き尽くす……それだけでよいのだ!!」
「コケーー! コケコケ!」
「わかってる……! この天契機、本当に強い……!」
火力と装甲。
天契機同士の戦闘において、最も重要な二つの要素で圧倒的性能を持つラーステラ。
一方のイルレアルタは、セトリス市街への被害を避けるため得意の超遠距離戦を取ることが出来ない。
迫る業火の渦。
そしてその炎を切り裂いて迫る多条鞭。
恐るべき猛攻を前に、しかし操縦席に座るシータは苛烈な攻撃をまっすぐに見据えつつ、落ち着いてその心を研ぎ澄ませていく。
(焦るな……! 怯えるな……! 僕の弱気は、全部イルレアルタに伝わってる……! そんな弓じゃ、こいつは仕留められない!!)
見つめるのは、狙い定めた矢の先だけ。
エオインが最後に残した教えを胸に、シータは眼前に迫る死の恐怖を抑え、じっとりと汗ばんだ手で操縦桿を握る。
(お師匠だけじゃない……! メリクは僕のために、イルレアルタのことを頑張って調べてくれた……他のみんなも、僕が壊したイルレアルタをこんなに動くようにしてくれたんだ……!!)
かつて、ローガンと対峙したシータにはまだわからなかった他者との繋がり。
リアンをきっかけとして少しずつ気付いていったその暖かさは、今もまだシータの中で育ち始めたばかりだ。
だがそれでも……すでにシータは以前よりもずっと誰かの力になりたいと願い、他者から向けられた思いに応えられるようになっていた。だから――。
「追い詰めたぞ星砕き!! 神の炎に焼かれ、冥府へと墜ちるがいい!!」
周囲の遮蔽をあらかた砕かれ、もはや身を隠すこともできなくなったイルレアルタに、ラーステラの火炎砲と鞭が襲いかかる。
だがシータは迫る炎をぎりぎりまで引きつけると、そこで右手前方のバーを手前に引き込み、同時に両足のペダルを全力で踏み込んだ。
「――そんなの、絶対にお断りです!!」
「なに!?」
瞬間。
イルレアルタが飛んだ。
機体背面から青白い粒子の尾を引いて上空に加速したイルレアルタが、一瞬にしてセトリス王都を眼下に臨む高度まで飛んだのだ。
「ば、馬鹿な……! 星砕きは空も飛べるというのか!?」
「これもメリクが教えてくれた……! 僕だけじゃ絶対にわからなかった、イルレアルタの力です!!」
「コケコケ!」
たった今イルレアルタが見せたそれは、正確には〝強力な跳躍〟を可能とする機構であり、自由自在な飛行能力とは異なる。
だが弓矢を武器とするイルレアルタにとって、この超跳躍能力の発現は〝計り知れない意味を持つ〟。
「おのれ……! だがたとえ空に逃れたところで、お前にラーステラを傷つけることは……!」
マアトの叫びを眼下に、月を背にして褐色のケープをはためかせたイルレアルタが、ゆっくりとその弓に光芒の矢をつがえる。
構えた弓に四つの蒼い光が灯り、つがえられた矢に
「――今!!」
開放。
研ぎ澄まされた殺意と共に放たれたイルレアルタの矢は、夜空から降る流星にも似た光柱をセトリス上空に形成。
着弾地点に存在する大気も炎も、なにもかもを消し飛ばし、天を仰ぐラーステラの巨体を飲み込んだ――。
――――――
――――
――
「シータ君、一人で大丈夫だろうか……」
薄暗い操縦席。
トーンライディールの船底で横倒しとなったルーアトランの座席で、リアンは一人呟いていた。
「〝死んだ弟に似ている〟なんて……そんなことを話したら、シータ君は嫌がるかもな……」
ルーアトランの機体越しにも、周囲の慌ただしさははっきりと伝わってくる。
リアンはふうと自らの心を落ち着かせるように胸元に手を当て、すでに掛け替えのない戦友となった少年の身を案じた。
「ふふ……違うな。シータ君がいなくて不安なのは私の方だ。いつの間にか私は、こんなにも彼のことを頼りにしていたんだな……」
不安。
恐怖。
そして、心強い誰かが傍にいないという寂しさ。
実戦を経験するまで気付きもしなかった自分の弱さに、リアンは困ったような笑みを浮かべた。
「――投下地点、到達しました!! 準備はよろしいですか!」
「いよいよか……! やってくれ、私はいつでもいける!!」
しかし戦場はリアンの平静を待ちはしない。
ルーアトランから伝わる外気が夜の寒さに触れ、開放された船底に吹き込む突風がごうごうと鳴り響く。
落下防止用の太いロープを括り付けた整備士が赤い松明を振り、リアンに発艦の合図を送った。
「死ぬなよ、シータ君……私も頑張るからな! ルーアトラン、リアン・アーグリッジ――出るぞ!!」
その言葉と同時。
リアンを乗せたルーアトランは、斜め下方に向けて開放された飛翔船の船底から横滑りに射出。
リアンは即座に機体の着地姿勢を整えると、眼下に広がる戦場の爆炎に飛び込んでいった――。
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