白銀の朝日


 戦いは終わった。

 降り続いた雪は止み、長い夜は明けた。


 氷槍騎士団ひょうそうきしだんはエリンディア王国の降伏勧告を受け入れ、飛翔船を含む全ての武装を明け渡して投降した――。


「団長!」


「よくぞご無事で……っ!」


「お前ら……」


 エリンディア王城からほど近い雪原。


 夜明けと共に回収されたスレーグディから現れたローガンの無事な姿に、すでに捕虜として集められていた氷槍騎士団の面々は喜びの声を上げた。


「すまねぇ……せめて、星砕きだけでも道連れにしてやろうと思ったんだが……」


「馬鹿なこと言わないで下さい! 団長が死んだら、誰が俺たちを引っ張っていってくれるっていうんです!」


「我々はこれからも、なにがあろうと団長にお供します!」


 彼らはみな疲れ果てた顔をしていたが、ローガンの生存を見たその表情には心からの安堵が浮かんでいた。


「――氷槍騎士団長、ローガン・オブラッズ。事前の勧告通り、エリンディアは貴方がたの投降を受け入れます」


 そうして捕縛された部下たちの前。

 捕虜として確保されたローガンの前に、護衛の騎士たちを引き連れた〝長い金髪に丸眼鏡をかけた少女〟が現れる。


「初めまして。私はニア・エルフィール。女王陛下に代わり、エリンディアの対外外交を司る者です。貴方がたの身柄は、エーテルリア条約第三十四条、捕虜等の待遇規定に則る形で対応させて頂きます。処遇についての質問、不満などがあれば、後ほど纏めて私宛に提出してください」


「それで文句はねぇ。だがそうだな……もし捕虜交換の使者を帝国に送るなら、その時は〝俺たちの戦いぶりは十倍増し〟で伝えてくれ。国に残してきた身内に、肩身の狭い思いをさせたくないんでな」


「わかりました、そのように手配しましょう。ではどうぞこちらへ。まだ仮設ですが、貴方がたの寝所までご案内します」


 ニアと名乗った少女の指示の元、捕虜となった氷槍騎士団の面々は縄に繋がれ、連れられていく。そして――。


「あ、あの……っ!」


「てめぇは……」


 長く続く捕虜の列。

 その列を見送る群衆から声をかけてきた少年――シータの姿に、先頭を歩いていたローガンは一目で何かに気づき、思わず足を止めた。


「ちっ……星砕きに乗ってるのがガキだってのは聞いてたが、まさかここまでとはな」


「コケッ!?」


「こいつ、シータ君のことがわかるのか!?」


「えっと……そうなんですか?」


「わかるさ。天契機カイディルは乗り手の感覚を研ぎ澄ます……お前のその気配も目も、俺が星砕きから感じた雰囲気と同じだからな」

  

 足を止めたローガンを、ニアとエリンディアの騎士たちは急かさなかった。

 一方、シータは自分から声をかけたものの、何を話せばいいのかわからずに口ごもる。


「……なぜ俺を助けた?」


「え?」

 

「俺は敵で、お前を本気でぶっ殺そうとした。それなのに、なぜ俺を助けるような真似をした?」


「…………」


 ローガンからの問いにシータは暫く考え……正直に答える。


「知らなかったんです……あなたたちがなんのために戦ってるのかも、それがどれだけ大事な物なのかも。だから……」


「なんだよ、知ったら殺せなくなったってのか?」


「……そうだと思います」


「ったく……甘っちょろいガキだぜ」


 シータの返答を鼻で笑い、ローガンは呆れたように首を振った。だが――。


「おいガキ……お前、名前は?」


「……シータ・フェアガッハです」


「ならシータ。助けられた礼だ……最後に一つ、俺からお前に忠告しておいてやる」


「忠告?」


 ローガンは言うと、そのどう猛な眼差しに敵意とは違うなにかを宿し、まっすぐにシータを見据えた。


「……もっと〝強くなれ〟。今のお前は、どこもかしこも弱すぎる。お前がこの先も前に進みたいと思うのなら……せいぜい強くなるんだな」


 その言葉を最後に、ローガンはシータに背を向けると、騎士たちに連れられてその場を後にした。


「ローガンさん……」  


 強くなれ。


 まるで励ますようなローガンのその言葉に、シータは自身の胸を押さえ、拳を強く握りしめた。


「ぐぬぬ、帝国の騎士め……助けて貰ったくせに偉そうなことを!」


「コケコケ! コケー!!」


 しかし感慨にふけるシータとは異なり、隣で二人のやりとりを見ていたリアンとナナはぷんすかと腕と羽を振り回す。


「でも、ローガンさんの言うとおりです。今の僕はとても弱くて……これからもっと色んな事を知って、強くならないといけないんだと思います」


「ううむ……しかし私から見れば、シータ君は今でも十分に強くて立派だが……」


 去って行く氷槍騎士団をみやり、リアンは不服げな表情で腕を組んだ。


「リアンさんも……さっきは危ないところを助けてくれてありがとうございました。リアンさんがいなかったら、きっと僕は死んでたと思います」


「礼を言うのは私の方だ。君がいなければ、私は一人で三機の天契機を相手に戦わなければならなかったんだぞ? そうなったら、私は間違いなく死んでいた……命を救われたのは私も同じだ」


「あ、あと! 僕のことを友だちだって……」


「友だちだろう? 違うのか?」


「ええっ!? あ、その……と、友だちだと思いますっ!」


「なっはっは! しかもただの友ではなく、命を救い合った戦友だ! これはもうただごとではないぞ!!」


「コケコケー?」


「そ、そうなんですねっ!」


 自信満々に語るリアンに、シータもようやく緊張の糸が解けたかのように頬を緩めた。すると――。


「まあ色々と大変だったが、とにかく私たちはあの帝国と戦い、無事に帰ってくることができた……今は、それだけで十分だろう」


「あ……」


 するとリアンはおもむろにシータの肩をそっと引き寄せ、シータの額と自らの額をこつんと合わせる。

 

「そして覚えておいてくれ。君はもう、決して一人なんかじゃないぞ……もしこの先で君がエリンディアから離れ、どこか遠くに旅立つ時が来たとしても……私はずっと、君の友だ――」


「り、リアンさん……? その……ありが――」


「むにゃむにゃ、すやー……」


「コケ!?」


「また寝てる……」


 果たして、リアンのそれはただ頭を預ける〝手頃な枕を求めただけ〟だったのか。

 気付けば安らかな眠りの世界に旅立っていたリアンをそっと抱きかかえ、シータはなんともいえない表情でふうと息をついた。


「ありがとうございます、リアンさん……」


 いくつもの死線を越えた戦いの先。


 師を失ってから初めて自覚した確かな絆を胸に、シータはエリンディアに昇る朝日の眩しさに目を細めた――。




▽▽▽▽


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