第二話

飛翔船

放たれる矢


氷槍騎士団ひょうそうきしだんが敗北しただと!?」


 抜けるような青空の下。

 黒曜騎士団こくようきしだん炎翼騎士団えんよくきしだんの二軍が野営を並べる広大な草地に、ガレスの驚愕が木霊した。


「はっ……! ローガン様は自ら天契機カイディルを駆り、残る全戦力と共に決戦を挑みましたが力及ばず……本営に残された我らは、この報せを本国に持ち帰るのが務めと!!」


「おいおい……いったい何があったんだ? いくらローガンが脳筋でも、〝賭けに出るのが早すぎる〟。ローガンには飛翔船があったんだ、わざわざ山の上に住んでるエリンディアの奴らなんて、貿易封鎖でもしてのんびりやればよかったじゃないか」


「そ、それが……」


 帝国軍野営地の中央に設けられた一際大きなテントで、ガレスとイルヴィアは共にその報せを聞いていた。


 イルレアルタを追い、あと数日でエリンディア国境という所まで迫っていた二つの騎士団。

 彼らはそこで、撤退中の氷槍騎士団残存兵と遭遇したのだ。


「星砕きか……なるほどな」


「星をも落としたと謳われる星砕きの前では、飛翔船ではひとたまりもあるまい……さらに山から見下ろせる麓の本営では、星砕きの格好の標的だったはず。それを悟ったローガン殿は、短期決戦を挑まざるを得なかったのだろう……」


「団長は最後まで勝利を諦めず、エリンディア攻略を果たそうとしておりました……! 星砕きさえ……あの天契機さえ現れなければ!!」


「……よく報せてくれた。まずは長旅の疲れを癒やすがいい。今後、本国への報せは我らが引き継ぐ。貴君らは、陛下からの指示があるまで我らと同道してくれ」


 イルレアルタの脅威。


 たった一機の天契機が戦場の趨勢を文字通り変えたという報告に、ガレスは神妙な面持ちを浮かべた。


「こいつは参ったな……ローガンと合流して、エリンディアごと星砕きを潰す手筈だったってのに」


「大陸広しといえども、地上から高空の飛翔船を狙撃可能な天契機は星砕きのみ……事前に位置を予測できる高空弩砲とは比較にならぬ脅威だ」


「星砕きのせいで、これまで私らの独壇場だった〝空の優位〟が消えたってことか……ったく、面倒な話だな」


 ローガンら氷槍騎士団がエリンディア侵攻を開始してから、まだ一月も経っていない。

 その上、氷槍騎士団は帝国でも屈指の戦歴を誇る精鋭。

 そのあまりにも早すぎる敗北の報せは、同じく歴戦のガレスとイルヴィアをして驚愕させるに十分だった。


「んで……私らはどーする?」


「あのローガン殿が敗れたとあっては、我らも一度陛下の判断を仰がねばなるまい。雪上や高地での戦いにおいて、我らは氷槍騎士団より遙かに不慣れだ……時に、イルヴィア卿はどうお考えか?」


「んー……私からは特になんもないかな。こっちは燃やすのが専門だし、面倒なことはそっちに任せる」


「承知した。今後の仔細については、イルヴィア卿にも都度お伝えする」


「うぃー……っていうかさ、そろそろ普通に喋ってくれてもよくないか? 毎回毎回イルヴィア卿なんて呼ばれてると、体がむずむずしてくるんだけど」


「善処しよう」


「頼むぜー? ほんとにさー」


 先ほどまでの神妙な空気はどこへやら。

 氷槍騎士団の敗北もとうに〝終わったこと〟とばかりに気の抜けた返事をすると、紅蓮の女騎士イルヴィアはぷらぷらと手を振りながら本陣を後にした。


「星砕き……やはり帝国の脅威となるか」


 イルヴィアが去り、一人となったガレスが呟く。

 剣皇は許したが、ガレスは今もあの森でイルレアルタに敗れたことを己の咎として自責していた。


「あの少年、シータと言ったか……」


 そしてもう一つ。

 ガレスはあの場で対峙し、自らを倒した少年……シータのことを思い出す。

 

 あまりにも無垢で純粋な殺意、そして想い。

 まさに放たれる直前の矢にも似たシータの有り様に、ガレスはイルレアルタと同じかそれ以上の脅威を感じていた。だが――。


「不思議だ。あの少年から感じた何か……それを私は、どこか〝懐かしい〟と感じているのか?」


 シータとの対峙を思うたびにわき起こる違和感。

 ガレスはそれを妙だと思いつつも、すぐに自らの内にしまい込むと、自らも本陣の外へと進み出る。


「くだらんな……今はただ、幼子だった私の命を戦火から救って下さった剣皇陛下への忠を見せる時。星砕き……そしてシータよ。次に私と相まみえた時が、君の最後だ!」



 ――――――

 ――――

 ――



「捕虜の収容は滞りなく終わりました。今のところ、大きな問題もありません」


「ご苦労でした。彼らの処遇については、追って私から伝えます」


「はい、ソーリーン様」


 エリンディア王国、女王ソーリーンの執務室。

 氷槍騎士団による襲撃を見事退けたエリンディアは、それまで以上の慌ただしさを見せていた。


「リアン、そしてシータ様。この度の勝利は貴方たち二人なくしては語ることはできません。本当に、よく戦ってくれましたね」


「コケー!」


「あ、ありがとうございますっ」


「光栄です、陛下!!」


 執務室では外交官の少女ニアと共に、シータとナナ、そしてリアンが席を並べている。

 ニアからの報告を受けたソーリーンは、改めてシータとリアンにその眼差しを向けた。


「今回の戦いは、私が〝かねてより企図していた策〟……その端緒となる重要な一戦でした。特にシータ様とイルレアルタの力は、私の予想を超えた戦果をエリンディアにもたらしたのです」


「僕とイルレアルタが……?」


「そう……今回の戦いで、私たちは〝無傷の飛翔船を手に入れる〟という大戦果を得ました。今後の戦いにおいて、これは例えようもないほどに大きな意味を持ちます」


 エリンディアが無傷の飛翔船を得た。


 シータがそのことに思いを巡らせるよりも早く、ソーリーンはその眼光に鋭い光を宿し、次の一手を告げる。


「貴方たち二人には、これからここにいるニアと共に、反帝国国家を支援する〝独立騎士団〟となり、大陸全土を転戦してもらいます」

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