決断の先に


 夜の闇に炸裂する炎と光。

 エリンディア王国と帝国軍による国家存亡の決戦は、降り積もる豪雪すら溶かしてその激しさを増していく。


「しぶといガキだ……!!」


「はぁ……っ! はぁ……っ!」


 序盤戦とは打って変わり、イルレアルタの弓は一矢ごとにその鋭さを増す。

 対するスレーグディは左肩の連装砲を失い、砲撃戦の圧も半減。

 戦いの形勢は徐々にイルレアルタに傾きつつあった。


「ぐぬぬ……このままでは本当にやられてしまう! なんと不甲斐ない……私がもっとルーアトランを上手く扱えていれば!」


「させるか!」


「その前に決着をつけさせてもらうぞ!」


 一方、リアンとルーアトランは防戦一方。

 切り札の風の翼を見切られ、深さを増す雪はますますルーアトランの機動を奪っていく。

 美しい純白の装甲も散々に傷つけられ、機体が稼働不能に陥るのも時間の問題となっていた。だが――。


「くそ……! なんなんだこのガキは……戦いはまるっきり素人の癖に、殺し合いには不気味なほど慣れてやがる……!!」


 命をかけた攻防の狭間。

 シータと対峙するローガンが、その額から冷たい汗を流す。


 迫り来るイルレアルタの矢。

 ローガンは、その全てが正確に自身の心の臓を狙っていることをはっきりと感じていた。


 恐るべきはシータの殺意。


 歴戦のローガンをしてその背を凍らせたそれは、シータが育った深く暗い森で当たり前のように学んだ〝命の掟〟。


 喰うか喰われるか。


 たとえ獲物を狙う狩人だろうと、一瞬でも気を抜けばたちまちその獲物に食い殺される。 

 生と死が常に隣り合わせの世界で育まれた、あまりにも純粋な命の摂理だった。

 

 吹きすさぶ白い雪と漆黒の闇の向こう。


 ローガンは、ゴーグル越しに映るイルレアルタの影に、獲物ローガンの命を鋭く射貫く〝狩人シータの眼光〟を見ていた。 

 

「だがな……!! それでも勝つのは俺たちだ!! 見ろ、艦隊はお前らの城を射程に捉えた。いくら星砕きでも、一瞬で俺たちを越えて飛翔船を落とすなんて真似は出来ねぇはずだ! てめぇらは負けたんだよ!!」


 だがそうだとしても。

 ローガンほどの猛者が、その程度で動揺を表に出すことはない。

 事実として、艦隊はすでにイルレアルタの射程距離を離れた。

 いかにイルレアルタでも、もはや艦隊を止めることは不可能に見えた。しかし――。


「……いいえ。きっと、そうはなりません」


「あぁ?」


 その時だった。


 激しい天契機カイディル同士の攻防が続く雪上の断崖が突如として爆音に包まれ、同時に炸裂した炎の光に照らされた。


「な……!? どうした、何が起きた!?」


「見て下さい団長! 飛翔船が……我が方の艦隊が〝攻撃を受けています〟!!」


 見ればその炎は、今まさにエリンディア王城を眼下に捉えたばかりの飛翔船から立ち昇っていた。


「二番艦が攻撃を受けました!! 延焼はありますが、損傷は軽微……攻撃続行は可能です!」


「攻撃はどこからだ!? 星砕きはここで俺たちが抑えてるだろうが!?」


「そ、それが……っ」


 拡声機越しに飛翔船から届く声に応えながら、なおもローガンはイルレアルタへの攻撃を継続。

 シータもまた懸命にイルレアルタを動かし、眼前に迫るスレーグディの猛攻を必死にかわし続ける。


「こ、攻撃は〝エリンディア王城〟から……! 繰り返します! この攻撃は、エリンディア王城から放たれたものだと!!」


「なん……だって……?」


 吹雪の中で聞こえた信じがたい報せに、ローガンは愕然と言葉を失う。


「――エリンディアの大地を汚す帝国の侵略者たちよ。たった今行った射撃は警告である。繰り返す、たった今行った射撃は警告である」


 その時。吹きすさぶ風雪の向こうから、自信に満ちた〝ソーリーンではない女性の声〟が響く。


「お前たちの目論見は崩れた。我がエリンディアには、すでに飛翔船を破壊可能な高空弩砲が配備されている。我らの女王ソーリーンは寛大な主である。即刻武器を捨てて投降すれば、一人として命を奪わず、そちらの身柄も丁重に扱うことを保証しよう。だが――」


 瞬間。先ほどと同じ閃光が辺り一帯を照らし、一拍遅れてもう一隻の飛翔船から爆炎が舞い上がる。


「――抗うならば、お前たちのむくろはエリンディアの蒼氷の下で永久に眠ることになると知れ。繰り返す、即刻投降せよ!」


「ふざ、け……やがって……ッ!!」


 それは、紛う事なき降伏勧告。


 王城前で発生した帝国軍との初戦。

 実はあの戦いにおいても、エリンディアはイルレアルタの助けがなくとも〝自力で応戦可能だった〟。


 氷獄ひょうごくの魔女と恐れられた知謀の女王ソーリーンが、王都防衛における致命的な弱点をそのままにするはずもなし。


 だがソーリーンは万が一帝国と刃を交えることになった場合を想定し、高空弩砲の存在を徹底的に隠蔽。

 イルレアルタの偶発的な参戦で弩砲の存在が更に秘匿できたことで、飛翔船を引きつけた上で退路を塞ぎ、降伏勧告を突きつけることに成功したのだ。


「わざわざ星砕きと居眠り女が出てきたのも……飛翔船が〝逃げられねぇ位置まで誘い出すため〟だったってのか……!!」


「そのとーり! この吹雪なら、飛翔船だっていつもより近づいて攻撃しようとするだろう? 闇と雪を利用したのは、お前たちだけではないのだ!!」


「いくらお城に凄い武器があっても、船から天契機が降りてきたらすぐに壊されちゃいます。あなたたちがイルレアルタを止めに来たのと同じで、僕たちだって、あなたたちを止めるためにここに来たんですっ!!」


「くそ……がぁあああぁあああ――ッ!!」

 

 果たして……全てを悟ったローガンは、この世の全てを憎しみ尽くしたかのような怨嗟のうめき声を発した。


 悪夢のようなこの現状。

 それはローガンにとって、飛翔船に乗る数百の仲間たちを人質にされたに等しい。

 死力を尽くして挑んだ決戦は、その全てがソーリーンの掌中だったのだ。

 

「だ、団長! 俺たちはまだ戦えます!!」


「天契機戦においても、我々の有利は明白です!! 投降する必要などありません、団長!!」


「我々に構う必要はありません!! 奴らが飛翔船を落とすというのであれば、望み通り奴らの城に落ちてやろうではありませんか!!」


 今もルーアトランと対峙する二機の従騎士ヴァレット級や、すでにその命運を握られた艦隊の兵から戦闘継続を促す声が届く。だが、それを受けたローガンは――。


「やめだ……俺たちは投降する」


「そんな……!!」


「すまねぇ……最後の最後で俺の馬鹿が出た。お前らも……ここまでよく戦ってくれた」


 まるで呟くように。

 しかしはっきりと。

 ローガンはそう口に出した。


「一番艦、聞こえてるな!! ここからはエリンディアの指示に従え。これは団長命令だ。何があろうと、妙な真似をして命を無駄にするんじゃねぇ!!」


「だ、団長……っ! 我々のために……っ」


 誰よりも怒り、誰よりも屈辱に身を焦がしているはずのローガンの決断。

 彼に従う部下たちはもはや何も言えず、がっくりとうなだれるのみだった。


「降伏……してくれそうですね。良かった……」


「コケー!」


「敵ながら見事……あのまま戦っていれば、私はやられていたかもしれん……」

 

 ローガンの下した決断に、シータとリアンからも安堵の吐息が漏れる。


「――賢明な判断です。エリンディア王国は、貴方がたの投降を受け入れます」


「ああ。ここにいる奴も入れて、部下は全員投降する。けどな――!!」


「っ!?」


 だがその刹那。

 ローガンは機体に備わる拡声機を閉ざすと、スレーグディをイルレアルタめがけて一気に加速させる。

 弛緩した空気に油断していたシータは不意を突かれ、スレーグディ渾身の体当たりを受けて後方の断崖絶壁に叩き落とされたのだ。


「シータ!?」


「団長!?」


 みるみるうちに加速落下する二機の天契機。

 その先には、奈落とも呼べる闇の谷底がぽっかりと口を開けていた。


「コケコケーーーー!?」


「そんな……どうしてっ!?」


「だが星砕き……! てめぇには最後まで付き合って貰うぜ……地獄の底までなぁああああああああ!!」



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