帝国の氷獣


 雪上で交錯する五機の天契機カイディル

 そしてその頭上を、二頭の空鯨そらくじらに牽かれた巨大な飛翔船の艦隊がゆっくりと通り過ぎていく。 


 猛烈な風雪で速やかな進軍は阻まれているが、一度王城の上空まで到達してしまえば吹雪など関係ない。

 シータとリアンもそれは分かっていたが、対峙する氷槍騎士団ひょうそうきしだんの天契機が艦隊への攻撃を阻む。


「そこだぁあああああ!!」


 二機の従騎士ヴァレット級に包囲されたルーアトランが、雪煙を上げながら片方の敵機に猛然と斬りかかる。

 しかし瞬く間に深さを増す降雪はルーアトランの加速を鈍らせ、雪上を滑る敵機の影にすら届かない。


「馬鹿め、どこを狙っている!!」


「卑怯だぞお前たち! さっきからずっと私の攻撃が届きそうで届かないところをぐるぐると!!」


「俺たちだって氷槍騎士団の天契機乗りだ。仲間を倒した相手に油断はしない!!」


「一切の反撃も許さず、傷一つなく勝利する……そうなれば、後はお前の国を更地に変えてやればいいだけよ!!」


 二機はルーアトランの周囲を旋回しつつ、右肩に装備された連装砲から炸裂弾を次々と射出する。


 先の高原での戦いでは、氷槍騎士団の天契機は〝通常の飛矢〟を装備していた。

 だがそれも雪上での戦いに備え、爆風で舞い上がる雪が天契機の視界を奪い、正確に狙いを定める必要もない炸裂弾に変更されていた。


「ぐぬぬ……! ならば――!!」


 瞬間。業を煮やしたリアンは衝撃に振動する操縦席で両足のペダルを踏み込む。

 それと同時、座席の右手側から突き出す真鍮製のレバーを目一杯前へ。

 リアンの操作を受けたルーアトランの眼孔に緑光が明滅し、同時に背面から展開した翼が強烈な突風を後方の雪面へと叩きつけた。


「決めるぞ、ルーアトラン!!」


 翼から放たれた爆風に乗り、ルーアトランの巨躯が一瞬にして加速。

 滑るような機動で帝国軍の二機が描く旋回図を崩し、瞬く間に片方の敵機を斬撃の射程内に捉える。


「は、速い!?」


「落ち着け! 王都の前で〝あいつら二人を倒した武装〟だ! 冷静に対処すれば回避できる!!」


 武装は長剣一振りというルーアトランが今日まで守護神として君臨してきたのは、ルーアトランだけが持つこの特殊兵装――〝風の翼〟による超加速があったからこそ。

 雪上だろうと一瞬でゼロ距離に迫るルーアトランから逃れることは、並の操縦者には不可能だ。


「だぁあああああああああ――!!」


 交錯。


 強烈な振動と爆風を伴う二機の接近は、辺り一帯に大小の雪崩を発生させ、崩れた岩塊が山脈の麓に向かって落ちていく。そして――。


「浅いか!?」


「俺たちを……舐めるなぁあああ!!」


 目にも止まらぬルーアトランの一撃。

 それは確かに敵機の右腕を斬り飛ばした。

 しかし帝国の天契機はルーアトランの接近と同時に自身もルーアトランめがけて突撃すると、間合いの内側に入られたルーアトランを逆に弾き飛ばし、リアン決死の一撃を右腕の喪失のみで凌いで見せたのだ。

 

「ぬわーー!?」


「大丈夫か!?」


「やられたのは右腕だけだ……! このまま仕留めるぞ!!」


 斬り飛ばされた右腕には目もくれず、二機は再びルーアトランの射程外へと……それまでよりも入念に距離を取って逃れる。


「やるな……! しかしこいつら、もしかしてかなり強いのか?」


 対するリアンの状況は最悪。

 風の翼による初撃を見切られた以上、もはや同じ手は通用しない。


「苦し紛れの奇策が、そう何度も通じると思うな!!」


「難攻不落のエリンディアと氷獄ひょうごくの魔女ソーリーン……その討伐を剣皇けんおう様直々に任された我々が、お前のような小娘に後れを取るものか!!」


 そう。かつて三英傑とまで呼ばれたソーリーンの力を知る剣皇が、生半可な騎士団にその討伐を任せるはずがない。


 エオインを討伐した黒曜騎士団こくようきしだんと同様、彼ら氷槍騎士団もまた〝ソーリーンを殺せる〟と剣皇が判断した帝国の精鋭なのだ。


「――リアンさんっ!?」


「よそ見してんじゃねぇぞ、星砕き!!」


 一方、シータとイルレアルタも状況は厳しい。

 リアンと違い一対一とはいえ、騎士団長の乗機として専用に建造されたスレーグディの出力と機動性は、従騎士級の二機を遙かに上回っている。


 シータはスレーグディが放つ連装砲の弾丸を避け、イルレアルタを何度も宙に逃がす。

 だが嵐雪吹き荒れる空中では、いかにイルレアルタでも雪上を高速で滑走するスレーグディを正確に射貫くことは不可能だった。


「読み通りだ。確かにてめぇの弓の腕は相当なもんだが、天契機の操縦に関しちゃヒヨッコもいいとこ……機体の性能さえ把握しちまえば、大したことはねぇ!!」


「コケコケ!?」


「この――っ!」


 空中で身をひるがえし、イルレアルタははためくケープの向こうから無数の矢を放つ。

 しかし闇雲に放たれた矢をスレーグディは左手の盾で器用に捌きつつ、更にはイルレアルタの着地点めがけて冷静に砲撃を加える。


「あぐっ!」


「あのガレスを倒したってのも、単にガレスが星砕きの性能を知らなかっただけ……初見殺しの幸運でここまで生き延びたガキが、調子に乗るんじゃねぇ!!」


 ルーアトランと対峙する二機とは異なり、ローガンは隙あらば片手槍による近接戦を仕掛ける。

 シータは必死に距離を取ろうとするが、そうすればまた連装砲による砲撃が始まるだけだ。


「コケー! コケ! コケ!」


「わかってる……! 逃げ回るだけじゃ駄目だ!!」


 だがシータもかつてと同じではない。


 ガレスとの死闘を切り抜け、帝国による執拗な追撃をかいくぐり、一ヶ月もの過酷な逃避行を乗り越えてエリンディアまで辿り着いたのだ。


「雪で狙えないっていうのなら――!!」


「ハッ! 何度やっても同じ――!!」


 刹那、飛翔したイルレアルタが無数の矢をスレーグディめがけて放つ。

 ローガンは馬鹿の一つ覚えのように放たれた矢を再び打ち払うが、次の瞬間その表情は驚愕に見開かれた。


「――絶対に当たる距離から撃てばいい!!」


「こいつ……!?」


 シータの声。

 それはスレーグディの〝左側面〟から。

 

 荒れ狂う吹雪と自ら放った矢の雨に紛れ、イルレアルタは一瞬にしてスレーグディの至近へと接近。

 すでに二の矢がつがえられた弓がスレーグディに狙いを定め、瞬く間に光の粒子が収束する。


「今――!!」


 閃光。 


 一切の回避行動もさせぬまま、イルレアルタの放つ光芒の矢がスレーグディを射貫く。しかし――!


「甘ぇ!!」


「外した――!?」

 

 放たれた閃光の先。

 渦巻く氷雪を砕き、盾と左肩の連装砲をもろとも吹き飛ばされたスレーグディの上半身が急旋回。

 残された右手の槍を至近のイルレアルタめがけて突き放つ。


「死ね!!」


「コケーーーー!」


「まだ……動ける!!」


 だがシータは即座に反応。

 左の操縦桿を手前斜めに、右手の操縦桿をやはり手前側に全力で引き絞る。

 更には足元のペダルを片方だけ押し込んでイルレアルタの巨体を雪面に沈み込むようにしゃがませて回避すると、もう一方のペダルを一気に踏み込み鋭い回し蹴りをスレーグディに叩き込む。


「こ、の……くそガキッ!!」


「はぁ――っ! はぁ――っ!」


 金属と金属。

 質量と質量がぶつかり合う重苦しい音を雪原に響かせて交錯するイルレアルタとスレーグディ。

 瞬きの間に無数の死線を越え、二機の天契機はその巨体に張り付く雪を払いながら再び距離を取る。


 イルレアルタとスレーグディ。

 ルーアトランと二機の従騎士級。


 その戦いは才気と機体性能に勝るシータとリアンが敵機に手傷を負わせながらも、ローガン率いる氷槍騎士団は当初の狙い通りイルレアルタの矢を封殺することに成功しつつあった。


 そして戦闘を継続するシータ達の上空。


 そこでは帝国の艦隊が雪中でのイルレアルタの狙撃可能範囲を越え、眼下にエリンディア王城を捉えようとしていたのだった――。


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