風雪の攻防


 大陸北部にそびえ立つ、切り立った山脈に背後を守られたエリンディア王国。

 エリンディアの王都は正面側も堅牢な三重の城壁が守りを固めており、王都攻略はたとえ多数の天契機カイディルを用いようと容易ではない。


「ですが、それはあくまで飛翔船が存在しなかった時代の話です。私達の都は、〝空からの脅威を想定していない〟……」


 夜のエリンディアを包む季節外れの吹雪。

 白銀の甲冑に身を包んだ女王ソーリーンが、王城内部の軍務室で居並ぶ騎士たちに告げる。


「帝国も、それを見越して飛翔船を用いたはず。けれどその目論見は、シータ様とイルレアルタの参戦で崩れました。帝国軍は、飛翔船による制空権を失ったのです」


 かつて、天帝戦争で生まれた数多の英雄たちの中でも一際強い輝きを放った〝三人の英雄〟がいた。

 彼らの活躍は大陸全土で語り継がれ、今も様々な空の下で謳われ続けている。


「エリンディアの鉄壁を前に、進退窮まった者の選択は大人しく引き下がるか……もしくは無謀な強攻策を用いるかしかありません。そして、彼ら氷槍騎士団ひょうそうきしだんの華々しい名声を鑑みれば、彼らが選ぶ道も策も……新雪を歩む足跡のように、おのずと浮かび上がってくるのです」


氷獄ひょうごくの魔女ソーリーン〟


 それはエリンディアの女王ソーリーンが、天帝戦争時代に呼び称されていた名。

 彼女こそ、護国の天契機ルーアトランに乗ることもなく、その卓越した軍略と知謀のみを武器にレンシアラの軍勢を翻弄した三英傑の一人だった。


 大局のため、時には〝味方すら躊躇なく焼き払った〟と言われる彼女の恐るべき軍略は、アドコーラス帝国との対立を決意した今、再び往時の輝きを戦場で発揮しようとしていた。


「まず間違いなく、帝国軍はイルレアルタの弓を遮るこの吹雪に乗じて総攻撃を仕掛けてくるでしょう。我が勇壮なる天雪の騎士達よ……今こそ護国の剣を掲げ、白き守護神と共に外敵を討ち果たさんことを」


「「 おおおおおおおおおおお――!! 」」



 ――――――

 ――――

 ――



「来たぞ、シータ君!!」


 吹きすさぶ猛烈な風雪。

 漆黒の闇と白い雪に覆われたエリンディア王城のはるか後方。

 あらゆる生命の侵入を阻む極北の山脈で、イルレアルタとルーアトランを操る二人は天を覆う巨大な影を視認した。


「やはり陛下の仰っていた通りだったな。シータ君の弓を警戒した帝国軍は吹雪と闇に紛れつつ、飛翔船の利を活かして険しい山脈側から現れるはずだと!!」


「コケ! コケコケ!」


「大きい……! 空鯨そらくじらって、近くで見るとこんなに大きいんだ……」


 風雪と共に現れた巨影。

 それはまさしく、帝国軍が操る飛翔船の艦隊。

 直上まで接近した空鯨と飛翔船は、巨木の樹高すら優に超える体長を誇るイルレアルタが小さく見えるほどに巨大だった。


 豪雪を凌ぐための装具を施された空鯨の風鳴りのような独特の鳴き声と共に、帝国の艦隊はエリンディア王城を目指して吹雪の中を慎重に進む。

 そしてそれを見た二人は、すぐさま迎撃の構えを取った。


「やれるか、シータ君!」


「やります! 僕だけじゃ無理でも、イルレアルタが一緒なら!!」


 ほのかな光に照らされたイルレアルタの操縦席。

 座席前面に投影された外の景色とは別に、ゴーグル越しにイルレアルタの視界とリンクしたシータの瞳が、雪の向こうに飛翔船の細部を捉える。


 さらには内蔵された反射水晶炉を通じ、イルレアルタは搭乗者であるシータに機体外で吹き荒れる風の強さや流れを事細かに伝達。

 シータが生身の時と同じ……いやそれ以上の精度を持って、狙い定める弓矢の確度を瞬時に引き上げていく。だが――。


「待て、何か来る!」


「え? うわあっ!?」


 瞬間。飛翔船を狙うイルレアルタの足元でいくつもの炸裂が生じる。

 だが突然の攻撃にも反応したリアンはルーアトランを乱暴に激突させ、イルレアルタもろとも雪原に身を伏せて回避行動とした。


「――出てくると思ってたぜ、星砕き!!」


「行くぞ! 団長に続け!!」


「我々はここでエリンディアの天契機を釘付けにする! 艦隊はこのまま王城への侵攻を開始せよ!!」


「これは……帝国の天契機か!?」


 猛烈な吹雪によって視界もままならない中、険しい山脈と雪上を〝滑るように走る〟巨大な影が三体。

 だが風雪に紛れて聞こえる拡声機によるやりとりを聞けば、それが帝国軍の物であることは明かだった。


「帝国軍め……私たちがここに来ることを〝さらに読んでいた〟というわけか!!」


「なにが氷獄の魔女だ……地獄で遊んできたのはお前らだけじゃねぇってことを教えてやる!!」


「速い……! この人たちの天契機、普通じゃない!!」


 現れた影。それは機体色を濃紺に揃え、その背から〝氷獣の描かれた戦旗〟を掲げる氷槍騎士団の機体。

 だが荒れ狂う吹雪に垣間見えた敵機の姿は、シータとリアンが知る天契機のものとは全く異なっていた。


「どういうことだ!? こいつらの天契機、雪の上に〝浮いている〟ぞ!?」


 浮いている。


 現れた三機の天契機はその下半身を二本の足ではなく、ほんの僅かに地面から浮遊する〝船のようなパーツ〟に組み替えられ、雪上を高速で滑走していたのだ。

 

「驚いたか? たとえどこで戦おうと、戦場の地の利は俺たちが頂く。それが氷槍騎士団のやり方だ!!」


「すごく驚いた! びっくりだ!!」


「来ます、リアンさん!!」


「コケーーーー!!」


 交錯する白と黒の向こう。

 激烈な風雪の中をかき分けるようにして進む飛翔船の直下で、五つの機影が交わる。


「エリンディアの守護神! 死んだ仲間の仇、討たせて貰うぞ!!」


「居眠りの騎士め……!! そんなに眠るのが好きなら、ここで永遠に眠らせてやる!!」


「ほっほーう! それはなかなかに魅力的な申し出……だが断わる!!」 


 先陣を担う従騎士ヴァレット級の二機はその突撃によってルーアトランとイルレアルタを分断すると、ぐるぐると円を描くようにしてルーアトランのみを包囲。

 機体の基本性能こそ一般的な従騎士級だが、雪上での戦闘用に改修された機動性と加速力は明らかにルーアトランを上回っていた。


「安らかな眠りとは、決して人から与えられる物ではない……自分自身の手で掴み取るものだ!! 行くぞ、帝国軍!!」


 だがそれを見たリアンは口元に笑みすら浮かべて操縦桿を握り、降り積もる雪に足を沈めるルーアトランの長剣を決然と構えた。


「星砕き……! てめぇはここで、このローガン・オブラッズとスレーグデ氷の槍ィが叩き潰す!!」


「この声、あの船から聞こえた……!」


 ルーアトランを部下に任せ、ローガンの操るスレーグディが最大の脅威であるイルレアルタに狙いを定める。


 スレーグディは右手に取り回しに優れる片手槍を。

 左手に小型の盾を構え、両肩には数十の砲弾が装填された連装砲を装備。

 雪上を滑りつつ、イルレアルタに次々と砲撃を浴びせる。

 対するシータは雪に足を取られる地上を嫌い、射撃体勢が崩れる不利を承知で空へと逃れた。


「ここは戦場だ……今さら仇がどうのと言うつもりはねぇ。てめぇはただの踏み台なのさ。地獄の底から死ぬ気で這い上がってきた俺たちがさらに上に昇る……そのための踏み台なんだよ!!」


「あなたの理由なんて関係ない! 僕はもう決めた……いつか必ず、お師匠の矢に追いつくって決めたんです!!」


 凄まじい雪煙を巻き起こして加速するスレーグディ

 その猛攻をかわして荒れ狂う天に飛翔したイルレアルタは、吹きすさぶ突風にきりもみとなりながら矢の狙いを定めた――。



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