エリンディア防衛戦

その矢を追って


「す、すごい……! この反射水晶炉の青い輝き、こんな光を放つには、ルーアトランに搭載されている水晶炉よりもはるかに高密度な結晶構造が必要になるはず……そしてこの炉心から増幅された狩人君の生命エネルギーが、極限まで無駄がそぎ落とされた美しい骨格に素早く行き渡って……あ、ああ……!? あああああああああああ!! 今すぐこの天契機カイディルをバラバラに分解し、隅々まで研究したぁああああああああい!!」


「あ、あの~……?」


「はっはっは! 心配するなシータ君。マクハンマー殿は、代々ルーアトランの整備を任されてきた由緒ある家柄の当主なんだ。ほんの少し……いや、かなり危ない人に見えるかもしれないが、整備の腕は確かだ。きっと君の天契機も万全に仕上げてくれるだろう!」


「そ、そうなんですか?」


「コケコケー?」


 王城の格納庫で並び立つイルレアルタとルーアトランの足元。

 シータたちの前ではマクハンマーと呼ばれた技術者の青年が陣頭指揮をとり、一ヶ月もの長旅で傷ついたイルレアルタの修理を急ピッチで行っている。

 頑丈に組まれた車輪つきの足場にぐるりと囲まれて整備を受ける二機を見上げ、シータとリアンは間もなく始まるであろう戦いの準備を進めていた。

 

「だが、シータ君は本当に良かったのか? 女王陛下はとんでもなく優しいお方だ。あの場で君が帝国と戦わないと言っても、怒ったりはしなかったと思うのだが……」


「女王様は関係ありません。ここに来るまでだって、僕は帝国軍と何度も戦いました。とっくに覚悟は出来てます」


 エリンディアと共に帝国軍と刃を交える。

 自分の道は自分で決めろとソーリーンから言われたシータは、あの場ですぐにそう答えていた。


「……お師匠様の仇を討ちたいのか?」


「それは……」


 リアンとてただの居眠り魔ではない。

 若くしてルーアトランの操縦者を任され、国と民の命運を背負う守護騎士である。


 本来ならばいくらでも寝ていたいはずの彼女が、こうして眠気を堪えて戦うのも、全てはその重さを知っているがゆえ。

 一時の激情で帝国との戦いを決断したのなら、今からでも考え直せと……リアンの瞳はシータにそう訴えていた。だが――。


「初めの頃は……いえ、今もまだ少しはそう思ってるのかもしれません。けど……それよりもずっと気になってることがあって」


「気になってること?」


「はい……僕は、お師匠の〝最後の矢が外れた理由〟を知りたいんです」

 

 リアンの問いに、シータははっきりとそう答えた。


 あの燃えさかる森で見た師の最後。

 ガレスの駆るクロハドルハめがけて放たれるはずだった師の必中の矢は、なぜかその直前に軌道を変えて天を射貫き、エオインは敗れた。


「あの時まで、僕はお師匠の矢が外れるのを見たことがありませんでした。戦っている間は僕も必死で、そこまで頭が回らなかったんですけど……」


「絶対に外れないはずの矢が、どうして外れたのか……シータ君は、その理由が知りたいのだな」


「あのお師匠が、なんの理由もなく矢を外すはずがない。きっと何か……何か意味があったはずなんですっ!!」


 エオインとシータ。

 最強の弓使いと呼ばれた男と、その男に育てられた最強の弟子。

 エオインがその生の最後に天へと放った矢の行く末は、今もシータが目指すべき星のしるべとなってその心に輝き続けていた。


「だけど、今の僕は何も知りません……お師匠のことも、この世界のことも、僕はずっと何も知らないまま生きてきました。たとえ僕がそう生きることがお師匠の願いだったとしても……僕は、何も知らないまま死ぬのは嫌なんです」


 師が教えてくれたこと。

 師が教えてくれなかったこと。

 

 その両方を、今よりも深く知るために。

 全てを伝える前に去ってしまった師の面影を追い求めるように、シータは自分の足で前に進むと決めていた。


「帝国から逃げ続けていたら、僕は答えを探すことも知ることも出来ません。だから、僕はここでリアンさんや皆さんと一緒に戦います……お師匠が僕に残してくれたことを、もっと知りたいんですっ!!」


「よくわかった……君がそこまで考えているのであれば、私がこれ以上口を挟むのは野暮というものだな」


 シータの語る見事な決意に、リアンは満面の笑みを浮かべる。


「ならば、たった今から私と君は戦場で命を預ける戦友同士だ。君がその願いを叶えるまで……このリアン・アーグリッジが君の背を守ると誓おう」


「戦友、ですか?」


 微笑むリアンに、だがシータは不思議そうに首を傾げる。

 リアンの語る〝戦友という概念〟が、狩人であるシータにはよく分からなかったのだ。


「えっと……ありがとうございます。でもそれなら、リアンさんはなんのために戦っているんです? 僕だけ助けてもらうのは不公平ですし……僕もなにか、リアンさんの力になりたいですっ!」


「私か? ふっふっふ……よくぞ聞いてくれた! 何を隠そう、私の夢はこの大陸に生きる全ての人々が、いつでもどこでもぐっすりすやすや眠れるようにすることなのだ!」


「みんながすやすや……? なんだか、すごくリアンさんらしいですね」


 誰もが安心して眠れるようにする。


 一見すると脳天気にも聞こえる話だが、戦乱渦巻くこの大陸において、彼女の願いはまさに夢物語に等しい。

 だがシータはそんなリアンの夢に思わず頬を緩め、彼女が差し出した〝二度目の手〟を今度こそしっかりと握り返した。


「戦争なんてしていたら、私以外のみんなはゆっくり眠ることもできないからな。お互いの夢を叶えるため……一緒に頑張ろう、シータ君!」


「はい、リアンさんっ!」



 ――――――

 ――――

 ――



「いいぞ……狙い通りだ。俺たちにもようやく運が向いてきやがった」


 夜。

 高原の草地にはらはらと舞い落ちる白い雪。

 エリンディアでも珍しい春先の雪に、氷槍騎士団ひょうそうきしだん団長のローガンは凶暴な笑みを浮かべた。


「飛翔船、及び天契機の〝改修〟は全て完了しております! 号令を、団長!!」


「ありがとよ……よく間に合わせてくれた」


 帝国軍の本営地は、エリンディアの王都が存在する山脈のふもとに設けられている。

 そこでこの降雪なら、王都がある山の中腹に降る雪は相当な勢いであることは容易に想像できた。


「いいかお前ら! 奴らだって馬鹿じゃねぇ……〝星砕きに空を抑えられた俺たちがどう出るかはわかってる〟はずだ。だがな――!!」


 降り積もる雪の上。

 居並ぶ部下達を前に、ローガンの猛々しい声が響く。


「だが俺たちは、これまでもクソみてえな戦場を何度も生き抜いてきた不死身の氷槍騎士団だ!! 俺たちは必ず〝奴らの予想の上を行く〟……! 空鯨そらくじらに鞭を入れろ!! 氷槍騎士団、出陣するぞ!!」


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